第34話 宥免

■桜視点


 朝起きて、泣き腫らしたまぶたをごまかすために、お姉ちゃんにお願いしてメイクしてもらった。


「それで……凛太郎くんは大丈夫なの?」

「検査して問題なかったら明日退院なんだけど……」


 そうだ。検査で大丈夫って分かるまで安心できない。

 急に不安に押しつぶされそうになる。


「桜」


 お姉ちゃんがボクの両肩をつかみ、珍しく厳しい表情を見せた。


「あなたがそんな顔したら、凛太郎くんがつらい思いをしちゃうよ。だから、ね?」


 そう言うと、一転してニッコリと微笑んだ。


「そうだよね……うん、凛くんは笑ってるのが一番だもん! ボクがしっかりしなきゃ!」

「うふふ、そうそう」


 ありがとう、お姉ちゃん。


 よし! 今日も学校終わったら、凛くんのお見舞いに行くんだ!


 ボクは不安を払拭するように、いつもより元気よく家を出た。


 ◇


 学校では、ボクは放課後になるのをずっと心待ちにしていた。


 早く凛くんに逢いたい。

 早く凛くんに元気になってほしい。


 そうだ、凛くんが復活した時に、机が埃だらけだったらがっかりするよね。


 昼休みになると、ボクは机を拭くための綺麗な布巾を用意し、水を含ませて凛くんの教室に向かった。


 教室に入ると、如月遼と奏音、その他の取り巻きの女の子達が一斉にこっちを見た。


 ボクはそんな視線を無視して凛くんの机に向かう。


 すると。


「やあ。今日は凛太郎は休みだよ、さく「黙れ」」


 如月遼がボクの名前を呼ぶ前に、低い声で被せるように遮った。


「ちょっと桜!」

「奏音も黙って」

「あ……う……」


 ボクは凛くんがあんな目に遭うきっかけを作ったコイツ等を、少しも許す気はない。

 たとえ友達の奏音であっても。


 ボクは布巾で凛くんの机を丁寧に拭く。

 凛くんが戻ってきた時、気持ちよく過ごしてもらうために。


 うん、綺麗になった。


 満足したボクは凛くんの教室を後にする。

 すると、奏音が教室の外まで追いかけてきた。


「そ、その……た、立ば「うるさい」」


 ボクは奏音の言葉でさえも遮る。


「ねえ、気安く凛くんの名前を呼ばないでくれるかな」

「……………………すいません」

「何? 何に謝ってるの?」

「…………………………」


 ダメだ、イライラする。


 ボクは押し黙る奏音を無視して、自分の教室に戻った。


 ◇


■凛太郎視点


「くああ……暇だ」


 今日は朝から検査だったけど、CT検査とかは昨日運ばれた時に終わってたらしく、採血と検尿、レントゲンくらいだった。


 医者からは「打撲だけだから明日退院」とお墨付きをもらったけど、その明日までがヒマだ。


 オマケに、大部屋に移ってみたものの、結局俺一人しかおらず、部屋が広くなった分余計に寂しくなった。


 チラリ、とスマホの時計を見る。

 ああ、ちょうど四時間目が終わって昼休みだな。


 はあ……桜さん来ないかな……。


「よっ! なんだ、元気そうだな」

「立花くん、様子はどうだ?」

「え? 大輔兄? 先輩?」


 なんと、突然二人が病室にやってきた。


 いやいやいや、おかしいだろ!?

 今日は定休日じゃないし、先輩に至っては学校どうした!?


「……ええと、それでなんで二人はここに?」

「ん? 何言ってる。見舞いに決まってるだろ」

「そうだぞ立花くん。それ以外に理由はないぞ」


 うん、考えるのやめた。


「と、とりあえずありがとう」

「おう。そうだ、これ果物」

「お、ありがと。後で桜さんと食べるよ」

「そうしろ。んじゃ、俺は店があるから帰るわ」

「そうですね、大輔さん帰りましょう」

「「いや、学校」」


 思わず大輔兄と二人でツッコミ入れてしまった。


「じゃな」

「学校で待ってるぞ」

「うっす」


 二人は速攻で帰ってしまった。

 店と学校は気になるが、わざわざ来てくれたんだ。感謝しかない。


「だけど……はあ、また静かになったな……」


 部屋を見渡して、思わず俺は独り言ちた。

 はあ……何か飲み物でも買ってくるか……。


 俺はベッドから起き上がり、地下の売店に着くと、棚を見渡した。

 うーん……病院の売店って、微妙なラインナップだな……。


 そのまま棚を見続けていたら、いつの間にか二周目に突入していた。


 どれどれ……お、フルーツ牛乳か。懐かしいな。

 たまにはこれでも飲んでみるかな。


 俺はフルーツ牛乳を夜に飲む用と合わせて二つ買うと、また病室に戻ったんだが……。


「……皐月、何やってんの?」

「っ!?」


 なぜか皐月が部屋の入口でおそるおそる中を覗いていた。

 ま、多分俺に会いに来たんだろうけど。


「ほら、入れよ。ここ大部屋だけど俺しかいないし、遠慮はいらん」

「あ……い、いいの……?」

「? 俺に会いに来たんだろ?」

「う、うん……」


 俺は先に部屋の中へ入ると、ベッドの前で皐月を手招きする。

 すると、皐月は顔を俯かせながら、ゆっくりと入ってきた。


 俺はベッドに腰かけ、さっき売店で買ったフルーツ牛乳にストローを刺した。

 おっと、俺だけ飲むのも気が引けるな。


「ほれ」


 俺は皐月にフルーツ牛乳(夜の分)を差し出した。


「あ……で、でも……」

「いいから」


 俺は半ば強引に皐月に押し付けると、皐月は申し訳ないといった様子で、おずおずとそれを受け取った。


「うん、美味い」


 久しぶりに飲んだフルーツ牛乳は最高だ。


「……ホントだ。懐かしい……」


 皐月もフルーツ牛乳を一口飲むと、そんな感想を漏らした。

 そういや子どもの頃、よく飲んだな。


「…………………………」


 だが、皐月は一口飲んだだけで押し黙ってしまった。

 うーん、話が進まん。


 はあ……仕方ない。


「気にするな」

「…………え?」

「気にするなって言ったんだ。大体、ありゃただの事故だ」

「で、でも!」

「でももクソもねえよ。それでも悪いと思ってんなら、昨日も言ったがもうあんなバカな真似はすんな」


 正直、あれはどう考えても皐月に俺を突き落とすつもりはなかったしな。

 何より、突発的にとはいえ自殺まで考えた奴、これ以上追い込んでどうすんだよ。


「……どうして」

「ん?」

「どうしてそんなこと言うのよ! 私はアンタのこと馬鹿にして、蔑んだんだよ!? オマケにこんな目にまで遭わせて! これなら、思いきり罵られた方がマシだよお……!」


 皐月は叫ぶように言うと、ポロポロと泣き出した。


「つか、反省してんだろ? ならいいじゃん。それに、何と言っても俺には桜さんがいるしな」


 そう言って、俺は皐月にニカッと笑いかけた。


「う、うう……うううううう…………」


 皐月は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。


 どうすんだよ、これ……。


 ◇


 しばらくして、皐月はようやく泣き止んだ。


 といっても、まだ肩を震わせてるから、何かの拍子でまた泣き出しそうではあるが。


「……凛太郎……ごめん、ごめんね……」

「だからもういいって言っただろ。ま、とりあえずはこんなことになったばっかだから、ちょっとは肩身の狭い思いするかもしれないけど、そこは自業自得だと思って諦めろ」


 俺がそう言うと、皐月は無言でコクリ、と頷く。


「とはいえ、お前、カワイイんだから、大学行ったらすぐに彼氏ゲットできるって。まあ、今度は相手はちゃんと選べよ?」

「うん……うん……」

「よし! じゃあ今度こそこの話は……」


 と言おうとしたところで、俺は殺気を感じた。

 おそるおそる、部屋の入口へと目を向ける。


 ——そこには、思いっきり頬をふくらませ、顔を真っ赤にした桜さんがいた。

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