第18話 逢引

 というわけで日曜日。


 俺は桜さんの家の最寄駅の改札で彼女を待つ。

だが。


「早過ぎたかな……」


 どうやらまた俺はやらかしたみたいだ。

 初めての朝通学の時に懲りたはずなのに、今日もまた一時間前に来てしまった。


 いやだって、楽しみなんだからしょうがないよね!?


 それにアレだよ? 有名なネズミとかアヒルとかクマとかいるあのテーマパークに、桜さんと二人っきりで遊びに行くんだよ?


 もうこれ、デートだよ!

 そりゃ寝られなくて早めに家出るわ!


 ふう……一旦落ち着こう。


 ま、まあ朝通学の時も、桜さん俺と同じくらいの時間に来たからな。

 待たせるのよくないし。ウンウン。


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


(一時間経過)


 あ、あれ? まだ来ない……。

 も、もう待ち合わせ時間、だよ、な?


 え? ひょっとして待ち合わせの時間、間違えた……?


 い、いや!? それより桜さんに何かあった!?


 ど、どうする!?

 連絡してみるか!?


「おーい!」


 あ! 桜さんだ! よかった!


 桜さんが手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。


「ハア、ハア……お、お待たせ……!」

「い、いや、俺も今来たとこ」

「嘘つき。凛くんが時間通りに来るわけないじゃん。また今日も早く来てたんでしょ?」


 バレてた。

 ていうか、少し感想を述べてもいいですか?


 なに!? なんなの!? 桜さんカワイ過ぎるんだけど!?


 白のゆったりブラウスにデニムのホットパンツ、少しヒールのある黒のレースアップサンダル、アクセントに桜さんのイメージカラー(俺認定)である淡いピンクのショルダーバッグのコーデだ!(かなり興奮気味)


 それに、うっすら化粧をしていて、その口唇は艶やかなピンク色をしていた。


「あ、そ、その……似合っててすごくカワイイよ……」


 あああああ! 頭の中ではあんなにスラスラと浮かんだのにい!


「ホ、ホント……?」


 桜さんが上目遣いにおずおずと尋ねる。

 その仕草だけで悶絶しそうです。


「う、うん! その、いつもカワイイけど、今日は、その、特別カワイイ……」

「あうう……ア、アリガト……」


 い、いかん、気まずい……。

 と、とにかく話題を変えよう!


「そそそういえば、待ち合わせ時間通りなんだけど、桜さんにしてはギリギリ到着だったね」

「…………服、選んでたの……」


 桜さんは俯きながら、指をせわしなく絡める。

 それってひょっとして……?


「お、俺のため……?」


 彼女は無言で頷いた。


 ほ、本当に? 夢……じゃないよな?


「あ、ありがとう……すごく嬉しい……」

「うん……」


 ダメだ、照れくさくて嬉しくて、桜さんの顔がまともに見れない。


「そ、そろそろ……行こうか」

「うん……」


 俺達は改札をくぐり、テーマパークへ向かう電車に乗り込んだ。


 ◇


「ふああ……!」


 桜さんが感嘆の溜息を漏らす。

 目的の駅に到着し、電車を降りてすぐに俺達の目に飛び込んだのは、まさに俺達が行くテーマパークだった。


「凛くん凛くん! す、すごいね! 早く行こ!」


 うん、はしゃぐ桜さん、超カワイイ。


「うん、行こう!」


 そう言うと、俺は勇気を振り絞って桜さんに右手を差し出す。


「あ……」

「そ、その! 人が多いし、は、はぐれるといけないから……」


 すると桜さんは、おそるおそる手を伸ばし、そして……え? 恋人つなぎ!?


「ほ、ほら! こ、このほうが手が外れないし……」

「う、うん……」


 俺は嬉しくて、お返しとばかりにその手を強く握った。


「さ、行こ!」

「ん……うん!」


 俺達は入口のゲートで先輩からもらったチケットを取り出し、ゲートをくぐる。


 本当に別世界に来た気分だな。

 こんなの、デートで来たら彼女喜ぶに決まってんじゃん。


 とりあえず、隣で感動して夢の世界に浸ってる桜さんを現実に引き戻すか。


「それで桜さん、どれから行く?」

「…………は!? う、うん、それはもちろんトレインマウンテンだよ!」

「へえー、えっと……あ、あの山か」


 山を走るジェットコースターか。


「よし、じゃあ行こう!」

「うん! 行こう行こう!」


 俺達は目的のアトラクションへ向かって走り出す。

 だけど。


「う、うわあ、すごい列……」

「そ、そうだった、ちゃんとファストパス取っとかないといけないんだった……」


 俺達はスマホを取り出し、慌ててチケットをスキャンする。

 よし、取り込んだ。

 ええと……トレインマウンテンは、と。

 うーん、十三時まで一杯か……。


「じゃ、じゃあさ、あの洞窟の中に入っていく乗り物に乗ろうよ!」

「お、そうだな。あれは……うん、ファストパスがないってことは、そんなに並ばないのかな。とにかく行ってみよう」


 俺達は目星のアトラクションに向かうと、うん、ここは比較的空いてる。


「よし、じゃあここにしよう」

「ん~~! ワクワクするね!」

「おう!」


 列は少しずつ進み、いよいよ俺達の番になった。


「さあ、どんなアトラクションかな?」

「えーと……洞窟の中の景色を眺めながら進んでいくみたい」

「ってことは、絶叫系じゃないのか」

「そうみたいだね」


 うーん、絶叫系にも乗りたいが、変な声を上げてカッコ悪いところも見せたくないし……悩む。

 なんて考えてると。


「お、動き出した」

「アハハ、出発シンコー!」


 桜さんの掛け声とともに、トロッコ風の乗り物は洞窟の中をゆっくり進む。

 すると、ドワーフ? の生活の様子がうかがえるようになっていた。


「ふああ……!」


 うん、桜さんはご満悦みたいだ。そして、そんな桜さんを眺める俺もご満悦。

 しばらく眺めていると、線路の先に明かりが見える。どうやら出口みたいだ。

 そして、その出口をくぐると……。


 ガタン!


「おわっ!?」

「ふあ!」


 乗り物が真っ逆さまに落ちていく。


「おわあああああああああああ!?」

「キャアアアアアアアアアアア!?」


 俺達は絶叫とともに滝つぼみたいなところに着水した。


「ありがとうございましたー」


 アトラクションのスタッフさんが、固定しているバーを上げる。


「びっくりした……」

「ねー……」

「だけど!」

「楽しかった!」


 俺達は大声で笑い合った。


 ◇


「ふああ……楽しかった……」


 あれからたくさんのアトラクションに行き、そして楽しんだ。

 うん、両手の指の数くらいは行ったんじゃないかな。


 そして夕方、もうすぐこのテーマパークの名物、パレードが始まろうとしている。

 俺達は今、ベンチに腰かけてそのパレードの開始を待っていた。


「……凛くん、今日は楽しかったね」

「……うん」


 俺達は、目の前の景色をぼんやりと眺める。


「ねえ……聞いていい?」

「ん? 何を?」

「明日……凛くんの幼馴染、海野さんもつらい思いをすることになると思うけど、凛くんはいいの……?」


 桜さんが心配するような表情で俺の顔を覗き込む。


「ああ、もちろん構わない。もう心の準備はできてる」

「そっか……」


 そう言うと、桜さんは俯いてしまった。


 しばらく沈黙が続いた後、俺は決意を込めて言葉を紡ぐ。


「……ねえ、桜さん。ちょっとだけ昔話に、付き合ってくれる?」

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