第17話 開始

 次の日。


 俺と桜さんは、朝からそれぞれのクラスでステマに励んだ。


「おい、知ってるか? あの中原先輩とサッカー部の大石先輩、破局寸前なんだってよ」

「はあ!? マジかよそれ!」

「おうよ。なんでも、もうかれこれ半年近くほとんど口もきいてないらしいぜ」

「はあ~、立花お前よくそんな情報知ってるな」

「いや、確かな情報筋から聞いたんだけど、サッカー部のお前から見てどうなの?」

「そういやサッカー部でも事務的なこと以外話してるの見たことないんだよな。しかも中原先輩、サッカー部のマネージャー辞めたんだよ……」

「おいおい! 決定的じゃねえか!」

「お、だったら俺にも中原先輩、ワンチャンあるかな?」

「ある訳ねえだろ」

「だよなあ……」


 うん、いい感じに伝わったな。

 あと二、三グループに同じように噂流して、より広まるようにするか。


 次のグループに目星をつけ、その輪の中に入ろうとしたところで、グイ、と肩を引っ張られた。

 振り返ると、皐月が顔を歪めて睨んでいた。


「んあ? 何か用か?」

「ちょっと凛太郎! そんな根拠のない噂を振りまくなんて、最低だよ!」


 何言ってんだコイツ?

 根拠なんかありまくりだろ。なにせ、中原先輩本人の談なんだから。


 ま、やめさせたい気持ちも分かるけどな。

 だが。


「なにお前。俺はマジ話として聞いたんだぜ? この話が根拠ないって、なんでお前が知ってんの?」

「っ!? そ、それは……」


 皐月は悔しそうに苦虫を噛み潰したような表情で少し俯く。

 だよな、ホントは根拠あるって、知ってんだもんな。


 なのに皐月は、にやり、と笑ってとんでもない爆弾を放ちやがった。


「そ、そうよ! 私は大石先輩に聞いたの! いつも中原先輩とののろけ話を聞かされて、むしろ困っちゃうくらいなんだから!」


 本当にバカだコイツ。

 俺の幼馴染って、こんな奴だったか?


「あ、そう。ていうかお前、いつから大石先輩と知り合いなの? 俺、初耳なんだけど?」

「う……」


 自分で墓穴掘ってどうすんだよ。


「まあいいや。とにかく、俺の話が違うってんなら、証拠持ってきてからにしろよ……おーいお前等、聞いたか? あの中原先輩が……」


 俺は皐月を一瞥すると、また別のグループへと入って行った。

 皐月は拳を握りしめ、噂を言いふらす俺を射殺すような視線を送り続けていた。


 ◇


「凛くん、上手くいった?」

「バッチリ」


 放課後、喫茶店に向かって歩いている最中、俺達は進捗状況を報告しあっていた。


「私のほうは、とりあえず奏音にも協力してもらって、上級生にも話が伝わるようにしたよ」

「え? 花崎さんって、上級生に伝手でもあるの?」

「うん。奏音は吹奏楽部なんだよ。だから、三年生の先輩もいるから、上手くいくと思って」


 へえ、花崎さんが吹奏楽部ねえ。初耳。


「そうか。もうここまでしたんだ。俺達、突っ走るだけだね」

「うん」


 店に着き、中に入ると既に先輩は制服に着替え、ウエイトレスの仕事に励んでいた。

 ……といっても、客は一人しかいないけど。

 お、その客もちょうど店を出るところか。


「じゃあ桜さんはいつもの席に座ってて」

「うん」


 ということで、俺は制服に着替え、早速パフェの準備に取り掛かる。

 だって、桜さん好きだもんよ。

 するとそこへ。


「おっと、季節外れだけど、桃があるから使えばいいよ。後は……柚子の皮をすりおろしてかけてごらん」

「? 大輔兄、いつも柚子なんてかけてないよね?」

「お、よく見てるな。だけど、お前がかけることで意味があるんだよ」


 本当に何言ってんだ?

 まあ、本職が言うんだ。素人の俺は従うのが一番。


「桜さん、はい」

「ふああ……今日は桃まで入ってる! しかもこの香り……柚子だ!」


 良かった。俺が作ったやつだけど、とりあえず喜んでくれた。


「えへへ……凛くん、ありがとう」

「ごゆっくり」


 美味しそうに口へ運ぶ桜さんを見て、俺はニヨニヨしながらカウンターに戻った。


「そうだ、二人が噂を広めてくれたおかげで、早速効果が表れていたよ」


 中原先輩が近づき、教えてくれた。


「へえ、もう三年生にも噂が」

「ああ、昼休みに何人かに聞かれたよ。今はまだ、苦笑いしながらはぐらかしたけどね。だって、本番は来週の月曜、だろ?」

「ええ、もちろん」


 俺と先輩はニヤリ、と笑うと、お互い食器洗いに専念した。

 ていうか大輔兄、使用済み食器を溜めすぎ。全部俺達に押し付ける気でいたな、これ。


「そ、そうだ! ね、ねえ凛くん、その、明日って、何か用事あったり、する?」

「ん? 明日は一日バイトだよ。土日って結構客来るんだよねー」

「そ、そう……」


 桜さんがなぜか緊張しながら尋ねたので、明日はバイトがあることを伝えると、桜さんはあからさまにガッカリした。何で?


 すると。


「お、おい、そ、それはイカンぞ! 健全な高校生たるもの、休日は遊ぶべきだ!」


 いや先輩、急に何言いだすの!?


「だ、だから、立花くんは、北条さんと一緒に遊んでくるべきなんだ!」


 だから、バイトあるって言ってんの!

 大体、俺が抜けたら先輩一人で客を捌かなきゃいけないんですよ!?

 とにかく大輔兄、助っ人よろ!


「うーん……明日は一番客が来る日だから、凛太郎は外せないなあ……」

「「そ、そうですか……」」


 桜さんがガッカリする。だけど、なんで先輩も一緒になってガッカリしてんの?


「だけど、日曜日なら中原さんがいれば回せると思うから、休んでも大丈夫! ていうか、むしろ休め!」

「「や、やったー!」」


 大輔兄の宣言に、桜さんと先輩がキャイキャイ言いながらはしゃいでいる。

 待て待て!


「……大輔兄、そんなこと言って、ホントにいいの? 日曜のモーニング、大変だよ?」

「な、何とかなるさ!」


 はあ、不安でしかない。

 だけど。


「……よし! 責任者である従兄の許しもいただいたことだし、その、桜さん……日曜日、どっか行こうか?」

「! う、うん!」


 桜さんがすごく嬉しそうに俺の手をつかんだ。

 ど、どうしよう、桜さんの手、すごくスベスベする……!


「ふっふっふ……そんな二人に朗報だ。君達、これを見たまえ!」

「おお……!」

「そ、それは……!」

「そう! かの有名なテーマパークの一日フリーパス券だ!」


 先輩が高く掲げたそのフリーパス券に、思わず俺達は釘づけだ!

 見てみろ! 桜さんなんて、パフェを見る時と同じくらい瞳をキラキラさせてるぞ!


「えと、そ、その……ひょっとして、それ……?」

「ああ、君達に進呈しよう!」

「「や……やった——————!」」


 俺と桜さんは、手を取り合って思わず飛び跳ねた……って、あああ!?


「ご、ごめん!」


 俺は慌てて桜さんの手を離すと、なぜか桜さんが少し悲しそうな表情になった。

 あ……選択間違えた……。

 い、今からやり直しって、できるかな……。

 試しに、おそるおそるもう一度桜さんの手を握ってみる。


「あ……」


 桜さんが顔を真っ赤にして、俯いてしまった。

 だけど、桜さんは俺の手をさっきよりも強く握りしめてくれた。


「コホン。そろそろこのチケットを受け取って欲しいんだが……」

「「あ」」


 俺達は、先輩からおずおずとチケットを受け取った。

 その時、桜さんが先輩に近寄った。


「(先輩も頑張ってくださいね!)」


 ? 桜さんが先輩の耳元でささやいた。なんの話?

 先輩が顔を真っ赤にしてるんだけど。


「じゃ、じゃあ桜さん、日曜日はよろしくお願いします……」

「こ、こちらこそ……」

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