第2話 葛藤
ああ、憂鬱だ。
結局一睡もできなかった俺は、目の下に隈を作ったまま学校に向かっている。
心配した母親と妹からは、今日は学校を休んだらどうかと言われたが、結局学校に行くことにした。
だけど、学校に近付くたびに足取りが一歩一歩重くなっていく。
そして、俺の心の中で、『無理する必要はない』『もう逃げてしまえ』と訴えてくるナニカがいた。
そうだよ。何で俺はこんな思いまでして学校に向かわなきゃいけないんだ。
それこそ、全てほっぽり出してしまえばいいじゃないか。
「……だけど、これは俺が伝えないと……」
たとえそれによって、十年以上続いた、“幼馴染”という関係が壊れたとしても。
俺は歯を食い縛り、独り言ちた。
◇
教室に入ると、そこはいつもの風景だった。
クラスメイトが、仲の良いグループ同士で、くだらないことをだべっていたり、フザケあっていたりしている。
そして——そんなグループの輪の中に、皐月はいた。
俺は咄嗟に顔を反らす。
でないと、俺は吐いてしまうと思うから。
フラフラと自分の席へと歩いていく。
「凛太郎、おはよ」
後ろから声を掛けられ、面倒だと思いながら振り返る。
ああ、声を掛けた奴が誰かくらい分かってる。
なんせ、十年以上の腐れ縁なんだから。
「うわ、どうしたのその顔!? ソシャゲのやり過ぎじゃないの!?」
ソイツは俺の顔をまじまじと見つめ、そんな悪態を吐いた。
「うるせー」
そう返すだけで、俺は精一杯だった。
はあ……とうとう会っちまった。会いたくなかったんだけどなあ……。
——幼馴染の、“如月遼”に。
◇
幼馴染の遼は、一言で言ってしまえば乙女ゲーの“隠しキャラ”みたいな奴だ。
成績は常に十番以内に入る程で、容姿もかなりスペックが高い。
だが、その長すぎる前髪の所為でそんな遼の容姿に気付いておらず、また、遼自身もどちらかといえば陰キャの部類に入るため、普段はクラスでも目立たなく、友達も少ない。
これが“隠しキャラ”たる所以だ。
そんな遼と俺が幼馴染で、なぜ今も関係が続いているかというと、何といっても遼がいい奴だからだ。
みんなが嫌がるような仕事だって率先してやるし、困ってる奴がいれば話を聞いて何かと手助けするし、親とはぐれて泣いている子どもがいれば、一緒になって親を探したりするし。
この十年以上、遼の行動原理は常にそうだった。
大体、俺と仲良くなったきっかけだって、幼稚園の頃、俺が弁当を忘れて泣いてたのを、自分の弁当の半分を譲ってくれたからだ。
そして、そんな遼は今、もう一人の幼馴染である皐月の元にいる。
「ねえ皐月、昨日は具合が悪いってRINEくれたけど、大丈夫なの?」
「あ……うん、おかげさまでもう大丈夫。それより昨日はゴメンね? せっかく楽しみにしてたのに……」
「しょうがないよ。映画はまたいつでも行けるし、それに、公開が終わったって、レンタルすればいいし」
そう言って、遼はニコリ、と微笑んだ。
そして皐月も、そんな遼に微笑み返す。
気持ち悪い。
具合悪い奴が浮気するのかよ。
ていうか、そんな真似しときながら、なんでそんな顔できるんだよ。
ダメだ、怒りで頭が沸騰しそうだ。
しかし、何も知らない遼に、どうしても死刑宣告しなきゃいけないのかよ。
そんな役目、なんで俺に押し付けるんだよ。
俺は二人……いや、皐月の奴を睨み付けながら眺める。
すると、二人連れの女子生徒が教室へと入って来た。
ああ、いつものか……。
「如月さん、おはようございます。この前はありがとうございました」
「ちょっと遼、この前ってどういうこと?」
「海野さんには関係ありませんので」
「はあ? 関係あるよ。だって、私は遼の彼女だもん」
今、皐月に突っかかっている彼女は“花崎奏音”。
スレンダーな体型に長いまつ毛と切れ長の目、通った鼻筋に薄く上品な唇、その凛とした態度、そして日本でも有名な“花崎グループ”の令嬢でもある彼女は、うちの高校において皐月と人気を二分している。
その彼女は、どうも遼のことが好きらしく、クラスも違うのによくこうやってうちのクラスに顔を出し、遼にちょっかいを掛けている。
今までだったら遼と皐月の手前、できる限り二人に会わせないようにそれなりに手を焼いていたけど、あんなことがあった以上、今の俺にそんな気はさらさらない。
などと遠巻きに三人を眺めていると、
「いつも奏音が来ると邪魔しに来るのに、今日は珍しいね」
奏音と一緒に入って来た彼女の友達、“北条桜”が、いつの間にか俺の傍にいた。
「ていうか立花くん、目の下の隈がすごいよ!? 大丈夫なの!?」
「ああ、うん……まあ、大丈夫、かな……」
彼女が心配そうに俺の顔を見つめる。
何だか恥ずかしい。
いつもは花崎さんの邪魔をする俺に突っかかってくる彼女だが、そんな風に心配されると何とも言えない気分になる。
「そう……あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
「……うっす」
そう言って、北条さんは心配そうに何度もこちらを振り返りながら、花崎さんのところへ行った。
いつも言い争いをするのに、こんな時急にそんな態度取るの、反則だと思う。
大体、皐月と花崎さんに隠れてあまり目立たないけど、彼女もかなりのハイスペックだ。
少し栗毛のショートボブに、猫のような目、小さくて可愛い唇。
そして、何よりヤバいのが、その圧倒的破壊力を持つその胸だろう。
いつも言い争いの最中、コッソリと手をワキワキさせていたのは内緒だ。
そんな北条さんに優しくされたら、本気になっちゃうだろ。
……まあ、俺のスペックじゃ釣り合わないのは承知してるが。
だけど、俺も単純だよな。
彼女に心配されただけで、さっきまでより幾分か気持ちが軽くなってるんだから。
うん、少し冷静になれた。
後は……覚悟決めるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます