第5話 結成
俺は北条さんに全て話した。
皐月の浮気現場を目撃したこと。
それを遼の奴に伝えるかどうか悩んだ末、結局伝えたこと。
その所為で、遼はショックで抜け殻みたいになってしまったこと。
俺が事実を教えなかったから、遼の姉であるゆず姉からは軽蔑の目を向けられたこと。
これまで俺が抱えていた感情をないまぜにし、北条さんにまくし立てるように吐露した。
「……何それ」
全てを聞いた北条さんは、今まで見たことないような、ただ冷え切った表情で一言呟いた。
まあそうだよな……結局俺のしたことは、遼と皐月の関係をムチャクチャに壊して、挙句に遼を追い込んだだけだ。
俺が黙っていれば、遼も皐月も、不幸になることはなかったのかもしれないし。
あれほど仲が良かったゆず姉だって、俺のことを軽蔑したんだ。
無関係の北条さんだったら、余計そう思うよな……。
「なんで……なんで立花くんがそんなことで悩まなきゃいけないの!? なんで立花くんがそんな思いしなきゃいけないの!? みんな最低だよ!」
意外だった。
北条さんは俺を軽蔑するどころか、むしろ俺以外に対して怒りの矛先を向けていた。
俺は全く予想外の反応に、戸惑いを隠せない。
「だ、だけど……俺が言わなきゃ……」
「何言ってるんだよ! 立花くんが言わなきゃ、それこそもっとひどいことになってるよ! それになに? 浮気しておきながら何食わぬ顔でのうのうと学校に来てるあのバカ女は当然として、如月くんのお姉さんだっけ? 普通に考えたら立花くんが如月くんとお姉さんの二人に気遣って言わなかったことくらい、考えたら分かることだよね? 年上なのに、なんでそんなことも分からないの?」
うわー……北条さんが制御不能になってきた。
「それに……それに、如月くんだって悪い」
「い、いや、アイツは被害者なわけで……」
「それは違うよ立花くん。前から思ってたけど、如月くんって、いつもあのバカ女の言いなりだよね? 何をするにしてもなんの主張もしないし、そんなだからあの女が調子に乗っちゃうんだよ」
うう……そもそも恋愛経験ゼロの俺には、北条さんの意見にぐうの音も出ない……。
だけど、これだけは言っておかないと。
「そうは言うけど……遼はいい奴なんだ。だから……」
「……立花くんの手前、これ以上は言わないけど……」
北条さんは渋々といった表情で、遼の批判をやめてくれた。
「北条さん……ありがとう」
「ううん、ちょっとボクも言い過ぎたし……ごめんね?」
北条さんに礼を言うと、今度は、彼女は申し訳なさそうに謝ってくれた。
本当に、昨日今日で完全に彼女の認識が変わってしまった。
「いや、北条さんは謝る必要なんかないよ。それより、話を聞いてくれて嬉しかった」
「あ、え、えと、聞かせてって言ったのはボクだし……」
「それでも……それでも、北条さんが話を聞いてくれたおかげで、心が軽くなったよ」
「あう……そ、そうだ、それで立花くんとしては、これからどうするつもりなの?」
恥ずかしそうにする彼女は、話を変えるように尋ねた。
「え? いや……別に何かしたい訳じゃないんだけど……ただ」
「ただ?」
「遼の奴が立ち直ってくれれば、それでいいとは思うんだ。後は、皐月は少し痛い目に遭ったほうがいい」
うん、やっぱり親友のあんな姿をいつまでも見ていたくないし、それに、皐月のバカには幼馴染とはいえ心底ムカつく。
「そっか……ねえ、それだったらさ、一つ提案があるんだけど」
「提案?」
「うん。あのね……立花くんが、如月くんの代わりに仕返ししたらどうかな?」
へ? 俺が!? 遼の代わりに!?
「そ、それってどういう……」
「ボク思ったんだけど、さっきも言ったとおり、あのバカ女が平気な顔で浮気したのって、何したって如月くんは何も言わないし、許してくれると思ってるからじゃないかな」
なるほど、北条さんの言うことは一理ある。
確かに皐月の奴は、遼の人が良いのをいいことに、そんな真似をした節がある。
「だからね、例えばだけど、如月くんが逆のことをしたら、どうなるかな」
「逆のこと?」
「うん。如月くんが浮気……ううん、あのバカ女を見限って、他の女の子と付き合ったら、ってこと」
はあ……つまりそういう訳か。
「つまり、遼に花崎さんをあてがおうってこと、だよね」
そう言うと、北条さんの顔色が変わった。
……俺って、こんな冷たい声、出せるんだな。
だけど、結局はそういう風に仕向けたいから、俺のこと気遣ったふりをしてたってことだよね。
「違う! そうじゃない!」
彼女は焦ったように俺に訴えかけるけど、俺はもう話を聞くつもりはない。
用は済んだとばかりに、俺は無言で階段を降りようとした。
だけど彼女は、俺の腕をつかみ、必死で引き留める。
「お願い! 話を聞いて!」
「……なんの? 俺を利用しようったって、そうはいかない」
「本当に……本当にそんなこと考えてない! だって、如月くんがどの女の子とくっついたって、関係ないから!」
「……………………へ?」
北条さんの言葉に、俺は心底間抜けな声を漏らした。
「だ、だって、北条さんはこれまで花崎さんと遼をくっつけるために……」
「それがそもそもの間違いだよ! ボクは奏音が悔いの残らないようにさせてあげたいだけだもん! 付き合えるかどうかなんて、部外者のボクがどうこうするつもりなんてない!」
え? え? じゃあ何?
北条さんは単に場を整えるくらいしかするつもりがなくて、奏音さんを納得させたかっただけってこと?
うわー……それじゃ、俺が今までしてきたことって一体……。
「それに、ボク個人としては、奏音と如月くんがくっついて欲しくないっていうか……」
何それ。
「つまり、北条さんが遼と……?」
「立花くん、冗談でもやめて。ボク、本気で怒るよ?」
焦った表情から一転、ものすごく睨まれてしまった。
「もう……そんなことは絶対有り得ないから! とにかく、如月くんが他の女の子と仲良くなればバカ女は焦ってちょっかい出してくると思うから、それを如月くんが冷たくバカ女を捨てちゃえば……」
「皐月への仕返しになるってことか……」
「それにね、たとえ仕返しのためでも、如月くんがその相手の人を本気で好きになれば、彼だって立ち直れると思うんだ」
そうか。
結局のところ、遼の奴が他の女の子を好きになっちゃえば、皐月に負わされた傷も癒えるし、仕返しもできるし、一石二鳥だな。
「だけど北条さんって、いい人なのか悪い人なのか、よく分からないなあ……」
「ん? 少なくとも、ボクはいい人なんかじゃないよ? それに、人の好き嫌いははっきりしてるほうだし」
「そうなの?」
「うん。それで……どうする?」
うん、もう答えは決まってる。
「北条さんの案、採用させてもらうよ」
「うん、分かった。だったらボクも手伝うね」
え? いやいや、さすがに無関係の彼女にそこまでしてもらうのは……。
「あー、立花くん遠慮して断ろうと考えてるでしょ? だけど、提案したのボクなんだから、絶対に手伝うからね!」
北条さんは腰に手を当て、ビシッと俺を指さした。
あーもう、なんだかんだで強引だな。
そんな風に言われたら、お願いするしかないじゃないか。
「そ、それじゃ、よろしくお願いします……」
「うん!」
今日、俺は北条さんと奇妙なタッグを結成した。
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