第3話

 鈍く響く頭の痛みに、男は耐えきれずに意識を取り戻す。


 揺らめく蝋燭がかすかに照らす、見慣れぬ調度品を見て、男はだんだんと記憶を取り戻した。夜道のこと、少女のこと、そして領主らしき老婆のことを。

 慌てて体を起こせば、未だ響く頭の痛みが視界を歪ませる。申し訳程度にかけられた毛布がはらりと落ちて、男は初めて、おのれが下着の一つも身にまとっていないことに気が付いた。


「あら、思ったよりも早いのね。」


 ぎぃ、と音を立てて、扉が開かれる。その向こうに立っていたのは、件の少女である。傍らには、少女よりも一段と幼い、娼婦のような薄布に身を包んだ女児を伴っている。


 男は叫ぼうとして、喉の奥が焼けるように乾いていることに気が付いた。立ち上がろうとして、足に力の入らぬことに気が付いた。そうして床に倒れ伏せて、炎に揺れる少女の瞳がこちらを見下していることに気が付いた。


 少女は、露になった男の裸体を見下すように、にぃ、と目を細める。顔のは違えど、意地悪く見下すその貌はあの老婆にとてもよく似ていた。


「ああ、恥ずかしい男。浅ましい男。教父になったつもりかしら。聖人になったつもりかしら。蒙を啓くだなんて思いあがって、裸で眠るみじめな男。」


 あどけない声で罵られて、男は、まるで己の胸の内までも裸にされたかのような、強烈な羞恥心に見舞われた。 導かねばならないと、そう思っていた少女にすべてを見透かされ、見下されていたのだと、そう突き付けられることが辛かった。


「愉しかったかしら。うれしかったかしら。何も知らぬ娘を導くのは、のかしら。正しくって、偉くって、大きな自分になれて、本当にあなたは満たされたのかしら。」


 あれほどまでに煌々と燃え盛っていた胸の内の炎が、薪を失ったように弱まっていくのを男は感じた。正義や高潔さではなく己の中の卑しい欲望こそがその薪であったのだ、と突き付けられて。


 この少女こそが、本当の「領主」であったのだ。この見捨てられた集落を、古く、暗く、深い蒙で包んでいたのは、この恐ろしい女であったのだ。

 男は本能で理解した。最初から、己はこの少女に踊らされていたのだと。


 少女はまた嗤う。嘲るその声は、しかし今度は鈴のようにころころと転がった。

 いいえ、いいえ、いいえ、と。少女はまた男を見下す。満たされたりは決してしないわ、と。


 少女が、はらりと紙片を落とす。帝都にて、男が「友達」と交わした手紙である。たどたどしい、しかし柔らかな文字で、男の名が記された手紙である。


「あなたのは、ここでしか満たされないのだから。」


 ――ぐい、と少女は薄布をまとった娘の腰を、少女がつかむ。娘は、少女の話こそ理解もできていない様子であったが、はようく理解している様子であった。

 少女は娘の頬に手を添えて、そっと口をつける。ゆっくりと腰から背へと撫で上げる少女の指先に娘がかぁっとほほを赤らめると、少女は娘の舌をざり、と噛んだ。


「さぁ、どうか可愛がってくださいませ。帝都のなど、忘れてしまうくらいに。」


 娘の、細く白い指が、男の頬を、首筋を、胸を、腹を撫でる。上気した頬に、唇に血を薄く広げたその貌は、纏う薄布と相まって、娼婦の姿を男に喚起させる。


 少女の――「魔女」の嗤う声が、またころころと転がる。見透かすように、見下すように、嘲るように、罵るように。


 口に広がる、甘い血の香りに、焼け付く喉が男は胸の奥までもが暗く、暗く堕ちていくのを感じていた。

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