第51話 決着

「……おい、お前、言ったよな? 今日の朝、校舎裏で全部語ったよな! 全てお前の指示で花崎さんにこんな真似させたって! 俺が気に入らないから……桜さんが俺にふさわしくないからって、ゆず姉にあんな真似させたって!」


 俺は遼を追い詰めるため、朝の件について問い詰める。

 だが。


「いい加減にしなよ凛太郎! 大体、何の証拠があってそんなことが言えるんだ! だったら……だったらその証拠を見せろよ!」


 そう言い放った遼は、勝ち誇ったかのように俺を見下した。

 そうだよな、あの時録音したデータ、お前が消去したから、証拠はないもんな。


 だが……後悔してももう遅いぞ。


 ——俺はスマホのボイスメモの再生ボタンをタップした。


『はは、これなーんだ?』

『? それって……』

『そうだ、ボイスレコーダーだよ。さすがにお前の声が録音されたこれを聞かせたら、花崎さんはどっちの言うことを信じるかな?』


 チラリ、と見ると、遼の顔は顔面蒼白になっていた。

 だろうな。まさか、証拠隠滅したと思っていたのに、こうやって録音されていたんだからな。


『ふうん、それ、本当に録音してるの?』

『ああ? そんなの、してるに決まってるだろ!』

『どれどれ』

『あっ!?』

『っ!? やめろ!』

『あはは! これじゃ、もうどうしようもないね!』

『テメエッ!』


「や、やめろ! そ……それを……っ!」

「渡すわけないだろ」


 俺のスマホを取り上げようと遼は向かって来るが、当然渡すつもりはない。

 あの時は自白をさせるために、わざとボイスレコーダーを取られたふりをしたが、今回はそうはいかない。


 だが、コイツは本当にバカだよな。

 ボイスレコーダーが録音できなくなったと安心して、全部ペラペラとしゃべるんだから。


 まあ、そう仕向けたのは俺なんだが。


『それで? 凛太郎は憶測だけで花崎さんに説明するのかな?』

『……だけどこれでハッキリした。やっぱりお前が花崎さんに指示してやらせたってことがな! じゃなきゃ、わざわざ俺からボイスレコーダーを奪って、こんな真似するはずないからな!』

『それがどうかした? だけど、なんの証拠もないよね? つまり、お前が何か叫んだところで、誰もお前の言うことなんか信じないってことだよ!』

『……つまり、お前が指示したことを認めるんだな?』

『ああもう、せっかく気持ちよく浸ってるのに、うるさいなあ。そうだよ、僕がやらせたんだよ』


「あ……ああ……」


 遼は崩れ落ち、耳を塞いでうずくまった。

 お前が耳を塞いでも、俺達には全て聞こえているんだがな。


『何で……何でこんな真似したんだよ……』

『ん? 決まってるじゃん。大体、凛太郎に北条桜はふさわしくないんだよ。それに、お前が僕より幸せになるなんて、我慢できないしね』

『それがお前の本性か! 俺は……俺はお前のこと、大切な幼馴染だって……!』

『いや、僕は違うから。お前の存在なんて、ただ鬱陶しいだけだよ』

『そうそう。もちろん姉さんについても、僕がそうさせたんだ。嬉しかっただろ、キスできて』

『……ふざけるなよ。なんでそんなことが平気でできるんだよ。おかしいだろそんなの……!』

『あはは、姉さんは子どもの頃から、僕の言いなりだからね! いやあ、扱いやすかったよ! ちょっと甘えるだけで、何でもしてくれるんだからさ!』

『じゃあ、僕はもう教室に戻るよ』


 そして、俺はボイスメモの停止ボタンをタップした。


「……これが、今回の顛末だ。つまり、全てはコイツが仕組んだことだ」


 俺がそう言うと、みんなは一斉にうずくまって震える遼を凝視する。


 だがその視線は、如月遼という男に対する嫌悪と侮蔑を含んだものだった。


「凛くん……」


 桜さんが涙で顔を濡らしたまま、俺の元にやってきた。


「桜さん……」


 俺はそんな桜さんの涙を指で拭うと、胸に抱きよせる。


「あ……」

「桜さん……終わったよ」

「うん……うん……」


 桜さんは、俺の胸に顔をうずめ、肩を震わせる。

 俺は、そんな桜さんを抱きしめた。


「それで遼、ここまでやらかしたんだ。お前はどう落とし前とつけるつもりだ?」


 俺は震える遼に、冷たい声で投げ掛けた。


「あ、ああ、ああああああああ!!!」


 すると、突然奇声を上げた遼は、いきなり立ち上がると、教室の後ろ側の入口めがけて走り出した。


「っ!? 先輩!」


 まずい!? そこには先輩が!?


「先輩! 逃げっ……!」


 遼が先輩を突き飛ばす勢いで向かって行く。

 だが。


「フン」

「がっ!?」


 先輩はそんな遼の肩に手を添え、足払いをすると遼は一回転し、背中から叩きつけられた。


「かは……っ!?」


 俺達は慌てて先輩の元へ駆け寄ると、先輩は何事もなかったかのように遼を一瞥した。


「先輩、大丈夫ですか!?」

「ああ、もちろんだ。この程度の輩、大したことはないよ。それに、護身術は淑女のたしなみだ」


 いやホント、どれだけ男前なんですか先輩は。

 そして、そんな格言聞いたことないです。


「遼……もう一度聞く。それで、お前はどう落とし前をつけるんだよ」

「う……うう……お、お前が……お前が全部悪いんだ! お前が! 桜さんをいじめから助けるから! わざわざ僕が用意したのに! 僕がそれをするはずだったのに! なんで! なんでなんでなんでなんでなんで!」


 おい、コイツ今なんて言った!?


「おい待て! それじゃ桜さんがいじめられたのって……!」

「あは、あはははは! そうだよ! 僕だよ! 僕が仕向けたんだよ! 桜さんが……桜さんが欲しかったから!」

「このヤ……!」


 ——パアン!


 我慢できず、俺が遼を殴り掛かろうとしたそれよりも早く、桜さんが遼の頬を叩いた。


「……最低。だけど、一つだけ礼は言っとく。お前がそんなことしてくれたおかげで、ボクは凛くんと出逢えたから」


 そう言った後、桜さんは俺の手を握った。


「凛くん、もうこんなクズに用はないよ。相手にするだけ時間の無駄」

「……ああ、そうだね」


 俺達が遼を一瞥してからは、誰一人として遼を見ようともしなかった。

 まるで、初めから存在しなかったかのように。


 そして、遼は誰にも気づかれないまま、ふらふらと教室を去った。


 ◇


「奏音……」


 桜さんは、うなだれる花崎さんどう声を掛けていいのか分からず、しどろもどろしている。


「ふふ、私はすっかり道化、ですね……」


 そう言うと、花崎さんは踵を返し、この場から立ち去ろうとすると。


「待って……ねえ待ってよ奏音! ボク、これじゃ納得できないよ!」


 とうとうこらえきれず、桜さんは花崎さんを引き留め、声を上げた。


「納得って何がですか? 納得も何も、今の出来事が全てです……」

「嘘だ! だって……だって奏音が……こんなのあり得ないよ!」


 桜さんが食い下がると、花崎さんはこちらへと振り返った。


「もういいじゃないですか。私は人として最低のことをした、それだけです」


 これで話はおしまいとばかりに、花崎さんは再び教室を出ようとする。


「じゃあ……じゃあ何で、そんなわざとボク達にすぐ分かっちゃうようなことするんだよ!」


 桜さんの叫びに、花崎さんがピタ、と立ち止まった。

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