第24話 王子①
■桜視点
立花凛太郎くん。
ボクの王子様。
凛くんに出逢ったのは、ボクが中学一年生の時。
当時、ボクはクラスの女子にいじめられていた。
いつも机には、心無い落書きと、どこから集めてきたのか分からないゴミの山が飾られていた。
ボクはそれを無言で片付け、何事もなかったかのように着席する。
そんな態度が余計に神経を逆なでするのか、ボクをいじめる女子グループはそのいじめをエスカレートさせていった。
ある日の昼休み、ボクはお手洗いに行こうと席を立った。
そして、女子トイレの入口までくると、突然その女子グループが入口をふさぐ。
「ゴメンネー、今使用中なんだ」
「……………………」
その女子達は入口で立ちはだかり、ニヤニヤと笑う。
相手にしても仕方ないので、ボクは別のトイレに向かおうとすると、腕をつかまれた。
「イヤイヤ、他のトイレは使用禁止だし? しばらくここで待ってなよ」
「……離してください」
その時のボクの精一杯の声で抗議するけど、その女子達はヘラヘラ笑うばかりで、離そうとしない。
考えは分かってる。
ボクをここでお漏らしさせて、他の生徒達の前で恥をかかせるつもりなんだろう。
「い、いい加減にして……」
「はあ? いつも教室で黙って俯いてるだけのネクラ眼鏡が、なに調子に乗ってんの?」
リーダー格の女子が、ボクの髪をつかんで顔を近づけ、ボクを睨みつけた。
「……………………ぐすっ」
ボクは悔しくて、悲しくて、耐えきれず涙を流してしまう。
「あれあれ~? ひょっとして漏らしそうなんじゃない?」
女子の一人が、泣いているボクを見てさらに煽ってくる。
そして、別の女子がボクのお腹を無理矢理押してきた。
「!? ヤ、ヤメテ!?」
「うりうり~!」
ガマンしてたけど、どんどん限界が近づく。
このままだと……!
「お、お願い! 通して!」
「え~、どうしよっか?」
「ねえ~」
「お願いします! お願い……!」
入口の前に立つ女子の一人にしがみ付き、通してほしいと懇願する。
だけど。
「ざんねーん!」
「キャ!? …………え……あ……」
ドン、と押され、よろめいて尻もちをついた瞬間、とうとう私は漏らしてしまった。
女子達は、そんなボクを期待と侮蔑の目で見ていた。
ボクは悔しくて、恥ずかしくて、もう消えてしまいたかった。
だけど、その時。
「うわっとお!?」
「キャア!?」
突然私の身体に水が浴びせられた。
「うわ! ご、ごめん! 大丈夫……じゃない、よね……?」
その男子生徒は、バケツを持ちながらぺこぺことお辞儀をした。
「ちょ、ちょっと! 何してんのよ!」
いじめグループの女子達が男子生徒に食って掛かる。
すると。
「は? 俺は彼女に謝ってんの。大体、別にお前達に水かかってないだろ。なに文句言ってんの?」
「「「「はあ!?」」」」
男子生徒は蔑んだ表情で、女子達にそんな悪態をついた。
当然女子達は黙っておらず、その男子生徒に詰め寄る。
「つーかさ、トイレの前でウダウダしてんなよ。邪魔だっつーの。で、なに? お前等どこのクラスだよ」
「は、そんなの関係……」
「お前達どうした」
騒ぎを聞きつけ、先生がこちらへと駆け寄ってきた。
「あー、すんません。いや、この女子達がトイレの前で無駄に邪魔するもんだから、つまづいて彼女に水かけちゃったんです。本当コイツ等、ウザイんすけど」
「な!?」
「お前な……まあいい、お前が彼女に水かけたんだから、ちゃんとフォローしてやれよ」
「うっす」
そして、その男子生徒はボクの元へ近寄り、右手を差し出した。
「ごめんね、大丈夫?」
「……は、はい」
ボクがその男子生徒の右手をつかむと、ヒョイ、とボクを持ち上げて立たせてくれた。
そして、男子生徒は着ていた制服を脱ぎ、ボクに掛けてくれた。
「ほら、風邪ひいちゃうといけないから」
「……う、うん……」
ボクはその制服をキュ、とつかみ、深くかぶった。
わざと水をかけてくれた、その彼の優しさの所為で、ボクは泣いてしまいそうだったから。
「あ、そうそう。センセー、ソイツ等、最近あんまりいい噂聞かないんで、叩いたら埃出てくるかも」
「おうそうか。じゃ、何があったかも含めて、お前達にちょっと話聞かせてもらうぞ。このまま職員室まで来い」
「「「は、はあ!?」」」
男子生徒と先生の言葉に女子達の表情に動揺が見られ、無意識に後ずさりしている。
「バーカ」
男子生徒はポツリ、とそう呟くと、ボクを保健室に連れて行ってくれた。
その後、ボクの教室に置いてある体操服とカバンを取って来てくれた。
「ふう、本当にアイツ等クソだな。そう思わない? って、ごめん、俺がいたら着替えられないよね?」
男子生徒は慌ててカーテンを閉めてくれた。
「じゃ、先生。後はよろしくお願いします」
「了解。任せて」
男子生徒は用が済んだとばかりに、保健室から出ようとして。
「あ、そうそう。今日はもう家に帰ったほうがいいよ。じゃ!」
そう言って、男子生徒は今度こそ保健室を出て行った。
ボクはすぐに体操服に着替え、カーテンを開けると、保健の先生に一番に聞いた。
「……すいません、あの、彼は……?」
「ああ、彼は一年二組の“立花凛太郎”くんっていってね、この保健室の常連なのよ。まあ、悪い意味でだけどね。よく仮病使って授業サボるのよね」
「そうですか……」
「それより、大丈夫? 彼の言う通り、今日は家に帰りなさい」
「は、はい……」
ボクは彼……凛くんと先生の言葉に従い、家に帰った。
次の日、いつも通り登校すると、いつもと様子が違った。
机の上にいつもある飾りも、机の落書きもなかったんだ。
ボクは思わず困惑し、キョロキョロと教室を見渡す。
すると、クラスメイト達はバツの悪そうな顔をして、ボクから目を背けた。
これは一体……。
明らかにおかしな様子に、ボクは昨日のお礼も兼ねて事情を聞くために、休み時間に彼の教室に会いに行くんだけど、なぜかどの休み時間帯にも彼はいなかった。
そして、その後も、あのいじめグループの女子達もボクに絡んでくることもなく、そのまま放課後を迎えていた。
結局放課後も彼の教室に行くけど、彼はすでに帰った後だった。
仕方ないので、次に保健室に向かい、保健の先生に話を聞くことにした。
保健室に先生がいるのを確認し、中に入る。
「失礼します。先生、昨日はありがとうございました」
「あらー、大丈夫だった? 風邪引いたりしてない?」
「はい、おかげさまで、それで……」
「ふふ、びっくりした?」
保健の先生はいたずらに成功したような表情でそんなことを言った。
多分、ボクの事情を知っていたんだろう。
「はい……あの、一体何が何だか……」
「フフ、ほら、昨日の立花くんがね? あなたが帰った後、見かねて職員室に言いに来たの。『この学校はクソみたいないじめを見て見ぬふりするのか』って。まさか生徒が怒鳴り込みに来るなんて、もう先生達びっくりよ」
「ええ!?」
ボクは驚きを隠せなかった。
どうして? どうしてそこまでしてくれるの?
クラスのほかのみんなも、小学校の時からの友達だってボクのこと助けてくれなかったのに。
「いやあ、あの子、普段は授業中は居眠りするし、すぐにサボって保健室に逃げ込むからある意味先生達からの評判は最悪なんだけど、一部の先生からは人気はあるのよね。まあ、北条さんも今回の件で分かったと思うけど、立花くん、おせっかい大好きなの。それこそ誰にでも」
そんな風に話す先生の表情は、すごく柔らかかった。
「でね? 困ったことに本人には全く自覚がなくて、お礼を言われたりそのことを褒めたりしても、キョトンとしてるのよ? おもしろい子よね。だから、ついつい保健室のベッド貸しちゃうんだけど」
そういって、先生はフフ、と笑った。
「とにかく、そういうことだから、また彼に会った時にでも、お礼でも言ってあげてね? 本人覚えてないかもだけど」
ボクは胸が熱くなる。
そんなの、少女マンガでヒロインを助ける男の子と一緒だよ……。
そして、その日から、彼……凛くんはボクの全てになった。
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