第52話 悪魔
■奏音視点
如月遼さん。
私の王子様。
如月さんに出遭ったのは、高校一年の夏
毎年夏になると、私は海岸沿いの別荘で過ごす。
高校一年の夏休みも、同じように別荘へと足を運んでいた。
「すいませんが少し歩きたいので、先に別荘に行っていただけますか?」
「お嬢様、そういう訳にはいきません。でしたら私も……」
「葛西、私は一人で歩きたいんです」
「はっ……では、せめて、この付近で車を停めておりますので……」
はあ……葛西は優秀なんですが、融通がきかないというか、頑固というか……。
「分かりました……では、そのように……」
「かしこまりました」
仕方ないので、私は葛西の申し出を了承すると、車を降りて日傘を差し、海岸づたいに歩く。
この辺りは別荘を利用する人達が利用する海岸なので、夏休みが始まったばかりの今の時期は、まだそれほど海水浴に来ている人達はいなかった。
それでも、ちらほらと水着姿の人達はおり、思い思いに海水浴を楽しんでいる様子が窺えた。
私はそんな景色を眺めながら、潮風に身を任せて散歩を楽しむ。
そして、海岸のから少し外れた場所にある、堤防へと向かう。
別荘に来ると、いつもこの堤防から眺める海の景色が私は好きだった。
だから、ここに来た最初の日の今日、まずはその景色を楽しもうと思ったのだ。
ここは釣りも禁止されているし砂浜からも若干遠いので、さすがに堤防には人の姿はなかった。
私は堤防の一番先ぎりぎりの場所で立つと、目の前に広がる水平線を眺める。
うん、今年もここに来たな。
ただ、いつもは一人で過ごしたくてここに来るのに、今年は少し違った。
高校に入って新しくできた友達、北条桜。
同じクラスの彼女とは、入学早々隣同士の席になり、そして。
「えへへ、ボクは北条桜! よろしくね!」
「あ、はい、私は花崎奏音です。これからどうぞよろしくお願いします」
彼女は屈託のない笑顔を見せ、何かと私に構ってきた。
そして気がつけば、お互いに気が許せるほど仲良くなってしまっていた。
うん、来年は彼女もここに誘ってみよう。
そう思いながら、車へと戻ろうと思ったその時、突然、突風が起きた。
私は日傘を持っていた所為でその突風にあおられ、海へと落ちてしまった。
「がは……は……た、たす……」
残念なことに、私は泳ぐのが苦手だった。
必死にもがくけれど、服を着ていることもあって全然浮かび上がれない。
しかも、なぜか分からないけど、少し堤防から離れてしまった気がする。
「も、もう……」
そして、私はそのまま海に沈んでいった。
◇
「……ゴホ、ゴホッ……!」
私は胸の苦しさで、思わず目を覚ます。
そして、ゆっくり目を開けると。
「! 良かった! 気がついたんだね!」
私と同い年位の男の子が、私の顔を覗き込んでいて、安堵の表情を浮かべていた。
「あ、あの……あなたは……」
「あ、僕? 僕は“如月遼”、たまたまここに遊びに来ていたら溺れている君を見つけて、こうやって助けたんだよ」
そう言って、彼はニコリ、と微笑んだ。
そうだった、私は海で溺れて……。
「お嬢様!? ご無事ですかっ!」
葛西と知らない男の子が慌てて私の元へと駆け寄り、彼と替わって私を抱き起こす。
「ええ……その、助けていただいたおかげで……」
私はチラリ、と彼……如月遼さんを見やる。
すると、それに気づいた彼は、微笑みで返してくれた。
「そうですか……何かあるといけませんから、このまま病院へ行きましょう!」
そう言うと、葛西は私をお姫様抱っこして車へと連れて行く。
私は葛西に運ばれる中、私達を見送る如月遼さんを見つめていた。
この時、私は恋に落ちた。
◇
二学期が始まり、いつも通り学校へと通うと……いた。
今日も彼は、友達の男の子と、そして如月さんの彼女……海野皐月さんと一緒に登校している姿を見かけた。
そして、私の胸は今日も苦しくなる。
あの事故の後、私は葛西に頼み、あの方のことについて調べてもらい、そして、如月さんには彼女がいることを知った。
なぜか葛西は、如月さんの友達のほう……立花凛太郎についての情報をやたら熱心に説明していたけど……。
私はどうしても如月さんが諦めきれず、親友の桜に相談した。
だけど、桜は如月さんについて露骨に嫌悪感を示し、むしろ接触しないように勧めてくる。
彼女がここまで嫌うなんて珍しい。
でも……それでもと、私は桜に自分の想いを伝えると、桜は渋々了承し、とりあえず如月さんと話をするところまでは協力してくれることになった。
私はそんな彼女に感謝し、早速彼の教室に向かうと。
「いやー悪いね。遼は今用事があって、ちょっと話する余裕はないかな?」
「ちょっと! どうしてなのさ! 今普通に彼女と話してるじゃん!」
「だーかーらー! 忙しいんだって!」
「納得いかない!」
如月さんの親友の立花凛太郎が邪魔をして、彼と話をすることができない。
私はもどかしくも、仕方なく彼の教室を後にする。
桜も立花凛太郎に邪魔をされ、さぞ怒っているだろうと彼女の様子を窺うと、なぜか彼女は嬉しそうに口元を緩めていた。
すぐに理由は分かった。
ああ、そうか。桜は立花凛太郎が好きなんだ。
それからというもの、私達は何度も如月さんの教室を訪れ、幾度となく接触を試みる。
いつものように立花凛太郎が邪魔をするけど、桜が嬉しそうに相手をする隙に、私は如月さんと会話する。
彼女の海野皐月が当然ながら邪魔をするけど、それでも私は負けずに如月さんと話をする。
幸せだった。
そんな日々が嬉しくて、私は毎日のように教室に通っていた。
二年生になっても、そんな毎日に変わりはない。
いえ、如月さんからRINEの交換をしてもらえたから、少しは進展していると信じたい。
だけど。
一学期の半ばを過ぎた頃、異変が起きた。
如月さんが理由もなく、学校に来なくなったのだ。
私は心配してRINEを送るけど、彼からの返事はない。
立花凛太郎にも尋ねるけど、彼はそっけなく、相手にしてもらえない。
桜はそんな彼……立花凛太郎を心配して、休み時間になると彼の元へと様子を窺いに行っていた。
もどかしい。
今すぐ彼の家に行って、彼の様子を知りたい。
何かあったんだろうか。身体を壊したんじゃないだろうか。
不安だけが募る中、桜はいつの間にか立花凛太郎との仲を深めており、毎日嬉しそうだった。
私も、そんな桜を応援し、立花凛太郎との関係も以前よりは悪くなくなった。
と言っても、軽いあいさつ程度、ではあるが。
下校時、迎えの車に乗ろうとしたところで、桜と立花凛太郎が一緒に校門から出てきた。
私もあいさつくらいはしようと、声を掛けようとしたところで。
「ああ……立花さん、可愛いご学友と帰宅ですか。お嬢様、これはうかうかしてられませんよ!」
? 葛西は一体何を言っているの?
「え? だって、お嬢様の想い人は、昨年の夏にお嬢様をお救いになられた方ですよね?」
「え、ええ……ですが、それが?」
私はなぜ葛西がそんなことを言ったのか尋ねると、葛西からは信じられない言葉が返ってきた。
「ほら、あの時溺れて意識を失ったお嬢様を岸まで運んで、私を探して呼びに来てくださったのは、あの立花さんですから」
「は!? 何を言ってるんですか! 私を救ってくれたのは如月遼さんで、立花凛太郎では……!」
「い、いえ、確かにお嬢様を救っていただいたのは立花さんです。如月さんは立花さんの指示で、お嬢様の傍で待機されてただけですよ?」
葛西が私に対して嘘を吐くはずはない。
つまり……。
——その時、私の視界が暗転した。
◇
如月遼さん。
私の王子様だと思っていた男。
その正体は、王子様の皮を被った醜い“悪魔”だった。
私はこの悪魔に、大切な想いを奪われた。
だから。
私は絶対、あの男を許さない。
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