第46話 支柱

「桜さんは、花崎さんをどうしたい?」


 俺は桜さんに尋ねる。


 先輩や大輔兄に言われてやっと気がついた。


 花崎さんを遼と一緒に断罪してしまうのか、それとも、花崎さんを巻き込まないように、遼だけを断罪する別の方法を模索するのか。


 そんなことは、俺が決めるべきじゃなかったんだ。


 だってこれは、桜さんの問題なんだから。


 俺が悩んでいた時、桜さんはいつも俺に選択を委ね、そして、後押しして、支えてくれた。

 俺はそうやって救ってもらったのに、そんな大事なことを忘れていたんだ。


 だから、今度は俺が支えるんだ。


 桜さんがどんな選択をしても、その結果、桜さんが苦しむことになったとしても。


 俺は、世界一素敵な桜さんを、支え続けるんだ。


「ボク……」


 桜さんは俯き、暗い表情になる。


 答えを出すのは大変だろう。


 俺もそうだった。

 悩んで悩んで、どうしていいか分からなくて、誰にも相談できなくて。

 だけど、桜さんが傍にいてくれて、一緒に悩んでくれて、そして、支えてくれて。


 だから、桜さんも答えが出るまで、悩めばいい。

 悩んで悩んで、出した答えに、俺は全力で応えるだけだ。


 俺は桜さんの答えを、いつまでも待つ。

 何分でも、何時間でも、何日でも。


 どれくらい時間が経っただろう。


 すでに部屋の窓から見える外の景色は暗く、街灯が明々と灯る。


「ボク……ボク……」


 桜さんが口を開く。


「ボクは……奏音をあの男から引き離したい……! 奏音に嫌われても、恨まれてもいい! あの男にいいように使われて、後で奏音が苦しむくらいなら……!」


 桜さんは声をしぼり出すように、訥々と話した。


「……学校で、花崎さんは居づらくなっちゃうかもしれないよ?」

「それでも……そうなっても……奏音にどう思われても、ボクが奏音の友達であり続けるから……」

「そっか……」


 俺は、桜さんを胸に抱きよせた。


「あ……」


 桜さんが声を漏らす。


「俺はね、桜さんと知り合ってから、桜さんのことをたくさん知ったよ? いつも周りに気遣うその優しさも、たとえわだかまりがあった相手でも、許し、受け入れるその強さを」


 キュ、と、桜さんを抱きしめる力が強くなる。


「だからね? 桜さんが一人で抱え込まなくてもいいんだよ? 桜さんには俺がいる。桜さんがどんな女の子よりも素敵で、世界一カワイイことを知ってる俺が、ね?」

「………………っ!」


 桜さんは俺の身体を強く抱きしめ返す。


「だけど……だ、けど……ボク……ボク…………!」

「桜さんが花崎さんにしたことで自分が許せないなら、俺も一緒に罰を受けるよ。桜さんが苦しむなら、俺も一緒に苦しむ。桜さんは一人じゃない。いつだって、これからだってずっとずっと、俺は君のそばにいるよ」

「う、うう、うわああああ……」


 とうとう桜さんは堪え切れず、俺の胸の中で泣いた。泣き続けた。


 俺はそんな桜さんが泣き止むまで、いつまでも抱きしめ続けた。


 ◇


■桜視点


 恥ずかしいなあ……。


 凛くんが家に来てくれたのに、奏音のことでウジウジ悩んで、しかも凛くんの胸の中で号泣だなんて。


 ……だけど、ボクは今、この人の胸の中で救われた。


 ボクはおずおずと顔を上げる。


 抱きしめながらボクの背中をさすってくれた凛くんの顔が目の前にある。


「落ち着いた?」


 その微笑みを浮かべた顔は、どんな男の子よりも素敵で、ボクは心から惹かれていた。

 ボクを助け出してくれた、あの時のように……ううん、あの時以上に。


「……うん。ありがと凛くん、もう大丈夫。それより、ボクがウジウジしてた所為で、すっかり遅くなっちゃったね。ごめん」

「何言ってるの。桜さんとこんなに一緒に過ごせたんだ。俺はそれだけで幸せだよ」

「……うん」


 ボクの部屋の中、お互い見つめ合いながら、沈黙が続く。


「凛くん……」

「桜さん……」


 凛くんの顔が近づいてくる。


 ボクはそっと目を閉じ、凛くんが来てくれるのを待っ………………はっ!?


「ちょ、ちょっと待って凛くん!」

「へ?」


 ボクはトコトコとドアへと向かい、ドアノブに手を掛けると一気に開けた。


「あ……」

「お姉ちゃん……何してるのかな?」

「え、ええと……そ、そうだった! 凛太郎くんも一緒に晩ごはん食べていって!」


 お姉ちゃんがキョドりながら凛くんを夕飯に誘うけど、ボクはごまかされないんだからね!


「……お姉ちゃん?」

「さ、さーて、私は声かけたし、先に下に降りてるわね」


 に、逃げた……!

 むう、後で覚えてろ!


「そ、その……桜さん、さすがに迷惑だと思うから、俺は帰ろうと思うんだけど……」


 凛くんが申し訳なさそうにそんなことを言ってきた。

 だけど……まだ帰さないもん!


「ええ!? 多分お姉ちゃんの口ぶりだと、もう凛くんの分も用意してあると思うんだけど!?」

「え、そ、そうなの!? そ、それだと申し訳ないし……もし、迷惑じゃなかったら、ご馳走になっても……でも、あああああ!」


 凛くんがオロオロしながら、頭を抱える。


「そ、その……凛くん的には、イヤ……?」


 ボクはおずおずと尋ねる。

 だけど、凛くんにイヤだって言われたら、ヤだなあ……。


「ち、違う違う! そ、その、お姉さんはまだしも、桜さんのご両親にお会いするとなると、その、こんな格好だし、せ、正式にご挨拶に伺ったほうが……」

「ふああ!? そ、そんなかしこまらなくていいから!」


 も、もう! 凛くんたらなんてこと言うの!?

 で、でも、そこまで真剣に考えてくれるなんて……はあ、これじゃ思わず口元が緩んじゃうよ……。


 凛くんのバカ……大好き。


 とにかく、ボクは凛くんと一緒にリビングに行くと、ダイニングテーブルには、既にお父さん、お母さん、お姉ちゃんの三人が席に座っていた。


「は、はじめまして! たた立花凛太郎と言います! そ、その、桜さんにはいつもお世話になってます! よ、よろしくお願いします!」


 そう言うと、凛くんは直立不動から直角にお辞儀をした。


「あらあら、いつも桜がお世話になってます。母の美雪です」

「……父の恭介だ」

「うふふ、私はもういいよね?」


 うん、みんなの第一印象は悪くないみたい。

 特にお父さん、妙にそわそわしてるし。多分、男の子なんて縁がなかったから、色々話をしたりしたいんだろうな。


 あれ? なんで凛くんはそんなに青ざめた顔をしてるんだろ?


 ま、いいか。


 ボク達も席に着くと、テーブルにはたくさんのご馳走が並んでた。

 これ、ボクの誕生日でもこんなことないよね!?


 まあ、それだけ凛くんを歓迎してくれてる証拠なんだけど。


 えへへ、嬉しいな。


 そして……ありがとう、凛くん。


 ボク、凛くんに出逢えてよかった。

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