第45話 鼓舞
昨日はあの後、桜さんを自宅に送り届け、俺も家にまっすぐ帰った。
朝もいつも通り一緒に登校したが、桜さんの様子は引き続き落ち込んだままだ。
そんな様子に、俺だけでなく皐月も心配そうに見つめていた。
「……今日も姉さんは苦しんでたよ。凛太郎、いい加減「黙れ」」
いつものように俺の席に来て、異世界の魔法を詠唱するみたいに唱える遼の言葉を遮ると、一瞥してから顔を背けた。
「……………………ふん」
いつもと違う俺の雰囲気を感じ取ったのか、遼は鼻で笑うと、俺から離れて行った。
俺はチラリ、と離れていく遼の様子を窺う。
……今度は皐月のところか。暇な奴。
俺は桜さんの落ち込んだ顔、遼と花崎さんの態度を思い出していると。
——ガタンッ!
気がつけば、俺は自分の机を思いきり蹴飛ばしていた。
クラス中がシーンと静まり返る。
俺は立ち上がり、スタスタと皐月と遼の元へと歩み寄ると。
「いちいち絡んでんじゃねえよ」
唖然としている遼に一言告げ、俺はそのまま教室を出て行った。
◇
結局その後も俺はほとんど誰とも会話せずに過ごした。
休み時間のたびに桜さんの教室に様子を窺いに行くけど、桜さんは相変わらず顔を下に向けたままだった。
声を掛ければ桜さんは微笑んでくれるけど、逆にそんな桜さんが痛々しく思えた。
放課後になると、俺は皐月に桜さんのことを頼み、一人で喫茶店へとやって来た。
——カラン。
入口の扉を開くと、コーヒーの香りが俺の鼻をくすぐった。
「いらっしゃ……なんだ、凛太郎か。今日は桜と一緒じゃないのか?」
「先輩……ちょっといいですか?」
「?」
先輩はキョトンとした顔で首を傾げるが、何も言わず奥の席へと歩を進めた。
「それで、何があったんだ?」
「はい……」
俺は、昨日判明した、スクショを撮影した犯人が桜さんの親友、花崎奏音だったことを説明した。
「……証拠集めした結果、そんな事実を突き付けられて、桜さんは落ち込んでしまい……」
「そうか……」
先輩は腕組みをし、静かに目を瞑った。
「……それで、何とかその花崎さんに影響がないようにしつつ、遼だけを断罪したいんですけど、何か良い知恵はないかと思って……」
「凛太郎、それは無理だ」
コーヒーを運んでくれた大輔兄が、真顔で否定した。
「だ、だけど大輔兄! それじゃ……それじゃ桜さんが!」
「落ち着け凛太郎。まず聞くが、それは桜ちゃんが望んだことなのか?」
「い、いや……これは、俺が勝手に……」
「だったらなおさらだ。まずお前がしなきゃいけないことは、桜ちゃんとよく話し合うことだ。その上で、その花崎さん……だったか? その子のことをどうするかを考えろ」
珍しく、大輔兄は突き放すようにそう言い放った。
「……悪いが私も大輔さんの意見に賛成だ」
先輩がゆっくりと目を開き、そして俺を見据える。
「凛太郎、君の言っていることは、独りよがりだ。桜が悲しんでいるから何とかしてあげたいという君の気持ちも分かる。だが、一番大事なのは、桜自身の気持ちなんじゃないのか?」
「あ……」
「そして、花崎さんを助けたいと、桜が心から望んだら、その時は君が全力で助けるんだ。もちろん、その時は私も微力ながら協力させてもらう」
そう言って、先輩はニコリ、と微笑んだ。
はあ……先輩、男前過ぎます。
「そう……ですね。桜さんは俺が悩んで苦しんだ時、いつも俺の気持ちを汲んでくれて、背中を押してくれてた。今度は……今度は俺が!」
「そうだ。それだったら、君はここにいていいのか?」
俺はすぐに席を立つ。
「先輩、大輔兄、ありがとう!」
「おう、行ってこい!」
「ふふ、がんばれ!」
俺は二人に背中を押されるように喫茶店を飛び出すと、スマホを取り出し、桜さんに電話を掛ける。
『……もしもし?』
「桜さん、今から会えないかな」
『今から? うん、もちろんいいけど……』
「今、桜さんはどこにいるの?」
『あ、うん。今は家にいるよ?』
「分かった。じゃあ桜さんの家に向かうね」
『ふああ!? ちょ、ちょっと待って!? え!? え!?』
「じゃ」
俺は通話を切ると、全力で走って駅に向かった。
◇
「そ、その……きゅ、急すぎるよお……」
桜さんの家に着くと、私服に着替え、眼鏡をかけた桜さんが出迎えてくれた。
「そ、それじゃ、家の中、入る?」
「あ、うん……」
ヤベエ、勢いのまま桜さんの家に来ちゃったけど、そういうこと、全く考えてなかった。
き、緊張する……!
桜さんに続き、おそるおそる中に入ると、なぜか桜さんのお姉さん、美代さんがニコニコしながら立っていた。
「うふふ、凛太郎くんいらっしゃい」
「お、お邪魔します……」
うぐう、桜さんのお姉さんだけあって、すごく綺麗なんだよなあ。
いや、優しそうなのは分かるんだけど、逆に緊張してしまう……。
すると、桜さんが急に俺の手を握った。
「えへへ。お姉ちゃん、ボク達は部屋に行くから、絶対来ちゃダメだからね?」
「うふふ、分かってるわよ。邪魔しないから」
うふふ、えへへと二人がニコニコしながら話してるけど……何だろう、俺には牽制し合ってるようにしか見えない。
「じゃ、凛くん行こ!」
「そ、それじゃ失礼します」
「うふふ」
桜さんは俺の手を引っ張り、二階へと連れて行ってくれた。
「そ、その、ここがボクの部屋……」
「おお……」
俺は思わず感動に打ち震える。
だって、女の子の部屋なんて、小学校の時に皐月の部屋に入った時以来だし。
しかも、結構な数のぬいぐるみが置いてあって、まさに女の子の部屋って感じだった。
俺は部屋へと足を踏みいれると、思わず深呼吸をしてしまった。
うん、すごくいい匂いがする。魂まで浄化されそうな勢いだ。
「あ、そ、その、好きなところに掛けて」
「は、はい」
緊張のあまり声がうわずってしまった.
俺はおずおずと床に敷いてあるクッションに腰を下ろした。
「な、なにか飲み物持ってくるね!」
そう言い残し、桜さんは部屋を出て行った。
ふう……俺の自業自得とはいえ、突然桜さんの部屋に上がっちゃって……って、そうじゃないだろ。
ちゃんと、桜さんと話をしなきゃ。
「凛くんおまたせ」
桜さんはお盆にマグカップ二つを乗せて戻って来た。
「はい」
桜さんからマグカップを受け取る。
「えへへ、凛くんは喫茶店でいつもコーヒー飲んでるからと思って」
「うん、ありがとう」
俺は礼を言って、コーヒーを口に含む。
うん、もっと砂糖を入れたいところだけど、今日は我慢だ。
「ええと、それで急にどうしたの?」
「あ、うん……その、桜さんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「うん」
俺は一拍置き、意を決して桜さんに尋ねた。
「桜さんは、花崎さんをどうしたい?」
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