第32話 未遂

 次の日の朝。


「お、おはよう、桜さん……」

「う、うん、おはよう凛くん……」


 うう、恥ずかしい。

 だけど、昨日のことを思い出すとニヨニヨしてしまう。


 桜さんも同じなのかな。

 あ、桜さんの口元もニヨニヨしてた。


 結局朝も上手く話せず、学校に着いてしまい、名残惜しくも桜さんと入口で別れた後、教室に入り席に着く。


 今日も遼の席の周りには花崎さんをはじめ女子達数人がおり、遼との会話を楽しんでいた。


 はあ、節操がないことで。


 するとそこに。


「……あなた達、何やってるの……?」


 今まで休んでいた皐月が入口に現れ、女子達を凝視していた。


「遼は私の彼氏なの! 泥棒猫みたいに群がってるんじゃないっ!」


 皐月は遼の席に突進し、女子達を追い払うように威嚇する。


「海野さん、いい加減にしてください。もうあなたには関係ないじゃないですか」

「っ!? どういう意味よ!」

「ハア……本当に勘弁してほしいんだけど。皐月、君が大石先輩と浮気した所為で、僕達は別れたじゃないか」


 はあ!? 遼の奴、みんなのいる前で浮気のことバラしやがった!?


「な、なあ、やっぱり……」

「ああ、ホント引くよな……」

「うわー、ないわー……」


 様子を窺っていた他のクラスメイト達も、コソコソ話しながらますます皐月と遼に注目している。


「わ、私は別れてない! 私は遼一筋だもん! そ、それにホラ! こんな女達より、私のほうがよっぽど綺麗だし、成績だって上だし、私以上の女なんていないよ!」


 皐月は女子達を指差しながら、必死に遼にアピールする。

 だが。


「皐月……もう僕達は終わったんだ。君が何と言おうと、よりを戻すつもりはないよ」


 遼が冷たく言い放つと、皐月は呆けた顔で膝から崩れ落ちた。

 そして。


「あ、ああ……ああああああああ」


 床に突っ伏し、震える声で泣き続けた。


 何だよこれ。

 俺は何を見せられてんだよ。


 花崎さんも、オマエ等もなんで笑いながら見てんだよ。


 遼、オマエまで笑ってんじゃ……ねえよ!


「ふざけるなあっ!?」


 俺は勢いよく机に手を叩きつけた。


「何だオマエ等! 人の不幸を寄ってたかって笑い者にしやがって! バカなの? オマエ等、クズなの!?」


 俺はそう叫ぶと、いまだに泣き続ける皐月の元に近寄る。


「……皐月、教室を出よう」

「! さ、触るなああああああ!」


 俺が皐月の肩に触れようとした瞬間、皐月に手を振り払われた。


「オマエが……オマエがあああ! オマエの所為で、オマエの所為でええ……う、うわあああああ!」

「っ!? お、おいっ!?」


 皐月は俺に恨みを込めて叫ぶと、涙を流しながら教室を飛び出して行った。


 あのままじゃマズイ!

 何をしだすか、分かったモンじゃない!


 そう思った俺は、必死で皐月を追いかける。


 皐月は全速力で階段を駆け上がり、屋上につながる扉の前……桜さんと俺が利用するいつもの踊り場へとたどり着いた。


 皐月はドアノブをガチャガチャと回すが、ここはいつもカギが掛かっており、屋上に出ることはできない。


 とりあえず、皐月が選択ミスをしてくれたおかげで助かった……。

 絶対コイツ、扉が開いてたら屋上から飛び降りてたぞ!?


「皐月……」

「来ないで!」


 俺が近づこうとすると、皐月は背中を扉に貼り付け、左右に首を振る。


 だけど、そんなこと構ってられない。

 俺は皐月ににじり寄り、あと数歩というところまで差し掛かると、一気に近づいた。


 だが。


「イヤッ!」

「あ……」


 ツイてないことに、片脚を上げたところを思い切り突き飛ばされたものだから、俺の身体は宙に浮き——そのまま階段を転げ落ちた。


 ◇


 ——ん?


 あれ? ここは……?


 目を開けると、見慣れない天井だった。

 ココドコ?


 とりあえず身体を起こそうとして……って。


「あだああっ!?」


 痛くてしょうがないんだけど!?

 しかも、全身バッキバキなんだけど!?


 すると。


「凛くん!?」


 バン! という音とともに、桜さんが飛び込んできた。


「え? 桜さん?」

「バカッ!」


 えええ……いきなり怒鳴られたんだけど……。


「バカ、バカ……バカア……!」


 そして、桜さんの瞳からポロポロと涙があふれた。


 ? ? !?


「あ、その、ええと……ゴ、ゴメン?」


 俺はしどろもどろになりながら、なんとか桜さんに泣き止んでもらおうとするんだけど、桜さんは一向に泣き止む気配はなかった。


 そして扉には、驚いた表情の皐月がいて、扉の縁にもたれ掛かったままその場でペタン、と尻もちをついた。


「やれやれ、心配させるんじゃないよ全く」

「あれ? 母さん? なんでここに?」

「なんでもなにも、母さんのナース服を見たら分かるだろ」

「…………………………コスプレ? って、アダッ!?」

「まあ、そんな軽口言えるなら心配ないね。とにかく、アンタは学校で階段から落ちたの。で、全身打撲」

「はい!?」


 えええ……俺、階段落ちたって…………落ちたな。


「アンタ、桜ちゃんと皐月ちゃんに感謝するんだよ? 二人とも、本当に心配してくれたんだから。ああそれと、念のため検査するから、三日間入院ね」


 は? 入院って!?


「じゃ、母さんは仕事に戻るから。二人とも、すまないけどうちの馬鹿息子をよろしくね」

「はい! お母さま!」


 そして、母さんは手をヒラヒラさせながら部屋を出て行った。


「……さて。凛くん、何があったのか、話してくれるかな?」


 笑顔なのに、桜さんの目が笑ってない。

 こ、怖ええ……。


「だけど、その前に……そんなとこにいてないで、こっちに来なよ」

「っ!」


 桜さんが睨みながら声を掛けると、扉の側にいた皐月はビクッとなった。


「はあ……早くして」

「だ、だけど……」

「いいから。いい加減にしないと怒るよ?」


 桜さんにすごまれ、皐月はおずおずと部屋の中に入った。


「そ、その……」


 皐月は申し訳なさそうに俯いている。


 そりゃそうか。

 俺を階段から突き落としたの、コイツだもんな。

 だけど。


「はあ……全く、少しは落ち着いたか?」

「っ!? う、うん……」

「ならよかった」

「ご、ごめん……」

「本当だよ。お前、死ぬ気だったもんな。いいか、もう絶対にあんな……死ぬような真似はするな」

「あ………う、う、うああああああ………ごめんなさい……ごめんなさああああい……!」


 そう言うと、皐月はその場で崩れ落ちて号泣した。

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