第33話 入院
「あ………う、う、うああああああ………ごめんなさい……ごめんなさああああい……!」
皐月はその場で崩れ落ちて号泣した。
「ねえ、凛くん……」
「ああ……」
俺は桜さんに事の仔細を話した。
久しぶりに登校した皐月は、遼に群がる女子を見るなり激昂したこと。
みんなのいる前で面倒臭そうに浮気の事実と別れたことを暴露されたこと。
そして、泣き崩れる皐月を、花崎さんを含めた女子達と一緒に嘲笑ったこと。
いたたまれなくなって教室から逃げ出した皐月を追いかけ、屋上への踊り場で皐月を捕まえようとしたところで皐月に押されてしまい、階段から落ちてしまったこと。
「……俺の記憶はここまでだよ」
「そう……」
桜さんに説明すると、桜さんは少し俯いた。
だけど、その瞳は間違いなく怒りに満ちていた。
「ねえ、バカ女」
「っ!?」
床に蹲って嗚咽を漏らす皐月に、桜さんは冷たい声で呼びかける。
すると、皐月の身体はビクッとなった。
「聞きたいことがあるんだけど、アンタはあの男……如月遼から、『浮気がバレて、しかも浮気相手にも袖にされたから慌てて来たんだろうけど、僕はもう皐月に何の感情もない。二度と顔を見せるな』って言われたんだよね?」
「…………………………(コク)」
桜さんの問い掛けに、皐月は無言で頷く。
「そう……」
一言相槌を打った後、桜さんはあごを押さえ思案する。
そして。
「……とりあえず、今日は帰ってくれるかな。多分このままいられたら、ボク、もっとひどいこと言ってしまうから。それに、凛くんにも迷惑掛かっちゃう」
「あ……う……………………うん……」
皐月は、返事をした後ゆっくりと立ち上がり、部屋の入口へとふらふらと歩く。
「あ、そうだ」
皐月が入口に差し掛かったところで、急に桜さんが呼び止めた。
「アンタは少なくとも凛くんが退院して学校に通えるようになるまで、絶対に学校に行っちゃダメだからね」
「……………………(コク)」
皐月は無言で頷き、そのまま部屋を出て行った。
「ねえ桜さん、皐月が学校行っちゃいけないってのはどうして?」
「うん……今回のことで、あの如月遼は絶対バカ女を責めると思うんだ。しかも、また同じように数の暴力で。そうなったら、今回は凛くんもいないんだよ? それこそ最悪の事態になりかねないよ」
俺は桜さんに皐月に言った意図を尋ねると、想像以上にあり得そうで、そして恐ろしい理由だった。
実際にそうなった訳だし……。
「ありがとう、桜さん。やっぱり桜さんは優しいね」
「っ!? もう! 何度も言うけど、ボクは別に優しくないの!」
そう言ってプイ、と明後日の方向へと顔を向ける桜さんを見て、カワイイと思ってしまうのは仕方ないよね?
それに、そうやって言ったのも俺のためなんだもんな。
そんな桜さんの優しさに、俺はどうしても頬が緩んでしまう。
「もう……」
そして、俺のそんな様子に気づいた桜さんは、口を尖らせてるけど少し頬が赤くなってる。
はあ、カワユス……って。
「そうだ、桜さん学校は?」
「え? あ、うん……その、凛くんが病院に運ばれたって聞いて居ても立ってもいられなくなっちゃって、その……抜け出してきちゃった」
「う、うん……その、心配かけてごめん」
「ホントだよ。ボク、どうしようかと思ったんだからね」
「うん、ありがとう」
「うん……」
それから桜さんは、夜になるまで俺の傍に付き添ってくれた。
夜は危ないから送ってあげたいんだけど、こんな状態なのでたまたま仕事が終わった母さんが桜さんを送ってくれることになったので良かった……のか?
「母さん、くれぐれも桜さんに変なこと言ったりするなよ!」
「ハイハイ、うるさいねえ」
「す、すいません……わざわざ送っていただいて……」
「アハハ、何言ってるの! うちの馬鹿息子のためにこんなに心配してくれて、付き添ってもらったんだから、それくらいさせてもらわないと、罰が当たっちゃうわよ」
恐縮する桜さんに、母さんはそう言って朗らかに笑った。
「さて、それじゃ送って来るから、アンタはちゃんと大人しくしてるんだよ」
「分かってるよ。それじゃ、桜さん」
「うん……また、明日も来るからね」
そう言って、桜さんと母さんは部屋を出て行った。
病室はしん、と静まり返る。
明日からは相部屋って聞いてるけど、とりあえず今日は寂しいなあ……。
◇
■桜視点
ボクはお母さまの車に乗り、家へと向かう。
「桜ちゃん、今日はありがとうね」
「い、いえ、そんな……」
「最初、凛太郎がうちの病院に運ばれたって聞いた時は、思わず気が動転しちゃったけど、桜ちゃんが付き添ってくれるって聞いて、安心できたし冷静にもなれたの」
「そ、それは仕方ないと思います。誰だって自分の大事な人がそんなことになったら、冷静でいられるなんて……」
「あはは、そうね……ねえ、桜ちゃん」
「? はい」
「これからも、うちの凛太郎をよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」
それから、お母さまからは凛くんのことを色々教えてもらった。
小さい頃屋根に上って降りられなくなって、屋根の上で泣いていたこと。
小学生の時に、よく宿題を忘れて掌に油性マジックで『宿題』って先生に書かれてたこと。
中学生の時、急に浮かれたりしてたと思ったら、ある日を境に時折悲しそうな目をするようになったこと。
最近、すごく憔悴していたかと思ったら、誰かさんのおかげで日に日に明るくなって、今ではこれまでで一番幸せそうにしていること。
「あなたのことよ」って言われた時は、恥ずかしくて嬉しくて……。
それと、なぜかエッチな本の隠し場所とかエッチな動画を見るためのパスワードなんかを教えてくれた。ボクにどうしろと!?
そんな、ボクの知らない凛くんのことを聞けてすごく嬉しくて、お母さまも凛くんと一緒ですごく優しくて。
緊張したけど、それ以上にすごく楽しくお母さまと会話して、気づけばもう家に着いていた。
「お母さま、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、これからも凛太郎のこと、よろしくね」
「はい!」
お母さまはボクを降ろすと、家に帰っていった。
ボクも家に入ると、自分の部屋で一息吐いた。
「よかった……よかったよお……」
凛くんが、死ななくてよかった……!
凛くんがいなくなっちゃったら、ボク、ボク……!
ダメだ、安心したら涙が止まらない。
結局ボクは、不安と安堵で、夜遅くまで泣き続けた。
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