第19話 昔話

 俺と遼は幼稚園の頃、皐月は小一からの幼馴染だ。


 不思議なことに、これまでずっと同じクラスだったものだから、そりゃ仲良くもなるってもんだ。


 それに、ちょっと引っ込み思案なところがあって時々引っ張ってやらないといけないけど、遼はとにかくいい奴だし、皐月も皐月であの明るい性格だしね。


 子どもの頃は単純で、ただ一緒に遊んだりしてれば、それで毎日が楽しかったんだけど、小五の時かな、自分の気持ちに気づいたのは。


 その時には、いつも皐月を目で追ってたよ。

 授業中も休み時間も、放課後だって。


 うん、俺は皐月のことが好きだったんだ。


 小学生の時は、その気持ちを伝えるのがカッコ悪いと思ってたんだよなー。それに、周りにからかわれたりするのも嫌だったし。


 だから、誰にも言わずに過ごして、気づいたらあっという間に中学生だ。


 中学生になっても俺達三人の仲は相変わらずで、クラスでもよくつるんでたよ。


 そんな中二の、あれは二学期の中間テストの後だったな。


 たまたま教室に忘れ物したことを思い出した俺は、もう家に帰った後なのに慌てて学校に戻ってさ。

 その時は俺、全速力で走ったよ。


 で、教室の俺の机の中からそれを取り出すと、制服の内ポケットに入れて、また家に帰ろうとしたんだけど……そしたら、廊下から皐月と他の女子生徒が楽しそうに話してたんだ。


 俺はどんな話をしてるんだろって気になって、教室の影に隠れて聞き耳を立てたんだ。


 するとさ。


『そういや皐月ってさ、立花くんと如月くんの二人と仲いいよね。幼馴染なんだっけ?』

『そうだよ。小一からの付き合い』

『へえー、で、どっちが彼氏?』

『な、なに言ってるの!? どっちも違うから!』

『えー、その反応怪しいなあ。立花くん?』

『は? あり得ないから』

『ちょ、ちょっと、そんな怒らないでよ』

『だって、普通になくない? そんな風に思われたら、逆に迷惑なんだけど』

『まあ、パッとしないし、確かに皐月には不釣り合いかー』

『でしょ? 大体凛太郎は“幼馴染の幼馴染ポジ”だから』

『うわ、ひどっ! それって友達の友達的な奴じゃん』

『そういうこと』

『じゃあ如月くんも同じ感じ?』

『い、いやいや、遼はああ見えて、かなりの優良物件だから』

『なるほど、つまり如月くんが本命、と』

『ぜ、絶対二人に言わないでよ!』

『ハイハイ』


 皐月とその友達が笑いながら立ち去る姿を気づかれないように見届けて、俺は教室の壁にもたれ掛かった。

 だって、脚に力が入らなくて、身体も支えられなかったんだから。


『ハハ、俺って幼馴染ですらなかったんだ……』


 つらかった。

 だって俺には、アイツの友人としての立ち位置すらなかったんだから。


 俺はそんな自分が無価値に思えて、今までの想いも無意味に感じて、だけど、その事実を認めたくなくて。

 内ポケットから、取りに帰った忘れ物……皐月が写る写真をくしゃくしゃにしてから、今度はズボンのポケットに入れた。


 それからも、アイツとは表向きは“幼馴染”を演じてた。

 そうじゃないと、俺が惨めなだけだから。


 そして、そんな中三の秋、遼と皐月から付き合うって報告された。


 だから俺は言ったんだ。


 ——おめでとう。二人ならお似合いだ。


 って。


 あの時の俺、多分一番上手く笑う演技ができたんじゃないかな。


 それからは、遼から皐月とののろけ話を聞かされたり、デートだったり誕生日イベントだったりでどうすればいいかって相談を受けたりしたな。

 もちろん、俺はそれに一つ一つ丁寧に答えたよ。


 結局、俺の言ったことなんか何一つ実行されなかったけど。

 あれじゃない? 遼は基本受け身だから、皐月のワガママに付き合わされたんだと思うよ。


 で、高校受験の時は、二人と違う高校を選ぼうと思って、遼からあらかじめ聞いていた高校は外して、今の高校選んだんだけど、まさか受験当日、遼が受験会場にいるとは思わなかったよ。

 おまけに皐月まで受けに来てやがんの。


 もちろん、受験当日に志望校の変更なんてできる訳ないから、そのまま受験して、そして結局三人で同じ高校に入学だ。クラスまで一緒のオプション付きで。


 それは二年生になっても変わらなかった。

 だけど——。


「——俺は皐月の浮気現場を目撃した。桜さんも知っての通り、俺はどうしようって悩みに悩んで、結局は遼にその事実を告白した。だけどね」


 俺は一瞬唇を噛みしめ、拳を強く握る。


「心の奥で、これで二人の関係が壊れる、いや、“壊せる”って考えてもいたんだ」


 俺は桜さんから目を逸らすように、パレードを待ちわびている人だかりを見る。

 多分、桜さんは軽蔑しただろうな。俺がそんなことを考えていたと知って。


「結果はご覧の通り、遼はショックで引きこもり、事情を知らない皐月はオロオロしている。そこへ、明日の計画だ。もう、二人は修復不可能になるね」


 ああ、皐月をバカ呼ばわりしたり、その浮気相手の大石先輩をクズ呼ばわりしたけど、結局一番のクズは俺、だな。


「だからさ、俺は明日の、全てが壊れる瞬間を待ってるんだ。不安も後悔も、もちろん罪悪感なんてものもないよ」


 全てを語り終え、俺は深く溜息を吐いた。


「そっか……ねえ凛くん」

「ん?」

「だったらどうして凛くんは泣いてるの?」

「へ? 俺? 泣いてなんかないじゃん。ほら、涙だって流れてないでしょ?」


 俺は桜さんへと向き直り、おどけながら目を指差す。

 視線は彼女から逸らしながら。


 だけど、桜さんは俺の両頬を手で包むと、無理やり視線を合わせる。


 不意に飛び込んだ桜さんの瞳は、ただ奇麗で、吸い込まれてしまいそうで、そして、全てを見透かされたような気分だった。


「ううん、泣いてるよ? 自分の気持ちをねじ曲げて、わざと悪ぶって、そして、一人で抱え込もうとして」


 そう言うと、桜さんは俺の頭を胸に抱きよせた。


「あ……」


 俺は思わず声を漏らす。


「ボクはね、凛くんのことたくさん知ってるよ? 困ってる人がいたら率先して手助けしたり、苦しんでる人がいれば一緒になって苦しんだり、喜んでる人がいればその人以上にはしゃいだり、そして……いじめられてる女の子を助けるために無茶したり」


 キュ、と、俺を抱きしめる力が強くなる。


「だからね? 凛くん一人が抱え込まなくてもいいんだよ。凛くんにはボクがいる。凛くんがどんな男の人よりも素敵で、世界一かっこいいことを知ってるボクが、ね?」


「…………っ!」


 俺は桜さんの身体を強く抱きしめ返す。

 桜さん、そんなこと言うの、反則だよ。


「俺……俺……最低なんだ、だ、から、俺なん、て……!」

「凛くんが自分を許せないなら、ボクが許すよ。凛くんが堕ちるなら、ボクも一緒に堕ちる。凛くんは一人じゃない。いつだって、これからだってずっとずっと、ボクは君のそばにいるよ」

「う、うう、うああああ………………!」


 幻想的なパレードを多くの人達が幸せそうに眺めるその後ろで、俺は桜さんの胸の中で十年分の想いを込めて泣いた。

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