第48話 対峙
■遼視点
「それで、どこに向かってるの?」
僕は、先を歩く凛太郎に、行き先を尋ねる。
「ああ、体育館の裏だ。あそこなら人もいないしな」
ふうん、人がいない、ねえ。
本当かな?
「うーん、それは嫌だな。だったら、校舎裏の倉庫の前でいいじゃないか」
「…………………………」
「あれ? 体育館裏じゃないとまずかったかな?」
「…………いや、いい」
凛太郎、その沈黙は都合が悪いって言ってるようなものだよ。
ま、どこか抜けてる凛太郎なら仕方ないか。
相変わらず、扱いやすいね。
僕達は校舎裏の倉庫前に来ると、凛太郎が真剣な表情で僕に向き直った。
「……早速だけど、例の画像のことだ。あれ、お前の差し金だろ?」
はあ、何を言い出すかと思えば、当たり前のことを。
ま、当然言うつもりもないけど。
「ちょっと待ってよ凛太郎。何で僕がそんな真似するんだよ」
「決まってるだろ、俺達を貶めるため、だろ?」
「いやいや待ってよ、おかしいじゃないか。よく考えてごらんよ、実の姉だよ? なんで姉さんのキスシーンを撮影しなきゃならないんだよ」
「だから言ってるだろ! 俺達を嵌めようとして……!」
「だからあ、それがそもそもの間違いだって。大体あの日、僕は街の本屋で買い物をしてたんだ。撮影できるわけないだろ」
そう言って、僕は財布を取り出し、当日のレシートを見せた。
「ほら、そのレシートの日付と時間をみてごらんよ。日曜日のその時間に買い物していたことがこれで分かったよね?」
はは、当然アリバイくらい用意するに決まってるじゃないか。馬鹿だなあ。
「ああ……お前はな」
「は?」
「だけど、お前以外の誰かが、お前の指示で撮影してたとしたらどうだ?」
「いやいや凛太郎、何を言ってるか分からないよ」
僕は大袈裟に肩を竦め、かぶりを振った。
「いいや、分かってるはずだ。あの日、俺の家の付近で、黒塗りの高級外車が走っているっていう証言があった」
「それで?」
「お前も知ってる通り、あの住宅街でそんな車に乗ってる家はない。だから俺達は調べたよ」
凛太郎は一拍置き、改めて僕を見据えた。
「あの日、あの時間帯、黒塗りの外車で走ったっていう人に直接聞いた……お前も知ってるだろ、葛西さんだよ」
「葛西さん? 葛西さんって誰?」
「はあ!? とぼけるのかよ! 花崎さんの運転手の葛西さんだよ!」
凛太郎が、今にもつかみ掛かるかのような勢いで僕に詰め寄る。
しかし……凛太郎にしては珍しく行動的だな。
まあ、このあたりは桜さんが動いたんだと思うけど。
だけど、甘いよね。
「まあ凛太郎の言う通り、その葛西さんだったとして、それが僕に何の関係があるの?」
「はあ!? そりゃお前が花崎さんに指示をして、あの場面を撮らせたってことだろ!」
「はあ……憶測でものを言うのはやめてよ。僕が彼女にそんなことさせてどうしようっていうの……」
はあ、本当にお粗末だよね。そんな勢い任せで言われたところで、口を割る訳ないじゃん。
「大体おかしいんだよ。お前、自分の姉のことなのに、花崎さんが撮影したって俺が言っても、何の反応も示さなかった。普通なら、自分の姉のそんな場面を勝手に撮影されたら、確実に怒るところだろ」
「……それで?」
「つまり、お前は花崎さんが犯人だって知ってたってことだ!」
へえ、凛太郎のくせに、僕を嵌めたってわけ。
だけどね。
「仮に僕が、花崎さんが犯人だと知っていたとして、それがどうしたの? 悪いのは撮影した花崎さんであって、僕には関係ない」
「へえ、そうか。なら今お前が言ったこと、そのまま花崎さんに伝えてもいいよな?」
「どうぞ。ただ、桜さんを裏切り、僕の姉さんにあんな真似した凛太郎とこの僕とで、花崎さんはどっちを信じるかな?」
そう言うと、凛太郎は口の端を吊り上げた。
……何かあるのか?
「はは、これなーんだ?」
「? それって……」
「そうだ、ボイスレコーダーだよ。さすがにお前の声が録音されたこれを聞かせたら、花崎さんはどっちの言うことを信じるかな?」
凛太郎はまるで鬼の首でも取ったかのように、嬉しそうにそのボイスレコーダーを高々と掲げて余裕の笑みを浮かべた。
まあ、しらを切ればいいけど、それで学校内での僕のイメージが悪くなっても困るから、何とかしようか。
やれやれ……本当にこの立花凛太郎というのは、忌々しい男だよ!
「ふうん、それ、本当に録音してるの?」
「ああ? そんなの、してるに決まってるだろ!」
「どれどれ」
「あっ!?」
ぷぷぷ、本当にバカだ!
簡単に僕にボイスレコーダーを奪われちゃうだなんて!
僕は詰め寄る凛太郎から全力で逃げながら、その奪ったボイスレコーダーに録音されたデータの消去ボタンを押した。はい、これでおしまい。
おっと、もうこんなバカな真似をされないように、念のためバッテリーも抜いておくか。
「あはは! これじゃ、もうどうしようもないね!」
僕はバッテリーを抜いたボイスレコーダーを凛太郎に投げ返した。
「テメエッ!」
「それで? 凛太郎は憶測だけで花崎さんに説明するのかな?」
悔しそうに見つめる凛太郎に、僕は満面の笑みで応えてやった。
ああ、愉快だ。
「……だけどこれでハッキリした。やっぱりお前が花崎さんに指示してやらせたってことがな! じゃなきゃ、わざわざ俺からボイスレコーダーを奪って、こんな真似するはずないからな!」
「それがどうかした? だけど、なんの証拠もないよね? つまり、お前が何か叫んだところで、誰もお前の言うことなんか信じないってことだよ!」
ボイスレコーダーを出してきた時は少し……ほんの少しだけ焦ったけど、まあ、結局は僕の勝ち。
むしろ、これをネタに学校内での凛太郎の立場を追い込んで、二度と学校に来れなくしてやる。
そうすれば、後は北条桜はどうとでもなる。花崎奏音を使って、僕になびくように仕向ければいいんだから。
あは、愉しみだなあ。
「……つまり、お前が指示したことを認めるんだな?」
「ああもう、せっかく気持ちよく浸ってるのに、うるさいなあ。そうだよ、僕がやらせたんだよ」
「何で……何でこんな真似したんだよ……」
「ん? 決まってるじゃん。大体、凛太郎に北条桜はふさわしくないんだよ。それに、お前が僕より幸せになるなんて、我慢できないしね」
「それがお前の本性か! 俺は……俺はお前のこと、大切な幼馴染だって……!」
「いや、僕は違うから。お前の存在なんて、ただ鬱陶しいだけだよ」
あはは、凛太郎の奴、悔しさで肩が震えてるよ!
もうあと一押しで、凛太郎、壊れちゃうんじゃないかな?
「そうそう。もちろん姉さんについても、僕がそうさせたんだ。嬉しかっただろ、キスできて」
「……ふざけるなよ。なんでそんなことが平気でできるんだよ。おかしいだろそんなの……!」
「あはは、姉さんは子どもの頃から、僕の言いなりだからね! いやあ、扱いやすかったよ! ちょっと甘えるだけで、何でもしてくれるんだからさ!」
あはは、愉しくなって、ついつい余計なことまで話しちゃった。
まあいいか、だって、証拠もないんだし。
「じゃあ、僕はもう教室に戻るよ」
そう言い残し、僕はその場から離れる。
背中から、悔しそうに、つらそうに眺める凛太郎の視線を感じながら。
ああ、気持ちいい。
「あはは、じゃあ今日の昼休みにでも、凛太郎、壊しちゃおう。うん、そうしよう」
僕は昼休みのことを考えると、胸が躍った。
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