第21話 代理

 中原先輩が出て行った後、教室内は騒然としていた。


「やっぱりね、俺も変だと思ったんだよ」

「ああ、有名なカップルなのに一緒にいたところ、見たことなかったもんな」

「なにあの先輩、ホントクズだよね」

「うんうん!」

「それと、浮気相手の二年って……?」

「よくやるよねー!」


 みんな思い思いに会話するが、その言葉はクズを罵倒する内容ばかりだった。


 そして。


「……えーと、とりあえず邪魔なんで、教室から出てってもらっていいっすか?」


 俺は、ボケっとしているクズの身体を揺すりながらそう言うと、クズはフラフラと教室を出て行った。


「ね、ねえ、これは一体どういうことなんですか!?」


 花崎さんが問い詰めるように桜さんの身体を揺さぶる。


「うん……とにかく、中原先輩はこれ以上ないくらい敵意を持ってあの男を振った、ってことだよ」


 教室の入口を眺めながら、桜さんはそう告げた。


「で、ですが……」

「奏音、この話はこれでおしまい。さ、教室に戻ろう? 凛くん、また放課後」

「ああ」


 桜さんは俺に手を振ると、花崎さんの手を引きながら教室へと戻って行った。


 そして、皐月はというと。


「あれ? 皐月、カバンなんか持ってどこ行くの?」

「……帰る」


 クラスメイトの女子にそう言い残し、皐月もまた教室を出て行った。


 で、俺だけこの教室に残された。


 なんだか居づらいな……。


 ◇


 放課後になると、俺はいつものように教室へ桜さんを迎えに行き、一緒に喫茶店へと向かった。


 ただ、桜さんを連れ出す際、花崎さんから少し睨まれてしまったが。

 何も言えないんだから、しょうがないよね?


「そういえば、海野さんはあの後どうなったの?」

「ん? ああ、皐月は五時間目が始まる前に、カバン持って帰ったよ」

「そっか」


 俺がそう言うと、桜さんは少し視線を落とした。


「それより」

「?」

「先輩が皐月の名前を暴露しなかったのって……桜さんが先輩に言ったんだよ、ね?」

「っ!?」


 桜さんは動揺したのか、思わず身体をのけぞらせた。

 この反応だけで、それが事実だって言ってるようなものだ。


「やっぱり……」

「あ、そ、その……」

「それで今日、朝早く学校に行ったんだね?」

「……うん。だ、だけど……!」


 俺は理由をどう説明しようかと頭を悩ませる桜さんを見る。余計な気を遣わせないように、できる限り表情を柔らかくして。


「俺のため……だよね? 俺がこれ以上思い悩まないように、気遣ってくれたんだよね?」

「…………………………」


 うん、分かってた。

 俺のことだから、多分また余計なこと考えたに違いないからな。


「ありがとう……桜さん」

「……………………うん」


 俺は、そっと右手で桜さんの手を握る。

 桜さんは何も言わず、俺の手を握り返してくれた。


 喫茶店に着き、入口の扉を開ける。


 カラン、というベルの音が響き、中へと入ると、先輩が既に店の制服に着替えていて、テーブルを拭いていた。


「やあ、立花くん、北条さん、今日はありがとう」


 ニコリ、と微笑む先輩のまぶたは、泣いた後で腫れぼったくなっていた。


 俺はジロリ、と大輔兄を見ると、先輩に対してどう接していいか分からず、焦ったように俺を見た。


 ハア……全く。


「桜さん、いつもの席に座っててくれる?」

「う、うん」


 俺は控室に行き、店の制服に着替えると、カウンターの中へと入った。

 そして、棚からブレンドに調合済みのコーヒー豆を取り出し、それをミルの中に入れる。


「お、おい!」


 大輔兄が何か言っているが、俺は無視してミルのハンドルを握り、ゆっくりと回す。

 すると、喫茶店の中にコーヒーの香ばしい香りが漂った。


 豆を挽き終わると、今度はサーバーの上にドリッパーをセットし、布のフィルターをその中に入れ、更に挽いたコーヒーもフィルターへと入れた。


 ポット沸かしたお湯を、フィルター内に少しずつ注ぐ。


 ふと見ると、いつの間にかカウンター越しに座っていた桜さんが、頬杖をついて俺の動作を微笑みながら眺めていた。


 俺も口元を緩めながら、全てのお湯を注ぎきると、ドリッパーを取り外し、サーバーに入ったコーヒーをカップに注いだ。


「はい。大輔兄、飲んでみて」

「え!? お、おう……」


 大輔兄は俺からカップを受け取り、おそるおそる口に含んだ。


「! これは……」

「俺だって、この店に一年以上勤めてるんだから、これくらいはできるよ。それで、だ。先輩、そんな顔で接客されたら、お客さんが驚いてしまいますよ」

「へ!? あ……そ、そうか……」

「ですんで、今日はその顔が元に戻るまで、控室で待機していてください」

「む、むう……」


 俺がそう告げると、先輩は渋い表情をした。


「そして大輔兄。従業員のケアはマスターである大輔兄の役目でしょ? ということで、大輔兄も控室で先輩の面倒をお願い」

「は!? い、いや、だけど店が……」

「そのコーヒー飲んで分かったでしょ? 大輔兄がブレンドしたコーヒー豆がある以上、俺でも対応できるよ」

「だ、だけど、接客はどうするんだ!?」

「ボクが……ボクがやります! 先輩、エプロン貸してください!」


 そう言うと、桜さんはひったくるように先輩からエプロンを受け取り、自分に着けた。


「そういうことだから、むしろ二人にここにいられると邪魔なんだけど?」

「そうです! 二人とも控室に行ってください!」

「む、むう……」

「はうう……」


 先輩はモジモジしながら、大輔兄は展開についていけずオロオロしながらお互いの顔を見たり顔を背けたりしている。何コレ。


「いいから! ホント、いい加減にしてくんない?」

「わ、分かったよ! ……い、行こう、中原さん」

「は、はいい……」


 ハア、やっと行ってくれた。


「桜さん、ありがとう」

「ううん。それに、ボクも一度ウエイトレスしてみたかったんだ!」


 そう言ってペロッと舌を出した桜さんを見て、ニヨニヨしてしまうのは仕方ないよね?


 さて、それじゃバイト、がんばるか。

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