第47話 暗然

 き、昨日は針のむしろだった……。


 桜さんのお母さんとお姉さんには、根掘り葉掘り聞かれるし、その、お、お父さんに至っては、最後まで一言も声を出さずにひたすら睨まれ続けたし……。


 桜さんは、お父さんは機嫌が良かった、なんて言ってたけど、あれ、絶対違うよな。

 お、俺、桜さんのお父さんに嫌われたりしてないよね? ね?


 あ、後で桜さんにどうだったか確認しておこう……。


「凛くーん!」


 駅の改札から、桜さんが手を振りながらやってきた。


 うん……少しは元気が戻ったみたいだ。

 よかった……。


「えーと、先輩と皐月は?」

「あ、ええと、その……俺達の邪魔しちゃ悪いからって……」

「あ、あうう……そんな気を遣わなくても……」

「というより、皐月曰く見てられないって……」

「ふああ!?」


 嘘だ。


 本当は、昨日の夜二人にRINEで俺がお願いした。


 早めに学校に行ってもらって、遼と花崎さん、それと取り巻きの女子達の動向を見張っておいて欲しいって。


 俺は今日、遼と対峙する。

 これ以上、桜さんが悲しまないように。傷つかないように。


「そういうことだから、さ、行こう!」


 俺は桜さんに手を差し出す。


「う、うん……えへへ」


 桜さんははにかみながら俺の手を握ると、俺達は学校へと歩いて行った。


 学校までの間、俺達は久しぶりの二人での登校ということもあって、色々と話が弾んだ。


 夏休みになったらどこに遊びに行こうとか、夏祭りには浴衣できて欲しいとおねだりしてみたりとか、その前に期末テスト! と桜さんにたしなめられたりとか……。


 たくさん楽しい話をしたけど、遼と花崎さんの話は一切しなかった。

 あえてその話題を避けるように。


 そして校門をくぐると、待ち構えるように遼達はいた。

 だけど……うん、今回も花崎さんはいないな。


「やあ、さく「黙れ」」


 俺は、遼が桜さんの名前を呼ぼうとしたところを、被せるように止めた。


「勝手に桜さんの名前を呼ぶな」

「はあ? なにを偉そうに言ってるの? 大体、凛太郎にそんなこと言う権利があるわけ? ……僕の姉さんにあんな真似したくせに!」

「はっ! 二言目にはいつもそれだな! ……まあいい、だったら一度キッチリ話しようじゃねーか」


 俺は遼を煽るように、わざと厭味ったらしく言い放った。


「ははは、なに? 旗色が悪いからって、物理的に話をしようってこと? それこそ、自分の非を認めてるようなものだよね? もちろん、僕は別に構わないけど?」


 遼は口元を歪め、嬉しそうに皮肉を込めながら話し合いについての提案を快諾した。


「凛くん、こんな奴相手にする必要ないよ。行こ?」


 そう言って桜さんは俺の手を引っ張るが、今回はそうはいかないんだ。


「いーや、もう俺も我慢の限界。だから、ここで終わりにしてやるんだ!」

「り、凛くん!?」

「桜さん、大丈夫だから。桜さんは教室で待ってて?」

「ヤダ! だったらボクも行く!」

「桜さん」


 俺はなおも食い下がる桜さんを、目で制止する。

 そして、ニコッと微笑んだ。


「ね?」

「凛くん……ずるいよ……」


 そう言って、桜さんは渋々俺の手を離した。


「さあ、行こうぜ遼」

「ああ、いいよ」


 俺と遼は、桜さんと取り巻きの女子達を置きざりにして、話し合いのために移動した。


 ◇


■桜視点


「凛くん……」


 如月遼と一緒に校舎裏へと歩いて行く。


 ボクは、そんな凛くんの背中を見つめながら、どうしようもなく不安に襲われた。


 凛くん、大丈夫かな。

 凛くんに何かあったら……。


「ね、ねえ北条さん、あの男は北条さんを裏切ったんだよ? どうしてあんな男なんか……ヒッ!?」


 取り巻きの女の子の一人が凛くんの悪口を言おうとしたから、ボクは思いっきり睨んでやった。


「まあまあ。ほら、そんな顔してたら、凛太郎に嫌われちゃうかもよ?」


 そう言って現れたのは、皐月だった。


「う、海野さん!? 浮気して遼くんに捨てられたアンタが何しに来たのよ!」

「「そうよそうよ!」」

「は? 友達の桜を見かけたから、一緒に学校の中に入ろうと思っただけよ? それより、桜とは他人のアンタ達が、それこそ桜に一体なんの用なの?」


 女の子達の睨みつける視線も罵倒も意に介さずに、皐月は蔑むように女の子達を見すえる。


「な、なんの用って……」

「ふうん。用がないなら、もういいわよね。桜、行こ」


 皐月はボクに微笑む。

 ボクも、そんな皐月の気遣いに乗っかることにした。


 そして、ボク達は彼女達を無視したまま、学校の中に入っていった。


「すいませんが、もう行ってもいいですか……?」

「ん? まだ私の話は終わってないんだが?」


 階段を上ると、教室の前で楓先輩と奏音が話をしていた。


「ええと、おはようございます先輩。それで、これはどういった……」

「ああ桜、おはよう。いや、実は彼女に聞きたいことがあってな。それで今、引き留めているんだ」

「聞きたいこと?」


 ボクは先輩の言っている意味が分からず、思わずキョトンとしてしまう。


「ああ。なぜ彼女は、あのような小さい男にそこまで執心するのかと思ってな。はっきりと言ってしまえば、彼女にあの男は到底釣り合わないと思うのだが」

「…………………………」


 先輩が理由を説明すると、奏音は押し黙ってしまった。

 というか先輩、直球すぎですよ!?


「ですが……私には、私には……!」


 奏音は唇を噛みしめ、悔しそうに呟く。


「ね、ねえ奏音、一体あの男に何があるの? ボクでよかったら、力になるから……」

「っ! やめてください!」


 そう言って奏音に近寄ろうとすると、奏音はボクを拒否した。


「桜に何が……何が分かるんですかっ! もう……もう放っておいてください!」

「あ……ま、待って……」


 ボクは奏音を引き留めようとするけど、奏音は教室の自分の席へと戻り、そのまま机に伏せてしまった。


「……すまない桜……そんなつもりではなかったんだが……」

「ううん……多分、ボクが奏音に話し掛けたから……」


 どうしよう……せっかく昨日、凛くんがボクを励まして、支えてくれたのに、もう折れそうになってる……。


 凛くん……助けて……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る