第53話 友達
「じゃあ……じゃあ何で、そんなわざとボク達にすぐ分かっちゃうようなことするんだよ!」
桜さんの叫びに、花崎さんが立ち止まった。
「……どういう、意味……ですか?」
花崎さんはゆっくりと振り返り、桜さんを見つめる。
「決まってるじゃないか! だって、ずっと様子がおかしかった! いつもあの男の傍にいる時はあの男に同調して凛くんの悪口を言ったりするくせに、あの男がいなければ、いつもつらそうな顔してたよね?」
桜さんの叫びに、花崎さんが顔を歪め、視線を落とす。
「それに、あの画像のことだってそうだよ! あの時ボクに言ったよね? 『自分の家の玄関で、如月さんのお姉さんと不貞を働くようなそんな男』って!」
桜さんの言う通り、確かにその台詞は犯人じゃないと分からない。
だけど、それをそんな簡単にポロっと言ったりするか?
いや、こんな真似してまで俺達を貶めようと思っているような奴が、そんな単純なミスをするとは思えない。
つまり、花崎さんは自分が犯人だと分からせるために、わざとそんなことを言ったんだ。
「それだけじゃない! キスシーンを撮影するのに、なんでわざわざいつもの車で凛くんの家の近くまで来るの? あんなの、目立ってしょうがないよね? 絶対わざとじゃないか!」
そうだ。
本当にただ撮影するだけなら、あんな目立つ車で来るより、変装でもしたほうがましだ。
仮に姿を見られないようにするためなら、それこそタクシーでも使えばいい。
それでも、あの黒塗りの車で来たのは、見つけてほしかったから。
そして、先程の花崎さんの行動。
花崎さんは、自分から暴露した。
しかも、遼の指示だってことを明確に告白して。
その一連の行動は、全て自分が犯人だと知らしめるために。
遼の指示で、全て実行したことを知らしめるために。
「ねえ、なんで? なんでそんなことしたの? お願いだから、教えてよお……!」
桜さんは悔しそうに、肩を震わせた。
すると。
「……だって……だって! 許せないじゃないですか! 今まで信じてたのに……私のこと助けてくれた、私の王子様だと思ってたのに! それが……それじゃ、あんまりじゃないですか!」
花崎さんは悲痛な表情で、大声で叫ぶ。
これまで抱えていたことを、すべて吐き出すために。
「奏音……何が、何があったの……?」
桜さんの問い掛けに応えるように、花崎さんは静かに語り出した。
一年前の夏休み、海に溺れているところを遼に助けられたと思っていたこと。
そのことがきっかけで、遼のことを好きになったこと。
遼が皐月に浮気され、それが原因で学校に来なくなった時、放課後にたまたま俺と桜さんが下校するところを見かけた葛西さんが語った事実で、遼に騙されていることに気づいたこと。
そして、遼からRINEで皐月の動向を窺うよう頼まれた時、遼に復讐することを決意したこと。
「……それからは、好きになった弱みで何でも言うことを聞いていると思わせて、アイツの手足となって動いているふりを……」
「そんな……」
花崎さんの口から語られた事実に、桜さん、そして俺達も言葉を失った。
「ふふ……ひどい女でしょう? 私があの男に復讐するために、友達を貶めるような真似をして。それに、もちろん打算だってありました。もし、この写真がきっかけで二人が別れれば、私はまた初めからやり直しができるんじゃないかって、そうも考えました。醜いでしょう?」
そう告白すると、花崎さんの頬に涙が伝った。
「ですから、私もあの男と同じように、そろそろ退場しますね……」
花崎さんは俯き、また教室を出ようとする。
だけど。
「何言ってるの。そんなことで許されると思ってるの?」
俺は花崎さんの背中に向け、言い放った。
「り、凛くん……?」
桜さんがおずおずと俺の顔を見る。
そんな桜さんの瞳は、不安と、そして期待が入り混じっていた。
「大体、悪いことしたって思ってるのに、謝りもしないで勝手に退場って、虫が良すぎじゃない?」
俺は煽るように言うと、花崎さんは振り返り、キッ、と睨む。
「何? 何か言いたいことでもあるの?」
「……じゃああなたは、私にどうしろと言うんですか……!」
「そんなの、考えたら分かるよね? 逃げるな、ってことだよ。たとえどんなにつらくても、どんなに屈辱でも」
俺に煽られる悔しさで、花崎さんは歯噛みする。
なんで……なんでコイツは分からないんだよ!
俺はイライラが募り、つい足踏みする。
「……分かりました。あなたの言う通り、これからは一人でその罰を甘んじて受けます……」
もう駄目だ。
俺はこれ以上許せない。
「ふざけんなよ! 何が一人だ! なんでこんな簡単なことが分からねえんだ!」
気がつけば、俺は花崎さんに向かって大声で叫んでいた。
「なんで……なんで桜さんに謝らないんだよ! なんで桜さんを頼らないんだよ! 桜さんは……桜さんはなあ! 花崎さんのことが心配で、こんなことになっても花崎さんに寄り添うから、だから、あの男から救いたいって、泣いてたんだぞ! なのに……なのにっ! 花崎さんは……桜さんの親友じゃないのかよ!」
花崎さんはハッ、となって、桜さんを見る。
桜さんは、唇を噛みしめながら、ポロポロと大粒の涙を流していた。
「さ、桜……」
「ボク……ボク……奏音がつらいなら、ボクが傍にいるから……奏音が苦しいならボクが支えるからあ……だから、ボクを頼ってよ! ボクは奏音と友達のままで、いたいよお……!」
桜さんが声をしぼり出し、花崎さんに訴える。
……これで応えないなら、もう花崎さんは桜さんの親友なんかじゃない。
「桜……桜……だ、だけど……私はあなたにひどいことをしたんですよ……?」
「そんなの……そんなのいいから! だから……だからあ……!」
「っ! 桜っ!」
花崎さんは感極まり、桜さんへと抱きついた。
「桜……ごめんなさい……ごめんなさいい……!」
「奏音……奏音……! うああああん……」
二人はもう言葉にならず、ただただお互いの名前を呼び続け、抱き合いながら号泣した。
そんな二人を眺めていると、誰かがポン、と肩を叩いた。
振り返ると、柔らかい表情を浮かべた先輩と皐月だった。
その時。
——キーンコーン。
おいおい、ちょっとは空気読めよ……。
昼休みの終了を告げるチャイムに、俺は思わず顔をしかめる。
先輩と皐月も、思わず苦笑していた。
「二人とも、昼休みが終わっちゃったから、さ。色々話もあると思うから、とっておきの場所でゆっくり話し合ってきなよ」
「……とっておきの場所、ですか?」
花崎さんが鼻をすすりながら、俺に尋ねる。
「ああ、とっておき。屋上に繋がる扉の前の踊り場。話し合うにはもってこいだよ。ね、桜さん」
そう言うと、桜さんは目をこすりながら力強く頷き、そして二人で教室を出て行った。
そんな二人を見送ると、先輩も笑顔で自分の教室に戻って行く。
そして、今までの騒動が何もなかったかのように、五時間目の授業が始まった。
俺はといえば、昼休みのことがあって授業に集中できず、ぼんやりと外の景色を眺めている。
ふと、クラスメイト達を見ると、みんなは普段と変わらず授業に集中していた。
俺の勝手な思い込みだけど、その背中はまるで花崎さんのことを気にしていないと、大丈夫と、無言で語ってくれているようで、なぜか俺は、夏の空のような、突き抜けるような心地よさを感じた。
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