第50話 応戦

「みんな、話がある! 例の俺の画像の件についてだ!」


 俺は高らかに宣言し、教壇の前に立つ。


 昼食を始めようとしていたクラスメイト達は、何事かと一斉に俺のほうへと振り向いた。

 よし、充分注目を集めたな。


「みんなのRINEに届いた、俺が遼の姉……ゆず姉とのキスシーンについてだけど……一部の奴は知ってるが、あれは事実だ」


 そう告げると、クラスメイトのうちほとんどの奴に表情の変化がない。俺が言った部分もあるが、コイツ等は遼の奴にあらかじめあることないこと聞かされてるんだろう。


「で、だ。事の経緯だけど、この前の日曜日、昼過ぎに突然そのゆず姉が俺の家を訪ねて来た。聞けば、以前にひどい言葉を投げかけてしまったことへの謝罪、とのことだった。俺としてもわだかまりがあったから、邪険な態度で応じたんだけど……」


 俺はここで一拍間を取り、次の言葉の用意をする。

 みんなは、俺がこれから何を語るのか、興味深々といった様子だ。


「すると突然、ゆず姉は俺を玄関から連れ出すように腕を引っ張り、そして、その画像のようにキスをされたんだ」


 すると、ほんの一部のクラスメイトは驚きの表情を見せ、残りの大半は懐疑的な視線を俺へと向けた。


「凛太郎、嘘を吐くな! これ以上僕の姉さんを貶めるようなことを言うなら、たとえ幼馴染の親友でも、許さないぞ!」

「黙ってろ! このマッチポンプ野郎!」

「な……!? マッ……」


 俺はこれ見よがしに茶々を入れてきた遼を一喝すると、これ以上は無視して話を続ける。


「そして結果、誰かの手によってクラスの奴に画像を送りつけ、こんな状況になってるわけだ。それで俺達は、その画像を撮影し、それを送りつけた奴を探し出すことにしたんだ」


 俺はチラリ、と桜さんへと視線を向ける。


 桜さんは胸の前に両手で握りこぶしを作って、声を出さずに口を動かした。


 がんばって、と。


 俺はそんな桜さんに、力強く頷き返した。


 そして、今度は入口付近にいる花崎さんを見やる。

 花崎さんの様子に変化はなく、ただ静かに様子を眺め続けていた。


「……俺達は、俺の家の周辺に住む人達に、その日その時間帯に不審な人物……いや、違うな。ある人物のいずれかがいないか聞き込みをした。すると、不審な車を見かけたっている情報を得ることができた」

「あれ、それっておかしくない? 大体、この画像撮った奴って、アタシ達と同じ高校生なんじゃないの? アタシ達、当然だけど車なんか運転できないじゃん」


 クラスメイトの女子の一人が、俺の説明の矛盾点を指摘する。


「ああ、それはそうだ。だけど、別に撮った奴が高校生とは限らないだろ? といっても、大の大人がわざわざ知らない高校生のキスシーンを撮影するってのも変だけどな。まあ、このあたりは後で分かるから置いといて、話を進めるけど、その不審な車ってのがかなりの高級外車でな。俺の家の近所でそんなの乗ってる家はないんだよ。もちろん、どこかの家に用事ってのも考えられない」


 フン、遼の奴、まだ余裕そうだな。

 それがいつまで保てるか、だけどな。


「そして、俺達はその高級外車ってやつに心当たりがあった。で、その高級外車を運転している人に話を聞いたら、案の定だったよ。まあ、これを聞いてくれ」


 俺はスマホを取り出し、ボイスメモの再生ボタンをタップする。


『あれ? 立花さんじゃないですか。もう授業が終わ……る時間じゃないですね。駄目ですよ、サボっては』


 この音声が流れた瞬間、花崎さんの目が一瞬見開く。

 だけど、花崎さんはまた元の雰囲気に戻り、そして静かに目を閉じた。


『すいません葛西さん、実は聞きたいことがあって……』

『聞きたいこと、ですか?』

『はい』

『この前の日曜日、泉町……この先の住宅街をこの車で走ってたりしました?』

『え、ええ、なんでもご学友の家に用事があるからと、お嬢様を乗せて……』

『そ、それって何時頃ですか!?』

『は、はあ……確か昼の一時頃だったかと……その、何かあったんですか?』

『いえ……家の近所で見かけたって人がいたんで……』

『あ、ひょっとして、立花さんのご自宅の近くだったりしますか?』

『ええ……』

『なあんだ、お嬢様も言ってくだされば……ん? でも、立花さんが知らないってことは、立花さんはお嬢様に会ってないんですか?』

『え、ええ』

『はあ……そうですか……』


 ここで俺はボイスメモを停止した。


 俺はまた、桜さんを見つめる。

 桜さんは、意志のこもった瞳で俺を見つめ、そして、力強く頷いた。


「みんな、今の録音データの会話で出てきた葛西さんっていうのが……花崎奏音さんの運転手で、そして、当然お嬢様というのも、花崎さん、だよね?」


 俺は静かに花崎さんの名を告げ、その真偽について花崎さんへ質問を投げかけた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなのおかしいじゃないか!? なんで花崎さんがそんなことをするんだよ!」


 遼の奴、やっぱり邪魔してきやがったか。

 少しオーバーにふるまって、いかにも否定するように誘導しようという魂胆が丸わかりだ。


「おい遼黙ってろ。俺はお前に聞いてるんじゃない。花崎さんに聞いてるんだ」

「はあ!? お前こそ適当なこと「いや、如月が黙れよ」……って、ええ!?」


 クラスメイトの男子一人が、遼の言葉を遮るように制止した。


「その音声データが本当なら、確かにおかしいよな……?」

「うんうん、なんか変じゃない?」

「ええー? じゃあ、花崎さんが立花くんを貶めようと? なんで?」


 音声データの効果もあり、クラスメイト達がざわつく。

 よし、風は俺のほうに向いている。


「花崎さん……どうなんだ?」


 みんなの視線が一斉に花崎さんへと向かう。

 すると。


「……はい。私が撮影しました……」


 意外だった。


 俺は少なからず花崎さんが反論するものだと思っていた。

 なのに、花崎さんは一切否定せず、ただ俺を見据え、静かに肯定した。


「な!? そ、そんな……なんで……なんでそんな真似をしたんだ! 君は一体何を考えてるんだ!」


 突然、遼が花崎さんを責め立てた。

 まるで、その事実を全て花崎さんになすり付けるかのように。


 どこまで……どこまでクズなんだよ!


「おい、りょ……「そんな! 私は……私はあなたの指示で……!」」


 俺が遼に怒鳴りつけようとしたところで、花崎さんが遼に食って掛かった。


 そして今、花崎さんははっきりと言った。


 遼の指示で、俺のキスシーンを撮影した、と。


「は、はあ!? なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ! 僕の姉さんが被害を受けたんだよ!? そんなことあり得ないじゃないか!」


 遼は、花崎さんに向かって罵倒するかのように全力で否定する。


 だけど、クラスメイト達の視線は冷ややかなものに変わっており、蔑むような視線を遼に送っていた。


「そんな……私は……私はあなたのために! あなたが『日曜日の午後一時に、凛太郎の自宅で姉さんが凛太郎とキスするからそれを撮影してくれ。その画像があれば、凛太郎と桜さんを別れさせることができる。凛太郎に騙されてる桜さんを救い出せるから』って!」

「僕はそんなことを頼んだ覚えはない! ……見損なったよ花崎さん。君がそんなことをする人だったなんて……」

「そ、そんな……」


 遼は全ての責任を花崎さんになすり付け、自分はあたかも被害者であるかのように、残念といった表情でかぶりを振った。

 そして、花崎さんは愕然とした表情で、呆然と立ち尽くしている。


 ……この野郎は……!


「ふ、ふざけるな! 奏音に全部押し付けて、自分は被害者面して! お前なんか……お前なんかあっ!」


 桜さんは感情を抑えきれず、遼を罵倒する。

 だが。


「勘弁してくれ、桜さん……僕だってショックなんだ。まさかこんなことになるなんて……」


 遼は暗い表情で頭を抱える。

 どうしてコイツはここまでしらを切れるんだ!?


「勝手なこと言って、これじゃ……これじゃ、あんまりだよお……!」


 桜さんは悔しくて、悔しくて、ぽろぽろと大粒の涙をこぼす。


 ああ、桜さん。


 俺が……俺が絶対、この如月遼を叩きのめすから!

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