第9話 辛辣

「……もういいや。立花くん、こんな奴、もう放っとこうよ」


 怒りの表情に満ちた北条さんが、投げやりにそう言い放った。


 もちろん、俺も今直ぐこの場所から消えたい。

 だけど、遼は浮気されてあんな風になってしまったんだ。そして、俺がそれを告げたせいで。


「だけど……」

「立花くん、こんな人達に君が気に病む価値なんてない。大体、海野さんが浮気したのは立花くんのせいじゃないよね? むしろ、彼氏のくせにちゃんと手綱を握ってなかった如月くんに原因があると思うけど?」

「ちょ、ちょっと北条さん!」


 せっかくゆず姉には言わないようにしてたのに、台無しだ!


「ね、ねえ、浮気されたって、どういうこと!? 皐月ちゃん浮気してたの!?」


 ああほら、ゆず姉に知られちゃった……。

 ゆず姉は凄く取り乱して、オロオロしながら俺達と遼を交互に見る。


「だ、だけど……!」

「それで? 浮気現場を目撃しちゃった立花くんが、一睡もできないくらい悩んで悩んで、それでも如月くんのことを思って教えてくれたのに、勝手に落ち込んで八つ当たり? ダサ」


 北条さんが吐き捨てるように言うと、遼は狼狽え、ペタン、と尻もちをついた。

 そんな遼を見つめる彼女の目には、明らかに侮蔑の色が浮かんでいた。

 怖い……。


「で、落ち込んだ如月くんをわざわざ家まで送り届けてくれた立花くんに、どこかのブラコンお姉さんは、勝手に軽蔑したんだっけ」

「あ、あれは凛ちゃんが言ってくれなかったから……」

「へえ、じゃあ立花くんはなんて言えばよかったのかな。『あなたの弟は、幼馴染の彼女に浮気された事実を教えたら、ショックでフラフラしてたから、危ないので送り届けました』って言うのかな。自分にとって消してしまいたいような事実を、幼馴染の親友とはいえ、勝手に身内に言われたら、ボクだったらもう家にだっていたくなくなるね」

「…………………………」


 ゆず姉は俯き、押し黙ってしまった。


 ……俺はバカだ。


 俺が遼が心配だの何だの言って勝手に落ち込んで、心配なんか掛けたりしたから、俺みたいな奴のために北条さんが言ってくれたんだ。


「もうこんな姉弟に何言っても意味ないよ。行こ!」


 北条さんが俺の腕を取ると、俺達二人は遼の家から無言で出て行った。


 ◇


「……立花くん、ごめんね。本当は如月くんを立ち直らせるつもりで来たのに……」


 北条さんは見るからに落ち込んでいる。

 そんな気に病む必要なんか、それこそ何一つないのに。


「ううん……北条さん、ありがとう……俺のほうこそ、北条さんにあんなことまで言わせちゃって、ごめん……」

「ち、違うよ! 立花くんは悪くない!」

「いいや、悪いのは俺で、北条さんは何も悪くない」

「だけど!」

「違う!」


 気がつけば、いつの間にか自分が悪かったかで言い争っていた。


「ぷ」

「くく」

「「あはははは!」」


 それが妙におかしくなって、今度はお互い吹き出してしまった。


「もう……本当に立花くんはいい人だよね」

「何言ってるの。それは北条さんのことでしょ」

「いい人は面と向かってあんなこと言わないよ。それに昨日も言ったよね? ボクはいい人なんかじゃないって」

「いやいや……って、また言い争いになっちゃうところだよ」

「えへへ、ホントだね」


 さっき遼やゆず姉に罵られたことも忘れて、俺ははにかんでいた。


「だけど、どうしようか……如月くんを立ち直らせて海野さんをギャフンと言わせようって計画、頓挫しちゃったね……」

「ああ、うん」

「……そうなると、コンビ解消、かな……」


 二人の前で強気だった彼女が、背中を丸めて俯いた。


 ……俺は。


「お、俺はまだ諦めてないから! だ、だから今更コンビ解消なんて言われてもこ、困るんだけど!」


 北条さんには悪いけど、正直なところ、俺は計画なんてもうどちらでもよかった。

 もちろん責任は感じてるけど、十年来の付き合いのある二人にあんなことまで言われ、冷めた気持ちになってしまったんだから。


 だけど……たった二日間だけど北条さんと一緒にいた時間がすごく楽しくて、すごくうれしくて、すごく癒されて。


 俺は、北条さんを手放したくなかった。

 もっと一緒にいたいと思った。


 だから。


「も、もうしょうがないなあ……分かったよ、乗りかかった船だもん。もうちょっと頑張ってみるか!」


 北条さんはヤレヤレ、といった感じで、肩をすくめてかぶりを振った。

 その口元はなぜかにやけていたけど。


「うん、ありがとう北条さん。これからもよろしくね」


 俺は彼女に右手を差し出す。


「うん!」


 彼女は俺の右手を力強く握ってくれた。


「じゃあ、次の作戦を……とと、こんな道端で話し込んでもしょうがないね。どうしよっか」

「うーん、そうだね……」


 そうだよなあ。


 この辺だと、近所の公園? でもいいけど、外で話すのもなあ。

 叔父さんの喫茶店は休みだし、今から街に出るってのもなあ。


 後は……いやいや、その選択は一番しちゃいけないやつだ。

 絶対引かれる。


「ね、ねえ、立花くんって如月くんと幼馴染だよね?」

「え? うん、そうだよ?」


 作戦会議をする場所について思案してると、北条さんが意味不明な質問をしてきた。

 なんでそんなこと聞くんだろう?


「え、えっと、その……」

「?」


 北条さんが胸の前で両手を握ったり離したりしながらモジモジしてる。

 なにその仕草、すごいカワイイんだけど。


「あ、あの……引かないで、くれる……?」

「あ、う、うん……」


 上目遣いでこちらを見る彼女に、俺はドキドキしっぱなしなんだけど。


「えーと、ね、立花くんの家なんてどうかな、って……」

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