第23話 幸福

「ふああ……美味しそう!」


 俺がパフェをテーブルに置くと、桜さんは目を輝かせた。


 そしてスプーンを手に取り、生クリームをすくうと、口へと運んだ。


「はむ……ん……はあ、美味しいよお……」


 うん、桜さんの顔、ゆるっゆるだな。


 俺は自分用に淹れたコーヒーをテーブルの向かいに置き、そのまま俺も席に座った。

 コーヒーカップに砂糖を大量に投下し、ガチャガチャかき混ぜると、口に含む。うん、美味い。


 特に、こうやって桜さんの幸せそうな顔を眺めながら飲むコーヒーは最高だ。


「もぐもぐ……あーっ! ボクの顔見ながらニヨニヨしてるー!」

「当然」

「当然じゃないよ、もう……だったらお返しに、凛くんの顔ずっと眺めてやるんだから!」

「えーと、桜さん? その、照れるからヤメテ」

「ダーメ」


 くう、照れる……!


「ハア……二人とも、店内でイチャイチャしない」


 先輩が溜息をつきながらたしなめる。


「ハハ、まあいいじゃない。なんつっても、やっとコイツに春が来たんだからな」

「そ、そうですね! その、私も……(ゴニョゴニョ)」


 何先輩のこの扱いの違い。

 あと、語尾に不穏な言葉が聞こえたような気がしたけど、気のせいだろう。だよね?



 ちなみに、クズは学校中から総スカンを食らい、完全に孤立した。

 クラスでも白い目で見られ、サッカー部でもハブられてるらしい。ざまぁ。

 まあ、それでも学校に登校し続ける勇気は買うけど。


 なお、あのクズと別れたことによって、中原先輩への告白イベが後を絶たないらしい。

 いや、そりゃこれだけ綺麗な人がフリーになったら、男どもが飛びつく気持ちは分かるが。


 でも、先輩は全て断っていて、轟沈した奴に聞いてみたら、「他に好きな人がいる」って言ったらしい。誰だろそれ。


 え? 大輔兄? ナイナイ。


「それで、その、凛太郎の幼馴染二人は、まだ学校には来てないのか?」

「ああ、うん……」


 俺が桜さんと結ばれたあの日以降、遼だけでなく皐月も学校に来なくなった。


 以前の俺だったら、二人が心配でRINEの一つや二つ送るところだが、あんなことがあって以来、こちらから接触したりしていない。


 そういえば、近所で一度だけゆず姉を見かけたが、向こうもこちらに気づいた途端、気まずそうに立ち去って行ったな。


 所詮、俺達の関係はその程度だったってことなのかな。


 もちろん、俺だって十年以上の付き合いなんだ。

 寂しいというか、切ないというか、複雑な感情が今も心の中にあって、まだもやもやしていたりする。


 だけど。


「ああ! 凛くんまた余計なこと考えてたでしょ!」

「はは、ごめんごめん」


 そうだ、あの日から、俺には桜さんがいる。


 皐月の浮気を知ってから、ずっと俺の傍で励ましてくれて、俺のために怒ってくれて、そして、抱えてた闇ごと俺の心を包んでくれて……。


 俺、桜さんに出逢えて本当によかった。


「……なあに凛くん、ボクの顔ジロジロ見て。さては……ボクのパフェ狙ってる?」


 そう言うと、桜さんは器を隠すように抱え込んだ。


「うーん、そうかも?」

「! ダ、ダメ! ……だけど、一口だけだったら、いいよ?」


 お、まさかのお許しがでたぞ。


「じゃあ一口だけでいいから」

「しょうがないなあ……あ! た、ただし、条件があるからね!」


 ? 桜さん、何かよからぬこと思いついたな?


「その……ボ、ボクが食べさせるんだったら……いいよ?」


 …………………………グハッ!


 なにその上目遣い。

 なにそのおずおずとスプーンを差し出すしぐさ。

 しかも、耳まで赤くなってるんですけど。


 こんなの……こんなの、ただのご褒美じゃないか!


「ぜ、ぜひ! ぜひお願いします!」

「ふあ!?」


 え? なんで驚くの?

 ええい、桜さんが心変わりする前に!


 パクッ!


「あっ!」


 モグモグ、ふむふむ……うん、自分で作った割には良くできてる……って、まあ俺がしたのって、大輔兄が用意した生クリームとか果物とかを盛り付けただけなんだけどね。


「む、むうう」


 おや? 桜さんは思いのほかご立腹の様子。


「ええと……桜さん?」

「もう! 勝手に食べないで! 私が“アーン”って合図してからじゃないと食べちゃダメなんだよ!」


 怒られてしまった。


 だけど、そんな怒る桜さんも可愛くて、嬉しくて、どうしても顔がほころんでしまう。


「も、もう……はい、“アーン”」


 桜さんがそっと差し出すスプーンに、俺は顔を近づけた。


「あむ」


 モグモグ……うん、美味い。(二回目)


「どう? 美味しい?」

「うん、美味いよ」

「えへへ……知ってた? 間接キスだよ」


 知ってたけども。さすがの俺でも、中学生じゃないんだから、それは言わなかったんだけれども。

 いや、もちろん嬉しいんだけれども。


「凛くん」

「ん?」

「えへへ……ボク、幸せだよ?」

「いや、俺の方が幸せだね」

「違うよ! ボクのほうが幸せだよ!」

「俺だ!」

「ボクだ!」


 ああ……幸せだ。


「……あ、本当に幸せそうな顔して……もう」

「桜さんこそ」

「凛くん」

「なに?」

「えへへ……だーい好き!」

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