第36話 要撃

 ——ピンポーン。


 学校に行く準備をしていると、家のインターホンが鳴った。


「お、来たか」


 俺は急いで支度をして階段を降り、玄関を開ける。


「お、おはよ、凛太郎」

「おっす。じゃあ行こうか」


 下駄箱からスニーカーを取り出し、履いている最中で。


「あれ? 皐月姉久しぶりだね! ……って、お兄と登校!?」


 チクショウ、面倒な奴に見つかっちまった。


「ええと、久しぶり、理香」


 皐月がおずおずと返事すると、理香にグイ、と腕を引っ張られた。


「(ちょっと! お兄、桜さんがいるのに浮気とかじゃないよね!?)」

「(違うわバカヤロウ。これから桜さんとも合流して、一緒に学校に行くの)」


 全く、俺が桜さんに対してそんな真似する訳ないだろう。

 大体、浮気なんてする奴の気が知れんわ。あ、コイツだった。


「あはは……」


 皐月がいたたまれなくなって苦笑いしてやがる。

 さすがにかわいそうだから、さっさと行くか。


「んじゃ、俺達行くわ」

「ハイハイ」


 理香の奴に適当にあしらわれ、理不尽に思いながらも、俺達は駅に向かった。


 ◇


「あ、おーい!」


 駅の入口で、既に来ていた桜さんが俺達を見つけ、手を振る。

 そして、そこには先輩もいた。


 実は昨日、俺は桜さんから先輩も一緒に行くことについて聞いていた。

 そもそも、こうやってまとまって登校するのにも理由がある。


 桜さんいわく、昨日、花崎さんと遼が話しているところを盗み聞きしたらしい。

 どうやら遼は、俺が復帰するのを見計らって、朝の登校時に偶然を装って合流するつもりだと。

 そして、一緒に皐月を待ち構え、面と向かってなじるつもりだと。


 その話を聞いた時、俺は心の底から如月遼という幼馴染が信じられなくなった。

 俺の知ってる遼は、少し引っ込み思案のところもあるけど、誰にでも分け隔てなく優しい奴だったはずだ。

 なのに……。


 これも、浮気の所為……なのかな。


 おっと、そんなことを今考えても仕方ない。

 それよりも。


「おはよ! 凛くん、皐月!」

「おはよう桜さん、先輩」

「お、おはよう、桜……そ、その……」


 桜さんは平常運転で元気に挨拶するし、俺もそれに答える。


 一方で、皐月は先輩を見て戸惑っていた。

 そりゃそうだろう。何せ、元浮気相手の元カノなんだから。


 だが、それでも皐月は意を決して先輩の前に立つと、深々と頭を下げた。


「中原先輩! 本当にすいませんでした!」


 駅前で叫んだもんだから、周りにいたサラリーマンや他の学生たちも一斉にこちらを見た。


 皐月は身体を強張らせ、頭を下げたまま先輩の反応を待つ。


 すると。


「イタッ!?」


 なんと先輩は、皐月の頭にチョップをかました!?


「せ、先輩……!?」

「ふう……桜から聞いたぞ? 君もあの後、嫌な思いもして、そして心から反省した、と。だったら、わだかまりは今ので終わりだ」


 そう言うと、先輩は皐月にニコリ、と微笑んだ。


「あ……う、うう……すみません、すみませんでしたああ……」


 そんな先輩の優しさに、皐月は思わず泣き出してしまった。

 おかげでますます周りから注目を集めてしまったけど。


 まあ、とりあえず丸く収まったんだ。それはよしとしよう。

 ところで。


「先輩はいつから桜さんのことを名前で呼ぶようになったんですか?」

「ん? あ、ああ……その……」


 ? 急に先輩がモジモジしだしたぞ?


 すると桜さんが、ススス、と傍に寄って耳打ちしてきた。


「(え、ええと、その……ほ、ほら、大輔さんと将来的に、その、そういうことになったら、凛くんともあれな訳で、となると、ボクも一緒に……)」


 なにその論法。何段活用してるんだよ。


「(と、とりあえず分かったよ。つまり、俺も……ってことだよね?)」

「(う、うん……)」


 うん。大輔兄とのことはともかく、俺と桜さんを抱き合わせにしてくれたのは評価に値する(何様?)。


「まあいいや。じゃあ楓先輩、行きますか」

「か、かかか楓先輩!?」

「え? だってそういうことでしょ?」

「ううううむ、そそそうだぞ! り、りり、凛太郎!」


 ププ、先輩どもりまくり。


 まあからかうのはこれくらいにして、俺達は学校へ向かったんだけど……はあ、予定通り過ぎて逆に引くわ……。


「やあ、奇遇だね、凛太郎」


 さわやかな笑顔とともに、遼と取り巻きの女子達が現れた。

 花崎さんは……うん、車通学だからいるわけがない。


「そりゃ学校はこの道の先なんだ。会うことくらいあるだろ」

「はは、そうだね。ところで、なんで皐月が一緒にいるの?」


 遼はチラリ、と見やると、皐月は暗い表情で俯く。


 すると、バシン、という音が響いた。


「は? 友達と一緒にいて何が悪いの? 大体、アンタには関係ないよね」


 桜さんは皐月の背中を叩いて顔を上げさせると、遼をキッ、と睨みながら悪態をついた。


「それは関係あるよ。僕は被害者なんだ。それなりに不快な思いをするのは仕方ないと思うんだけど?」

「なら、サッサとどっかに行けばいいんじゃない?」


 二人がそんな応酬を繰り広げていると、「そうよ!」と取り巻きの女子達も遼の言葉に相槌を打つ。


 何コレ、だんだんイライラしてくるんだけど。


「中原先輩、そうですよね?」


 今度は、遼は自分と同じ境遇の先輩に話しかけた。

 何だ? 同意でもしてほしいのか?


「ん? 私がなんだ?」

「いえ、先輩も元彼氏の浮気相手と同じ空気を吸うだなんて、耐えられないと思いませんか?」

「っ!」


 我慢できなくなって飛び掛かろうと脚に力を入れたところで、桜さんに手で制止された。

 そして、俺の顔を見てニコリ、と微笑む。


 ……仕方ない、桜さんに任せよう。


 すると。


「いや? 別にそうは思わないが。それより、君こそそんなに女の子達が周りにいるんなら、いい加減、次に進んだらどうなんだ?」


 先輩はキョトンとしながらそう言い放つ。

 それこそ、遼の言っていることが理解できないかのように。


「……ですが、それとこれとは別では?」

「? 同じだろう?」

「そんな訳ないですよ。僕はこの女が堕ちるところまで堕ちないと気が済みませんね」


 遼は殺気のこもった視線を皐月に向ける。

 だけど、それを俺と桜さんが皐月の前に出て遮った。


 そして。


「ふむ、君は存外小さい男なのだな。それに、いつまでも固執していては、傍にいてくれるこの女の子達に対しても失礼だぞ?」


 先輩はヤレヤレといった表情でかぶりを振った。


 そんな先輩の態度が遼の癪に障ったらしい。

 遼は露骨に顔を歪め、今度は先輩を睨みつけた。

 一方で、取り巻きの女子達は困惑の表情を浮かべている。


 ……これは、もう一押しだな。


「そうだよね。こんな男にせっかく色目使ったところで、この男にそんな気ないんだもん。かわいそう」


 桜さんは残念なものを見るかのような表情で、遼と女子達を見やった。


 だけど俺には分かる。

 桜さんだってぎりぎりの感情で、今こんな態度をとってるんだ。


 だから。


「っ!」


 そんな桜さんの手をゆっくり握った。

 俺が傍にいるって、桜さんを支えるって意思表示するために。


「…………………………もう……好き(ボソッ)」


 うん、知ってる。


「で、もうすぐ始業時間なんだが、行っていいかな?」


 先輩がそう言うと、俺達は遼の隣を素通りし、学校へと向かった。


 遼の忌々しげに見つめる視線を背中に感じながら。

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