第12話 約束

 次の日。


 俺は目をこすりながらいつもの通学路を歩いていると、後ろからバシン、と背中を叩かれた。


「凛くんおはよ」

「あ、おはよう、ほ……桜さん」

「あ、今、北条って言いそうになったでしょ」


 い、いやいや、だってまだ名前呼びになってから一晩しか経ってないんだよ!?


「ま、いいけど。それより、学校一緒に行こ」

「う、うん……あれ? そういえば桜さんって、花崎さんと一緒に登校してるんじゃないの?」

「ボク? ううん、違うよ? 奏音はいつも車で送り迎えしてもらってるし」


 おおう、さすが人生のカーストの頂点に立つお嬢様。

 下々の俺とは雲泥の差だ。


「だけど、どうしてそんなこと聞いたの?」

「え? いやほら、いつも朝うちの教室に入ってくる時、二人揃って来るじゃん? だから朝の通学も一緒なのかなーと」

「ああ、そういうこと。あれはね、いつも奏音がボクが登校してくるの待ち構えてるんだよね。ああ見えて、一人で凛くん達の教室に入る勇気はないんだって」


 へえ、意外だな。

 いつも物怖じしないで皐月とやりあったり、遼にグイグイ迫ったりしてたから。


「という訳で、ボクは朝の通学は一人なのです」

「なるほど」

「……じゃなくて、ボクは朝は一人なの!」


 ん? どういう意味だ?


「ええと桜さん、それは……」

「もう! だから、これからはボクと一緒に通学しようって言ってるの! ……ホントいつも鈍いんだから(ゴニョゴニョ)」


 ええ!? 桜さんと一緒に登校!?

 い、いいのかな……この三日間どん底から急に天まで昇っちゃったんだけど、俺、死ぬのかな。

 絶対一生分の運、使い果たしてるよな。


「そ、その、俺でよければ喜んで」


 うん、運に関しては、死んだら考えよう。

 とにかく俺はこの幸せを享受したい。


「よし、絶対だよ!」


 桜さんは俺にビシッと指差す。

 ついその指をくわえそうになっちゃたのは内緒だ。


 そして、一緒に学校へ向かった。


 ◇


 昼休みになり、いつものように桜さんが教室にやって来た。


「凛くん、行こ?」


 桜さんが不用意に放ったその言葉に、教室中が凍りついた。


「お、おい立花! お前今のは一体なんだ!?」

「い、いつから名前呼びで……」


 クラスの男連中がワナワナと震えながら俺と桜さんを凝視した。

 マズイ……非常にマズイ!


「ほ、北条さん、は、早く行こう!」

「ちょっと凛くん! 北条じゃなくて桜!」


 あああああ!? 今その話しちゃダメええええ!


「へえ。凛太郎、北条さんとそんな仲なんだ」


 メンドくさいことに、皐月のバカが絡んできやがった。


「は? 海野さんには関係ないよね? 如月くんとでもイチャイチャしてたら?」

「何ですって!?」


 ちょ、ちょっと!? 遼が学校来てないの踏まえて、あえてそんな煽り方する!?


「あ、そうか。如月くん今学校来てなかったんだっけ? ひょっとして海野さん、如月くんと何かあったの?」

「っ!?」


 ダメええええええ! それダメえええええええ!


「ほ、ほら! 早く行くよ!」

「あっ!」


 俺は桜さんの手をつかむと、引っ張りながら教室を出て行った。


 そして、いつもの踊り場に着くと、


「ハア、ハア……ちょ、桜さん、あそこまで言っちゃダメだよ……」

「……………………」


 あれ? 桜さんが返事しない……。


「あの、桜さん?」


 桜さんは耳まで真っ赤にして俯いていた。


「ど、どうしたの?」

「……手」


 手? ……あ、夢中だったからつかんだままだった。


「ご、ごめん」


 桜さんは無言で首を左右に振った。


 そして、カバンから弁当箱を一つ取り出した。


「……た、食べよ?」

「う、うん……」


 俺達は気まずい雰囲気の中おにぎりを食べると、三年の教室へと向かった。


「そ、それで、その中原先輩って、どの教室なの?」

「う、うん。確か三組だったと思うんだけど……」


 ぎこちないまま、その中原先輩がいるらしい三組の教室を覗く。


「あ、いた」

「え? どれ?」

「ほら、窓際の席で話してる二人組の、黒板側のほう」


 桜さんが教えてくれた中原先輩は、黒髪ポニーテールのものすごい美人の先輩だった。


 整ったその顔で凛とした表情。

 イメージ的には、マネージャーというより武道とかしてそうな感じだ。

 弓道着とかすごく似合いそう。


「よ、よし、行くよ」

「お、おう」


 俺達は教室から出てきた三年生をつかまえて、中原先輩を呼び出してもらうように頼むと、その先輩は特に気にすることなく、すぐに中原先輩に声を掛けてくれた。


 中原先輩がこちらに気づき、首を傾げながらも教室の入口にいる俺達の元まで来てくれた。


「ええと、私に用があるというのは君達でいいのかな?」


 百七十センチの俺と同じ位の長身から放たれるハスキーボイスで言われると、思わずドキッとしてしまう。

 これ、女子生徒のファンとか結構いそうな気がする。


「そ、その、昼休みにすいません。じ、実は、お話ししたいことがありまして……」

「話?」


 中原先輩は訝しげな表情で俺と桜さんを交互に見た。


「はい。それで、お忙しい中申し訳ないんですが、放課後お時間いただけませんか?」


 桜さんがよどみなく中原先輩にお願いする姿を見て、思わずキュン、としたのは内緒だ。

 なにこれ、カッコイイ。


「うーん、だけど私はサッカー部のマネージャーをしていて、部活が終わってからじゃないと時間が取れないんだが……」

「それで構いません。ボク達、待ってますから」

「そうかい? なら、そうだな……部活が終わり次第、校門で待ち合わせでもいいかな?」

「はい、それで大丈夫です。で、できれば先輩お一人でお願いします。その、大事な話なので……」


 中原先輩はあごをさすりながら、少し考えこむ。

 だけど、桜さんの真剣な表情を見てニコッと笑うと。


「分かった、一人で行こう」

「ありがとうございます。それじゃ、お待ちしています。凛くん、行こ?」

「あ、ああ。中原先輩、失礼します」

「ああ」


 中原先輩と別れ、俺達はまた踊り場に戻った。


「はあ……緊張した」


 桜さんが深い溜息を吐き、そう呟いた。


「そ、そうなの? 何だかすごく堂々としてたから」

「そんなことないよ。ほら、凛くんも見た通り、中原先輩カッコイイから、女子にもすごくモテるんだよ?」

「ああ、それは俺も思った。だけど、あのチャラそうな皐月の浮気相手……大石先輩だっけ? とても釣り合いそうにないんだけど……」

「そうだよねえ」


 俺達は二人揃って腕組みしながら、首を傾げて唸った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る