第49話 開戦

■桜視点


 もうすぐ一時間目が終わる。


 朝の奏音の様子、凛くんとあの男とのことが気になって、全然授業が頭に入ってこない。


 ねえ、凛くん……ボクはどうしたら……。


 すると、一時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

 だけどボクは、席から動くことができなかった。


「桜さん」


 いつの間にかボクの席まで来た凛くんに声を掛けられ、ボクはハッとなった。


「凛くん……」

「少し……いいかな?」


 ボクは無言で頷き、凛くんの後について行った。


 向かった先は、屋上に繋がる扉の前の踊り場。


 ボクと凛くんの思い出の場所。


「桜さん、手短に説明するね。遼と話をした結果、アイツは全部認めたよ。あの現場の撮影を花崎さんに指示したことも、ゆず姉に指示して俺とキスさせたことも」

「…………………………」

「昨日決めた通り、今日の昼休みに花崎さんがあのキスシーンを撮影したこと、遼が指示してやらせたことをクラス全員の目の前で明らかにする。もちろん、録音した葛西さんとの会話を証拠にして」


 そう告げた凛くんの瞳は、揺るぎない決意が込められていた。

 だけど、ボクの目には、すごくつらそうな、悲しそうな凛くんが映っていた。


 なのに、凛くんはそんな様子をおくびにも出さない。

 それは、ボクが奏音のことで苦しんでるから。


 だから、凛くんは精一杯無理をして、やせ我慢してるんだ。


 ボクはそんな凛くんの様子に、胸が苦しくなる。

 ふがいなくて、悔しくて、そして悲しくて。


 すると凛くんは、ボクを優しく抱きしめてくれた。


「桜さん……俺、昨日も言ったよ? 俺が桜さんの傍にいる。だから、その苦しさ、悲しみ、俺に分けてよ。だって、花崎さんを貶めるのは、桜さんじゃなくて俺なんだから」

「ち、違う! ボクが……ボクがこうするって決めたんだ! だからボクが……!」


 凛くんの抱きしめる力が強くなる。


「だったら、二人で受け入れようよ。俺達のしたこと、これから先も忘れないように。もう、これからは誰も悲しまないために。明日から、俺達が笑って過ごせるようになるために」

「凛くん……凛……くん……」


 ああ……やっぱり凛くんだ……。

 ボクが困っていると、泣いていると、必ず現れてボクを救ってくれる、ボクの大好きな凛くん。


 ボク、本当に幸せだ。


 そして、そんな凛くんがボクのために決意してくれたんだ。


 だったら……ボクだって!


「ごめんね、凛くん。もう、大丈夫」


 ボクは凛くんの胸からそっと離れると、凛くんのその瞳を見つめた。


「凛くん、やろう。絶対にあの男を痛い目に遭わせるんだ! そして……そして、奏音の目を覚まさせてやるんだ!」


 そう宣言すると、ボクを見つめる凛くんの瞳に、決意の色が宿る。


「うん、分かった。今日、決着をつけよう。昼休み、俺の教室に来てくれる?」

「うん! その……奏音はどうする?」


 おずおずと尋ねると、凛くんはニコリ、と微笑んだ。


「それは、桜さんに任せる。連れて来たいのであれば、一緒に来ればいいし、桜さん一人で来てくれてもいい」

「うん……昼休みまでに考える」


 そう答えると、凛くんはゆっくりと頷いた。


 ああ、ボクって単純だなあ。


 凛くんのそんな仕草や微笑み、その言葉で、もうこんなに幸せで、さっきまでのつらさ、悲しさ、苦しさ、全部溶けちゃってるんだもん。


「よし、じゃあ教室に戻ろう」

「うん!」


 ボク達は教室へ戻る。


 昼休み、如月遼と戦うために。


 ◇


■凛太郎視点


 桜さんと別れ、俺は教室に戻って席に着く。


 うん、二時間目の授業には間に合った。


 俺はポケットからスマホを取り出す。


『今日の昼休み、決行します。すいませんが、俺の教室に来てください。そして、後ろ側の入口で待機してください。よろしくお願いします』

『今日の昼休み決行。皐月は黒板側の入口で待機。全体を見張っててくれ』


 RINEにメッセージを打ち込み、それぞれ送信する。


 すると。


 ——ブブブ。


 二人からすぐに返信が来た。


『承知した』

『任せて!』


 本当に、二人には頭が上がらないな……。

 今度、パフェでも奢ろう。


 ここまで来たらもう引き下がれない。

 後は、静かに過ごして、昼休みに備えるだけだ。


 そして、四時間目の授業も終わり、昼休みを迎えた。


 桜さんが教室にやってきて俺の傍に来ると、俺の手をキュ、と握る。

 チラリ、と見ると、花崎さんは教室の入口付近でこちらを注視していた。


「凛太郎、いい加減……」


 何か言おうとする遼に俺は手を突き出し、その発言を止める。


 さあ、断罪を始めよう。


「みんな、話がある! 例の俺の画像の件についてだ!」

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