第44話 確定

 五時間目の授業が終わり、俺はカバンを持って席を立った。


「へえ、凛太郎サボり? 最近緩んでるよね。私生活も、だけど」

「いじけて何日も引きこもってたお前が言うな」

「は? なに凛太郎、僕にケンカ売ってるの?」

「まあ、お前次第だな」


 そう言うと、遼の奴は忌々し気に俺を睨む。

 悪いな、俺も今日はいつもより気が立ってるんだ。


「……フン」


 睨むだけで何も言ってこない遼を無視し、皐月に目配せして俺は教室を出た。


 一階の下駄箱に着くと、既に桜さんが待っていた。


「お待たせ」

「ううん……ボクも今来たとこ」


 桜さんの表情は、いつもよりも暗い。

 そりゃそうだろう。なにせ、友達の犯行かどうか、確認しに行くんだから。


 俺は靴に履き替えると、桜さんの手を握った。


「あ……」

「桜さん、行こう」

「……うん」


 俺達は、校門を目指す。


 そこにいるはずの人に会いに。


 …………………………いた。


 俺はスマホを取り出し、ボイスメモのアプリを立ち上げると、録音ボタンをタップした。


 そして、校門前で停車している黒塗りの車の運転席のガラスをコンコン、叩く。


「あれ? 立花さんじゃないですか。もう授業が終わ……る時間じゃないですね。駄目ですよ、サボっては」


 そう言いながらも、葛西さんは笑顔で応対してくれた。


「すいません葛西さん、実は聞きたいことがあって……」

「聞きたいこと、ですか?」

「はい」


 俺は一息吸うと、意を決して次の言葉を告げる。


「この前の日曜日ですけど、泉町……この先の住宅街をこの車で走ってたりしました?」

「え、ええ、なんでもご学友の家に用事があるからと、お嬢様を乗せて……」

「そ、それって何時頃ですか!?」


 桜さんが堪えきれず、葛西さんに詰め寄る。


「は、はあ……確か昼の一時頃だったかと……その、何かあったんですか?」

「いえ……家の近所で見かけたって人がいたんで……」

「あ、ひょっとして、立花さんのご自宅の近くだったりしますか?」

「ええ……」


 そう答えると、葛西さんは急にニヤニヤした表情になった。

 こんな表情、珍しいな……。


「なあんだ、お嬢様も言ってくだされば……ん? でも、立花さんが知らないってことは、立花さんはお嬢様に会ってないんですか?」

「え、ええ」

「はあ……そうですか……ヘタレですね……(ボソッ)」


 葛西さんは、今度は明らかに落胆の表情を見せた。

 最後はちょっと聞き取れなかったな……。


「あの、なにかあるんですか?」

「あ、あああ、その……いえ、忘れてください……」


 いや、逆に気になるんですけど!?


「そそそうだ、少し用事を思い出しました。これで失礼します」

「はあ……」


 そう言い残し、葛西さんはそそくさと車を発進させた。逃げたな。


「な、なんだったんだ?」

「さあ……だけど……」


 そうだ。

 これでもう確定だ。


「……あれを撮影したのは花崎さん、か……」


 ◇


「……本当は、分かってたんだ。奏音だって」


 公園のベンチに腰掛け、じっと地面を見つめながら、桜さんはポツリ、と呟いた。


「違和感はずっとあった。あのクズ先輩の時も、なぜか奏音があの場にいたし、皐月の言葉でもそう。学校来てないあの男には絶対知らないクズ先輩のことも知ってた」


 そういえば……。


「如月遼が復帰してからは、いつもあの男のそばにいた。常に如月遼の言葉に相槌を打って、あの男がボク達を引き離そうとすれば、ボクに懇願するように凛くんと離れろって言ってきた。そして……」

「今回の画像、か……」


 俺はスマホを取り出し、あの現場の画像を見る。


「凛くんとあの女がキスした場所が凛くんの家の玄関だって、普通は分かるはずがないのに、あの時奏音はそう言ったんだ……!」


 そう言うと、桜さんは、唇をギュッと噛みしめた。


「ねえ、凛くん……ボク、悔しいよ……ボクの友達、あの男に、あの男にい……!」


 桜さんの瞳からポロポロ涙がこぼれ落ち、地面を濡らす。


 彼女の肩は、小さく震えていた。


「っ!?」


 俺は桜さんを抱きしめる。


 その震えを、少しでも抑えるように。


「桜さん……やろう。俺達でアイツを……如月遼を叩き潰そう! だから今はその悔しさ……俺が受け止めるから」

「凛く……ん…………凛くん……!」


 桜さんは俺の胸にしがみ付き、声にならない声を出して、静かに泣いた。


 俺は、そんな桜さんの髪を優しく撫でる。


 桜さんが、これ以上つらい思いをしないようにと願いを込めて。

 桜さんが、明日は笑って過ごせるように願いを込めて。


 そして、俺は誓う。


 桜さんを悲しませた俺の“元”幼馴染……如月遼を、必ず後悔させてやる、と。

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