最終話 蟷螂
遼——私のカワイイ弟。
父子家庭で育った私達は、仕事で忙しい父に代わり、家のことは全て私がしてきた。
もちろん、遼の世話も。
小さい頃から遼は可愛くて、母親の温もりを知らない反動もあり、いつも私に甘えてきた。
そんな遼には、幼稚園の年長組から仲良しの、立花凛太郎という友達がいた。
初めて会った時、彼はどこにでもいる普通の男の子という印象だった。
当然私とも仲良くなり、同じく小学一年から加わった海野皐月という女の子とともに、私は“ゆず姉”という愛称で呼ばれ、私も“凛ちゃん”、“皐月ちゃん”と呼ぶようになっていた。
そんな関係に変化が訪れたのは、遼が小学四年になった頃。
遼は、少しずつ凛ちゃんの愚痴を言うようになっていた。
最初は愚痴といってもほんの些細なことだったのが、次第にエスカレートしていき、家にいれば常に悪口と舌打ちを繰り返していた。
だけど、私はいずれこうなることは予想していた。
遼は、内向的な性格だけど、その奥底には黒い感情……妬み嫉みがあることは、姉である私は気づいていた。
そして、遼とは正反対の性格の凛ちゃんと、いずれ反目しあうことになることも。
だから、私は遼に言ってあげたの。
『凛ちゃんがしたこと、あなたがしたことにすればいい』って。
すると、遼は喜んだわ。
そして次の日から早速実践した。
なんで知ってるかって?
だって、遼が嬉しそうに私に語ってくれたんだもの。
それから遼は味を占め、いつもそれを繰り返し、結果、学校でも一目置かれるようになった。
反対に、凛ちゃんは誰からも注目されることなく、学校で埋もれていった。
私は願った。
遼がこのまま、凛ちゃんから奪い続ければいい、と。
どうしてかって?
そんなの決まってる。
そうすれば、遼はいつか壊れるから。
何でそんなこと分かるかって?
だって、私にはもう一つ確信していることがある。
凛ちゃんは、容姿は普通、学力普通、運動神経普通、どれをとっても平凡でしかない。
だけどその内側には、折れない心と揺るがない優しさを持ち合わせている。
そんな凛ちゃんの内面に気づき、隣で支えられるような強く、優しい人が現れたら、たとえどんなにつらく、苦しいことがあっても、凛ちゃんはどこまでも前を向いて進んでいける人だ。
じゃあ、遼は?
容姿も学力も人より優れ、その内向的な性格と凛ちゃんの手柄を奪っていることもあり、多くの人に好印象を与えるだろう。
だけどその内側にあるのは、自分にはない心の強さを持つ凛ちゃんへの果てしない嫉妬と、外面的に優れてしまったことにより育んだ高い自尊心のみ。
もし、その仮面が剥がれ、醜い内面がさらされたら、遼は間違いなく壊れる。
だから私は待ち続ける。
いつか、遼が壊れてしまうその日を。
そして、その一つ目の機会は中学一年の時に訪れた。
遼は一人の女の子に恋をした。
女の子の名前は、北条桜。
彼女は大人しく地味な存在だけど、その容姿は遼の好みだったようで、自分のものにするため、相談を持ち掛けられた。
だから、私は遼に言ってあげたの。
『あなたがその女の子を壊して、それをあなたが救ってあげればいい』って。
すると、遼は喜んだわ。
そして次の日から早速実践した。
なんで知ってるかって?
だって、遼が嬉しそうに私に語ってくれたんだもの。
だけど、今度はそう上手くいかなかった。
一つはその女の子がなかなか思い通りに壊れなかったこと、もう一つは、遼じゃなく凛ちゃんがその子を救ってしまったこと。
その所為で、遼は家に帰るなり当たり散らした。
上手くすれば、ここで遼を壊すこともできるけど、まだその時じゃない。
もっと、限界まで熟成させないと。
だから、そんな遼に対し、私は次のアドバイスを送る。
『だったら、凛ちゃんの好きな人をあなたが奪えばいい』って。
今回もまた、遼はすぐに行動に移したわ。
皐月ちゃんの場合、元々遼のことが好きだったこともあって、すぐに上手くいった。
そして、遼と皐月ちゃんが付き合うことになった時の凛ちゃんの顔が最高に愉快だったと、遼が嬉しそうに報告したのを覚えてる。
だけど、遼は気づいていない。
その結果、遼は北条桜という女の子から遠ざかってしまうことを。
次の転機は高校受験。
遼はこの辺りでも有名な進学校を受験する予定だった。
だけど、私はそのことに猛反対した。
だって、そんなことをすれば凛ちゃんとは別々の学校になってしまい、遼は壊れることなく私から離れて行ってしまう。
だから、私は遼に言ってあげたの。
『あなたは凛ちゃんと同じ学校に行けば、あなたはもっと輝ける』って。
すると、遼は次の日に学校の先生の伝手を使って凛ちゃんの志望校を確認し、早速進路変更をした。
なんで知ってるかって?
だって、遼が嬉しそうに私に語ってくれたんだもの。
しかも、あの北条桜も同じ高校を受験すると知って、私は特に喜んだわ。
だって、これでますます、遼は破滅への道へと突き進むから。
そして、最後の転機は、皐月ちゃんの浮気……ううん、本当はその後だけど。
皐月ちゃんが浮気していたことを知った時、遼ったらものすごく嬉しそうにしてた。
それもそのはず。これで特に好きでもない皐月ちゃんと別れられるし、遼から別れてもむしろ悪いのは皐月ちゃんで遼自身の評判は傷つかない。
これで、遼は大手を振って北条桜を手にすることができるんだから。
だけど、そうはならなかった。
まさか、遼が浮気にショックを受けたふりをして引きこもっている間に、凛ちゃんと北条桜が一緒に家に訪れるなんで。
おかげで、それを見た遼は気が動転し、凛ちゃんに罵詈雑言を浴びせかけた。
その結果、北条桜との仲はこじれてしまった。
彼等が帰った後、遼は荒れに荒れた。
それはそうだろう。自分の想い人の北条桜が、よりによって最も嫌悪する凛ちゃんとくっ付いてしまったんだから。
しかも、皐月ちゃんの浮気がきっかけとなって。
だけど、これはある意味必然ともいえる。
だって、遼が仕組んだいじめから救ったのは、他ならぬ凛ちゃんなんだから。
ここだ。
私はそう判断し、遼へと告げる。
『だったら、今度も凛ちゃんの好きな人をあなたが奪えばいい』って。
それからの遼の行動は早かった。
ます遼は、遼に想いを寄せている花崎奏音という女の子にRINEで指示し、二人の動向を探らせた。
その女の子からの報告で、皐月ちゃんのクラスでその浮気相手が元彼女に面罵されたことを聞く。
すると、タイミング良く皐月ちゃんが遼にすがろうと家を訪れたところで、報告で知った事実を告げ、正式に皐月ちゃんに別れを告げた。
次に、皐月ちゃんが学校に来なくなったタイミングで復帰する。
もちろん、好印象を与えるために前髪を切り、身だしなみを整えて。
元々容姿が非常に優れている遼だ。クラスメイトの女の子達はすぐに遼の虜になり、そこに花崎奏音も加わる。
そして、満を持して北条桜にアプローチをするが、彼女は遼を明らかに嫌悪しており、挙句『偽善者の卑怯者』呼ばわりをされたらしい。
つまり、北条桜は初めから遼の本性を知っていた、ということだ。
焦った遼は、よりによって悪手としか言いようがない手段に出ることを決めた。
それは、私が凛ちゃんとキスするところを撮影し、学校でばら撒いて追い詰める、ということだ。
これには、さすがの私も抵抗があった。
だけど、遼に泣きそうな表情で懇願されたことと、これによって、いよいよ遼が壊れることを悟ったため、私は了承した。
だけどあの二人……凛ちゃんと北条桜は、こんなことでは揺らがない。
それはあの二人が家に来た時から分かっていた。
凛ちゃんの内面に気づき、隣で支えられるような強く、優しい人……それが、北条桜だったからだ。
こうなれば、もはや遼に勝ち目はない。
だけど、それで良い。
これで、遼は確実に壊れるのだから。
◇
そして。
「ね、姉さあん……アイツ等……アイツ等、この僕に向かって、ひどいことを言うんだ! しかも、凛太郎なんかモブのくせに……! チクショウ! なんで桜さんも凛太郎なんか選ぶんだよ! 絶対ボクのほうが上なのに! なんでなんでなんでなんでなんで……!」
「ほら、遼……姉さんの胸においで」
そう言うと、遼は私の胸に飛び込み、頬ずりをする。
「ああ……姉さん……もう、もう学校なんてやだよう……」
「ふふ、遼は学校なんて行かなくてもいいのよ? 遼には姉さんがついてるもの……」
「姉さん……姉さあん……」
遼が一心不乱に私を求めてくる。
「ええ、遼……私の、私だけの遼……あなたは一生、私のものよ……」
遼——私のカワイイ弟。
これでずっと、遼は私のもの。
幼馴染の親友が幼馴染の彼女に浮気されたので幼馴染の俺が代わりに仕返しする件 サンボン @sammbon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます