第8話 訪問

 次の日、いつも通り学校に行き、教室に入る。


 昨日とは打って変わって、俺の気分は大分落ち着いている。

 遼があんなことになったのに、不謹慎って言われればそうかもしれないけど。


 俺は自分の席に座ると……早速あの女がやって来た。


「ね、ねえ、凛太郎、その……」


 昨日俺があんな態度を取ったのを気にしてか、皐月は俺の様子を窺いながら、おそるおそる声を掛けてきた。


「はあ……何だよ」


 ぶっちゃけ気持ち悪いからどっか行って欲しいんだけど。


「そ、その……遼のこと、なんだけど、何か知らない?」

「知らね」


 俺は一言そう言うと、話は終わったとばかりに外の景色を眺める。


 皐月はまだなにか言いたそうな雰囲気だったが、諦めて自分の席に戻ったようだ。

 はあ……煩わしい。


 で……こちらもいつも通り例の二人が教室へとやって来る。

 ただ、いつもと違うのは……。


「おはよう、立花くん!」

「おう、おはよう。北条さん」


 俺が手を挙げると、北条さんがタッチした。

 なんだか俺、リア充みたい。


「おはようございます、立花さん」

「お、おはようございます……」


 あ、あれ? 花崎さんが俺に挨拶した!?

 こ、これは一体……。


 俺はチラリ、と北条さんを見る。

 だが、北条さんは頭の上にクエスチョンマークを浮かんでいるのかと思うくらい、不思議そうに俺を見る。

 アイコンタクトは失敗したようだ。


「……桜の友人なんですから、それなりの対応はします」


 まさかの花崎さんに通じてしまった。


「そ、それで、花崎さんは遼のことを聞きたい……でいいんだよね……?」

「はい……もし何か知っていたら、教えて欲しいんです……!」


 花崎さんは悲痛な表情で訴えかける。

 だけど、本当のことは言えないし、北条さんはむくれてるし、俺は一体どうすればいいですか?


「もういいでしょ! 今日も如月くんは来てないんだから、奏音は先に教室に帰ってよ!」


 あれ? “奏音は”ってことは、北条さんは帰らない気ですか?


「……何かわかったら、私にも教えてください……」


 そう言い残し、花崎さんは教室へと戻って行った。


「……いいの?」

「いいの」


 いいんだ。


 それはさておき。


「北条さんは教室に戻らなくていいの?」

「もちろん、チャイムが鳴ったら戻るよ? それより」

「?」

「その……今日のお昼休みも作戦会議、しよ?」


 ぐうう……昨日から、北条さんのカブ価が最高値を更新し続けてるんだけど。

 そして、俺の返事は唯一つ。


「もちろん。昨日と同じ場所でいい?」

「! うん!」


 彼女が咲き誇る花のような笑顔を見せる。

 はあ、カワユス。


「じゃあ、もう教室に戻るね?」

「あれ? チャイムまだ鳴ってないけど?」

「用事は済んだからいいの!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、自分の教室へと戻って行った。


 そして俺は、そんな彼女を見送りながら、クラスの男子生徒からの嫉妬と憎悪の視線を一身に受け止めた。


 ◇


 放課後になり、昨日に引き続いて北条さんのクラスへと向かう。


 昼休み? もちろん北条さんと一緒に昼メシ食べたけど?

 しかも北条さん、今日は俺の分も弁当持ってきてくれて、最高でした。


 くそう、北条さんを射止めるクソ野郎は一体どんな奴なんだろうか。


 俺だ! って自信もって言えるといいが、残念ながら自分のことは自分が良く知ってる。

 俺じゃ北条さんには釣り合わない。

 俺はアイツとは違うんだ。


 それでも、ほんの少しでも……。


「あ! 立花くん!」


 教室に入るなり、北条さんが笑顔で手を振る。

 そしてこの教室でも、男子生徒のヘイトを集めてしまった。


「じゃ、行こ?」

「おう!」


 俺はそんな視線に気付かない振りをして、そそくさと教室を出た。

 つか、二大美人の一角の花崎さんがいるんだから、男子どもはそっちに行けよ。


「はあ……ていうか、うちのクラスの男子達、立花くんが教室に入るなりあんな態度はないよね?」


 北条さんは不満そうにそう投げ掛けるけど、その感想を俺に答えろと?

 俺が逆の立場だったら、血の涙を流して睨みつけること請け合い。


「ま、まあまあ、それより早く遼の家に向かおう」

「はあ……まあいっか」


 北条さんは納得してない様子だけど、とりあえずこの話題は打ち切り、俺達は遼の家へと向かう。


 学校から歩いて二十五分、俺達は遼の家に着いた。


 さて。


「はあ……インターホン押すの、気が引ける……」

「ここまで来てそれはないでしょ?」

「ごもっとも」


 俺は、気が乗らないままインターホンを押した。


 沈黙が流れる。


「……はい」


 しばらくして、インターホン越しに応答する声が聞こえた。


 ……ゆず姉だ。


「……俺っす、凛太郎っす。遼……いますか?」

「……帰って」


 ゆず姉がそう告げると、インターホンはプツリ、と切れた。


「……どうする?」

「待とう。こうなったら根比べだよ」


 北条さんが凛とした声でそう言い放った。

 ……こうなったら、俺も腹をくくるか。


 俺達は遼が出てくるまで玄関で待ち続ける。


 ……一時間は経っただろうか。


 玄関の扉が開く。


 出てきたのは、ゆず姉だった。


「……家の前でそうやって立ってられると迷惑なの。いい加減帰ってくれない?」

「如月くんに会わせてくれるまでは帰りません」


 北条さんは毅然とした態度で、ゆず姉と対峙する。

 ゆず姉は顔を歪め、俺達を睨みつけた。


 そこへ。


「………………………………」


 扉の隙間から、遼が見えた。


「っ!? 遼、ここはお姉ちゃんに任せて、あなたは部屋に戻ってなさい!」

「………………………………」


 ゆず姉の言葉が聞こえてないのか、遼は虚ろな表情で扉の隙間越しに俺達を見つめていた。


「遼……」


 俺がそう呟いた瞬間。


「……お前のせいだ」

「……え?」

「お前があんなもの! 僕に見せたから! こんなに苦しまなきゃいけないんだ! なんで……なんであんなもの、僕に見せたんだよお……!」


 遼は悲痛な表情で俺へと恨み言をつらつらと吐き捨てた。

 やっぱり、俺が皐月の浮気を教えたから……。


「やっぱり凛ちゃんのせいなんだ……よく顔を出せるよね。信じらんない」


 ゆず姉が冷たい視線を俺に向ける。

 今までそんな目で俺のこと見たことないのに。


 俺はいたたまれなくなり、今すぐその場から立ち去りたかった。


 その時。


「……もういいや。立花くん、こんな奴、もう放っとこうよ」


 怒りに満ちた表情の北条さんが、投げやりにそう言い放った。

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