第16話 計画

「それなんだが、仕返し云々より、さっさとあの男と正式に別れたいんだが」


 おおう、先輩がいきなり剛速球を投げてきた。


「ええと、先輩、ちょっと待ってくださいね。その気持ちはすごく良く分かるんですけど、それだと仕返しにはならないと思うんですけど」

「ああ、そうだな。だけど、私としてはあの汚物を引きはがして、早く奇麗な身になりたいんだよ」


 あんなにずっと想い続けていた幼馴染が、たった一日で汚物扱い。怖い。


「ですよねー! もしボクの彼氏があんなだったら、頭からエタノールかけてやりますよ!」

「立花くん、だそうだが?」

「ふあ!?」


 待って!? 待って待って!?

 お、俺、桜さんと付き合ってないから! ………まだ。


「り、凛くんはそんな人じゃないもん……」


 あああ、桜さんも両頬押さえてクネクネしてないで!

 で、その発言はどっちの意味でしょうか?


「は、話が進まないからそれは置いといて……そういえば、そもそも長い間口もきかない状態で、あのクズ先輩、なんでいまだに関係を続けてるんですかね?」

「あ、そうだよね。昨日までの中原先輩はともかく、あのクズは何考えてるのかな?」


 桜さんはとうとう“先輩”という尊敬語を外すことにしたらしい。


「それは私にも分からないんだが……」


 うーん、と三人で首を捻っていると。


「アレじゃない? 俺はよく知らないんだけどさ、中原さんはすごく美人だから、学校でも有名だったりするんじゃないのか?」

「わわわわ私なんか、びび美人だなんて、そそそそんな……!」


 大輔兄がそんなことを言うと、先輩が壊れた。

 話が進まないので先輩は放っておこう。


「うん。中原先輩とクズ先輩は美男美女カップルってことで学校では有名……なんだよね? 桜さん」

「うん。学校のほとんどの生徒は知ってるよ。まあ、凛くんは知らなかったけど」

「はは……」


 俺は思わず頭を掻いた。


「なるほど。だったらその大石って奴……だっけ? その子は中原さんのことを一種のステータスみたいに考えてるんじゃないかな」

「というと?」

「要は、『こんな美人と付き合ってる俺って超モテるんだぜ!』的な」


 ああ、なるほどね。

 結局のところ、あのクズせ……うん、俺もクズでいいや。クズは先輩をアクセサリー感覚で付き合ってるってことか。

 ああ、ホントクズだな!


「ヤベエ、本気で息の根を止めたくなってきた」

「ボクも激しく同意」

「八つ裂きにしてやる」


 今、俺達三人の心が一つになった。


「まあまあ、だからさ? そういう奴に限って、プライドを傷つけられるのをすごく嫌うんだよね。つまり……」

「あのクズを公衆の面前で恥をかかせれば……」

「けど、どうやって?」


 先輩、俺もそこまで考えてないっす。


「ねえねえ。だったらさ、例えばだけど、ボク達が学校で『中原先輩とクズが別れた』って学校中で噂を立てたらどうなるかな?」

「うーん、そりゃあクズは全力で否定するだろうな」

「でしょ? で、火消しのために躍起になって、先輩と仲が良いアピールを仕掛けてくると思うんだよね」


 ああ、そういうことか。

 つまり、これまでほとんど会話もなかった彼女に、教室とか公衆の面前でウザ絡みしてくるって訳か。


「ここで、先輩がクズに対してどう接するか……それで、明らかにクズの評価が決まるな」

「そう! もしそんな場面で、先輩がクズの浮気について暴露したらどうなるかな?」

「……当然、みんなの前でのことだから、隼人の面目はつぶれ、私は晴れてフリー、という訳か」


 先輩が顎を押さえながら、ウンウンと頷いた。


「……俺は反対だな」


 だが、ここでまさかの大輔兄が反対した。


「ええと、それはどういう……」

「だってそうだろう? 確かにそれだと、その男の面目は潰せるが、同時に中原さんの面目も潰れてしまうんだぞ?」


 ……そうだよなあ。

 これって結局、中原先輩も傷を負うことになってしまう。


 だが。


「私は別に構わないよ。今更、潰れる面子なんか持ち合わせていないさ。むしろ、これで名誉回復ができるとすら思っているよ。それに……」


 先輩は大輔兄をチラリ、と見た。


「……これで私は、次に進める」


 先輩は、決意に満ちた目で俺達を見つめた。


「……分かったよ。中原さんがそう決めたんなら、俺はこれ以上は言わない。だけどね、中原さん」

「……はい」

「もし君がつらいと思ったら、ちゃんと周りに頼るんだよ? 君の友達とか、桜ちゃんとか、まあ後は頼りないコイツくらいか……」

「大輔兄ほどじゃないけど」

「ヒドイ」


 珍しく大輔兄が年長者らしいことを言ったけど、最後だけ余計だ。

 こう見えて、俺は頼りになるんだよ。頼りにされたことないけど。


「はい…… その時は、その、頼っても……いいですか?」

「俺え!?」


 おずおずと上目遣いで尋ねる先輩に、思わず大輔兄が仰け反った。

 まあ、大輔兄は奥手だからなあ……って、俺も人のこと言えん。完全にブーメランだな。


「よし! じゃあ早速作戦の内容だけど、まずはボクと凛くんで、先輩とクズが破局寸前だっていう噂を流します。主にサッカー部員を中心に」

「「うんうん」」

「噂なんてあっという間に広がるから、多分週明けの月曜日にはサッカー部経由で三年生の間でもその噂で持ち切りになるはずです」

「そうだな。サッカーの練習は土日にもあるから、その間にサッカー部員全員が知ることになるだろうな」

「はい。すると、それを聞きつけたクズはまずいと思って、朝から先輩に絡んでくると思うんです。その時は、まずはボク達に報告をお願いします」

「え? どうして? その場で言い切ってやったほうが……」

「違うよ凛くん。だってこの仕返しする相手は、先輩だけじゃないんだよ?」


 どういうことだ? 今回はクズに仕返しってことじゃ……。


「……あ! 皐月か!」

「そう。あのバカ女と浮気してたんだから、当然クズと同じ目に遭うべきだよ。だからね、先輩は昼休みに、凛くんのクラスにバイトの話をしにくる体

てい

で来て欲しいんです。その時が……」

「……クズと皐月に痛い目を見せる時、か」


 桜さんは力強く頷いた。


「分かった、任せてくれ。ここで……ここで、私は決着をつける」


 先輩も決意のこもった瞳で力強く頷き返した。


「うん……うん! よし! 明日は大暴れしよう! 凛くん、先輩、頑張ろうね!」

「おう!」

「ああ!」

「うん、俺は手伝えないけど、ここでみんなのこと応援してるよ。その時は、二人に特製パフェをご馳走するね」

「「はい!」」


 あれ? 俺、大輔兄にハブられてる?

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