第38話 逡巡

「せ、先輩、桜、凛太郎、そ、その……ありがとうございました!」


 学校に着き、校舎に入る直前で皐月が深々と頭を下げた。


「ん? ああ、気にしなくていい。彼に言った言葉は事実なんだから」


 先輩はそう言うと、皐月の頭をゆっくり撫でた。何この男前な先輩。


「とにかく、またちょくちょくチョッカイ掛けてくると思うから、しばらくの間は皐月はボク達と一緒に行動するんだからね」

「う、うん」

「おう、教室にいる間は俺に任せろ」

「凛太郎……」

「だ、だからって、凛くんとイチャイチャしたりしたらダメなんだからね!」


 感極まって見つめる皐月を見て、桜さんがそんなことを言ってきた。


 俺がそんなことする訳ないのに、嫉妬かな? だったら嬉しいな。


 多分、俺はすごくニヤけてるんだろう。

 桜さんは俺の顔を見て、顔を赤くしていた。


「ははは、まあ、放課後も喫茶店に一緒にいれば、アイツ等もうかつに手出しできないだろう。ということで、君も来るといい」

「あ、は、はい!」


 皐月は先輩の優しい言葉に、嬉しそうに返事した。

 うん、何だか昔の……小学校の頃、俺が好きだった皐月に戻ったみたいだ。


「んがっ!?」


 などと眺めていると、怒った桜さんから思いきり足を踏まれてしまった。

 いかんいかん、俺の世界一の彼女は思ったより嫉妬深いみたいだ。


「じゃ、そういうことで」

「ああ」

「失礼します!」


 俺達は、それぞれ自分達の教室へと別れた。


 ◇


「凛くん、皐月、お昼にしよ!」


 昼休みになると、お弁当を二つ抱えた桜さんが元気にやってきた。


「じゃあいつものところに……」

「え?」


 あれ? なんで桜さんキョトンとしてるの?

 いつものところっていったら、屋上に繋がる踊り場だよね?


「えと、ほら、その……」


 桜さんが言いにくそうにしてるけど…………………あ。


 そうだった、あそこは俺が皐月に突き落とされた場所だった。

 俺はもう気にしてないが、加害者の皐月からすれば、嫌な思い出だよな。


「そ、そうだ。今日は中庭で食べない? ほら、天気も良いし」

「うん、そうだね。皐月もそれでいい?」

「う、うん」


 ということで、俺達三人は中庭へと向かった。


「そういえば、あの男はどうしたの? いつもだったらあの取り巻きの女の子達と……奏音のバカが絡んでくるのに」

「ん? ああ、なんか遼の奴、一時間目の途中で調子が悪いって言って、保健室に行ったんだけど、まだ戻って来てないな」

「え? そうなの?」

「うん。で、取り巻きの女子もそれぞれ友達同士で固まってるよ」

「ふーん」


 そう言うと、桜さんは途端に興味をなくしたように、その話を打ち切った。

 で、俺達三人はその後他愛のない話をしながら歩いていたんだが。


「あ……」


 途中、花崎さんに会った。


 花崎さんは俺達のほうをチラリ、と見やると、すごく申し訳なさそうな表情でこちらを眺めていた。


「凛くん、皐月、早く行こ」


 桜さんはあえてそんな花崎さんを無視するように、俺と皐月を促す。

 だけど。


「えと、花崎さん。俺達中庭で昼メシ行くんだけど、よかったらどう?」

「ちょ!? 凛くん!?」

「ええ!?」


 俺が花崎さんを誘ったことに、桜さんと皐月は驚きの声を上げる。


「……どうしてですか?」

「へ?」

「どうしてあなたは、私を誘ったりなんかするんですか?」

「どうしてって……」


 そんなの……だって、ねえ。


「それは、花崎さんが苦しそうだったからだよ」

「苦しそう……?」

「そう。なんか無理してない?」

「っ!」


 そう言うと、花崎さんの表情が明らかに変わった。

 そしてその瞳は、俺にはすごく悲しそうに見えた。


「……失礼します」


 花崎さんは顔を伏せながら、足早に俺達の前から立ち去る。


「…………………………」


 そんな花崎さんの後ろ姿が見えなくなるまで、俺は彼女から目を離すことができなかった。


「……凛くん」

「あ、うん。よし、中庭へ急ごう。昼休みの時間が短くなっちまう」


 不安そうな顔で俺の袖を引っ張る桜さんを見て、俺はごまかすように中庭へと急いだ。


 ◇


 放課後になっても、遼の奴は戻ってこなかった。


 今は取り巻きの女子達が、遼のカバンを誰が家に届けるかで揉めていた。

 その中に、花崎さんはいない。


「よし、皐月。行くか」

「あ、うん」


 俺は席に座る皐月に声を掛けると、皐月もそそくさと帰る支度をして立ち上がった。


 そして、周囲のクラスメイトからヒソヒソと話す声が聞こえる。


 今日は一日こんな感じだった。

 月曜日のできごとを考えると、それも仕方ない。

 まあ、だからといって聞いていて気持ちのいいもんじゃないけど。


 だから、俺は皐月を急かして、さっさと教室を出た。

 すると、桜さんもタイミングよく教室を出たところだったので、そのまま学校を出て喫茶店に向かった。


「やあ、いら……って君達か。桜、いつもの席に」

「はい」


 そう言って、桜さんは皐月を連れて窓際の奥の席へと向かった。

 俺は控室に行き、店の制服に着替えてフロアに戻る。


 そして、桜さんの分のパフェを俺が、皐月の分を大輔兄が作ると、その二つをトレイに乗せ、俺は二人の席へと運んだ。


「ほい、桜さん。皐月はコッチ」

「ふああ……ありがとう!」

「え? え?」

「おごりだおごり」

「だ、だけど……」


 皐月は恐縮しながら、俺、大輔兄、先輩と順番に見る。


「はは、心配しなくても、凛太郎のバイト代から差し引いてるから」

「うそ!?」


 初耳なんだけど!?


「じゃ、じゃあ遠慮なく……」


 いや、遠慮しろよ。

 そして桜さん? 無言ですごい勢いで食べる前に、今の話聞いてました? ……カワイイからいいけど。


「で、だ。今日は結局遼の奴がほとんどいなかったから波静かだったけど、まあ明日以降はもっと警戒が必要だな」

「はむはむ……うん。だけど、明日一日乗り切れば、すぐ土日になるから、その間に熱も冷めてたらいいんだけどね」


 うん、桜さん。食べるか話すかどちらかにしたほうがいいと思います。でもカワイイから許します。


「二人とも……ごめんね……」

「えー、今さら? できれば謝る前に気づいて欲しかったけど?」

「いや、桜さん桜さん、もうちょっと包もうよ」

「えー、ヤダ。ボク、友達には遠慮したくないもん」

「……ありがとう」


 いや皐月、そこは礼を言うところでいいのか? あ、いいんだ。


「とにかく、明日もそうだけど、皐月は週末の土日も気をつけてね」

「う、うん」


 しかし、本当に皐月はしおらしくなったな……。


「と、ところで二人は週末どうするの?」

「ん? 俺は土曜日はバイトで、日曜は桜さんと過ごすよ?」

「ボクは土曜日はここで凛くんを眺めて、日曜日は凛くんと一緒!」

「ああ……うん」


 あ、皐月が少し呆れた顔してる。


 だけどしょうがないよね? 桜さんカワイイし(免罪符)。

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