第11話 ララがおらん・・・
2020年2月2日・日曜日。
この日私は、岡山市から約50キロ離れた津山市で仕事し、夕方の21時過ぎに岡山に戻ってきた。幸い、まだ行きつけのすし屋は営業している。このすし屋のクーポンは、税込4000円以上の会計になると2000円引きになるというもの。1人でも使える。
早速、そのすし屋まで行ってヱビスビールを頼み、つまみに寿司やら何やらを頼んだ。何を頼んだかは、覚えていない。
飲み始めてふと、壁にある時計を見た。時計の針は、22時前。
この店は、日曜は23時までの営業。まだ時間があるにはある。もう少し飲める。
ヱビスをもう1本、頼んだ。ほどなくして、金色のラベルの中瓶がやってきた。
グラスに継ぎ足して、やっぱり金色の液体を口にする。
私はふと、何とも言えない喪失感に襲われた。
そして、一言、つぶやいた。
ララがおらん・・・
ララとは、実在の知人ではない。
毎週日曜朝8時30分より放映されているプリキュアというアニメに出てきていた、サマーン星という星から来た13歳の少女。
地球では、「羽衣ララ」として通っている。
サマーン星では13歳で成人となる。彼女はちょうど13歳。あちらでは成人だが、こちらではまだ中学生の年齢。彼女は故郷にはない「学校」というものに行って、同世代の地球の少年少女たちと学ぶ。
そんな彼女は、「変身」すると、「キュアミルキー」というプリキュアになって、他のプリキュアたちとともに戦うのである。
彼女が登場したのは、スタートゥインクルプリキュアという、2019年2月から2020年1月まで放映されていたプリキュアシリーズ。
これは、宇宙がテーマ。
だから、宇宙人である彼女がこの番組に出てくることは、必然でもあったのだ。
そして彼女は、どういうわけか地球人のアニメ好きたちのハートをがっちりつかんでいた。
そのシリーズは、前週の日曜で終了。この日から、新しいプリキュアシリーズが始まっている。
そこには当然、彼女は出てこない。
「ユタカがおらん・・・」
後に鉄人と称された広島東洋カープの衣笠祥雄選手は、かつての対戦相手でもあり、また、それまで3年間チームメイトであった2歳下の江夏豊投手が日本ハムファイターズに移籍した1981年2月のキャンプをしていたある日、どこかのスナックでアリスの歌を歌いながら、泣いていたというエピソードがある。
大阪球場で行われた、近鉄バファローズとの1979年日本シリーズ。
今なお伝説として語り継がれている、あの「江夏の21球」のとき、彼の大投手は、ブルペンで後続の若手投手を用意する古葉監督に腹を立てていた。
この期に及んでわしが信用できんのか、と。
阪神時代の彼は、世界の王と一騎打ちを挑んで何度も三振に斬って取った。返り討ちにも多々あった。
しかし彼は、このころはリリーフエースとして球界に「革命」を興していた。
「革命家」江夏の偉業を、衣笠選手はアシストした。
そのことは、夭逝した天才作家が見事に表現されているので、ここではしつこく述べる気はない。
さて、その衣笠選手のキャンプ時のエピソード、実際にそのようなことがあったわけではないそうだが、心情的には、これほど自分自身の気持ちを表現しているものはないと、生前衣笠氏本人がどこかで述べられていたという。
さて、この日私は、ある小説の出版契約書にサインしていた。
本当は、2020年2月2日、この日で契約するつもりにしていて、現に日付も書いていた。
だが、思うところあってその日、ふとネットで吉日を探した。
すると、「天赦日」という非常に縁起のいい日が、3日後の2月5日であるという。私は、一瞬躊躇した。
しかし、ここは思い切って、契約書の日付のところの「2日」を「5日」と書き変えた。と言っても、横線を引いて訂正印を押したわけではない。そんなときのために捨印を押していたが、「2」と「5」であれば、書いた数字いかんにもよるが、その気になれば少しの書き足しで何とかなるもの。
そこで私は、少し書き足して、「2月5日」に契約書にサインしたという証拠を作成した次第。
ララがおらん・・・。
この喪失感は、何なのだろう?
それにしても、50歳にもなるいい年のおっさんが、プリキュアというアニメの少女がいなくなったからと言って、そんな喪失感を持ったりするものだろうか・・・。
その理由は、3日後の昼過ぎにかかってきた電話でわかった。
私がサマーン星の少女と日曜朝に会えなくなったことを嘆いたその数時間後、入院中のある恩人が病院で倒れ、危篤状態となったという。癌の闘病に加え、バイクの転倒事故もあって、ある病院で昨年末から入院生活を送られていた。
何とか数日持ちこたえたその方が亡くなられたのは、2月5日の2時51分だったという。
その週末、通夜と本葬の前に葬儀場で挨拶した。
羽衣ララというサマーン星の少女は、衣笠選手のエピソードを知る私に、彼女自身を通して、これからの指針を教えてくれた。
私は、そのことを確信した。
そして同時に、一つの真理を悟った。
小説やアニメの登場人物は、生きている。
そのことは、サマーン星のララが教えてくれたのだ。
羽衣ララ君に、あっぱれだ!
それと、故郷サマーン星での活躍を祈って、激励の「喝」だ!
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