第24話 お兄とリコとヤエ

「山下先生も知ってんでしょ? あんたらが卒業してから何年も経ってからだけど、先生とかが話してんのあたしと久吾で聞いちゃったんだよね」

「そうだったのか……」


 あの時は先生にも迷惑かけちまったしな……。

 それにしても、やっぱり華乃と久吾にバレていたか……。改めて思うが、あれは知られたくなかったし、知られるべきじゃなかった。俺は別にいいけど、聞かされた方は不快だろうし、何よりリコが……。

 そういえば華乃の奴、俺がリコにとらわれてるとか、悪いのはリコで俺は何も気にするべきじゃない的なこと言ってたよな……。やっぱあの件に対してのことだったのか。でも、それはおかしいだろ。


「なぁ、華乃。あれはな、当たり前だが俺に全ての責任があってだな……」

「いえ、それは違うわ。わたしが気を付けていればいい話だった。わたしが悪いの。お兄を責めないであげてね、華乃」


 またそんなことを……。一体いつまで俺はリコにこんなことを背負わせちまうんだ。

 この際、もう知られちまったからには、華乃からも言ってほしい。誰がどう見たって悪いのは俺一人だと。そうやってリコを少しでも解放してやりたい。頼む、華乃。


「だってさ、お兄。リコはこう言ってる」

「いや冷静になってくれよ、華乃。こういうのは男の俺に責任があんだろ。リコを責めるようなことはやめてくれ」

「何それ……きも。……てかさ、責任責任って、実際責任なんて誰も取ってないじゃん。そうだよね、お兄」

「…………っ、そ、それは……」


 何も言い返せるはずがない。リコも気まずそうに目を伏せてしまう。


「はぁ……分かった分かった、その件に関しては誰が悪いとか言ったりしない。別に興味ないしそんなこと。でさ、何で結婚してないの、あんたらは。あんなことがあっておかしいじゃん。お互い自分に責任があるって言ってる癖にさ」


 お前な……あっさりと何を……。

 いや、今思えば確かにそういう選択肢もあったのかもしれない。というかそれが一番正しかったのだろう。でも俺がそんな提案をしていたところでリコはきっと、


「結婚って……そこまでのことじゃないでしょう。あれ以上お兄に迷惑なんてかけられないわ。それにお兄は別にわたしのことを……」

「何それ……」


 自信なさげに声を尻すぼみにしていくリコに、華乃がゆらゆらとふらつくように詰め寄っていく。


「そうなんだ、あんたにとっては」

「な、何よ」

「あんたはお兄のこと考えてるようで何も考えてない。おかしいよ。あんなことがあったのにいろんなことウヤムヤにして。その結果が高校生にガチ恋? アハっ、笑えない」


 虚ろな目と引きつった口元に静かな口調。ただそれだけなのに、その迫力にリコは後ずさりさせられ、壁際まで追い込まれてしまう。


「お、おい、もうやめろ、華乃。お前やっぱおかしいって。言ってることが理不尽すぎるぞ」

「お兄は黙ってて。ねぇ、リコ、何なのあんたは。優しさに飢えてる? 褒められたい? お兄とあんなことがあったのに、そんな理由でお兄のことどうでもよくなっちゃうんだ」

「どうでもなんて、そんなことは……っ」

「おい、やめろって。だいたい、お前がそんなんだからこそリコも俺も優しさに飢えて……」


 自分で言っていて違和感に気付く。

 優しさに飢えていたから、澄香に惚れた? 澄香の優しさに溺れちまったって? じゃあ何でそんなもんに飢えてたってんだ、俺は。飢えてしまうほど、今まで二十五年間、本当に周りに恵まれてなかったっていうのか? 華乃や久吾やあいつのせいだっていうのか。

 あいつらに囲まれて、こんなにずっと楽しかったのに?


「あっそ。じゃあ、そだね。なおさらあたし達がこれ以上いっしょにいる意味なんてないじゃんね。血の繋がった家族のあたしとお兄は別として、お兄とリコなんてただ同じ年に近くの家で生まれたってだけの繋がりじゃん、元々は。何のメリットもないのにそんなものに帰属意識持って縛られてるとかポン闇すぎだから。うん、いいじゃん、もうこれを機にキレイさっぱり清算しようよ、そんなの」

「華乃、一旦落ち着いてくれって。少し考えさせてくれ。やっぱり俺が澄香に惚れちまったのも、リコが大町くんに落とされちまったのも、何か別の理由が……」

「落ち着いてるし。あ、そうだ。ねぇお兄、こうしようよ。この番組でお兄とあたしが貰える報酬を手切れ金にしてリコとは縁を切らせてもらえばいいじゃん。仕事もクビ。あ、じゃあそのお金も払わなきゃなのか……でもだいじょぶだよ。あたし大学も行かないことにするし。うちに残ってうちの手伝いする。お兄といっしょに梨育てる」

「ちょ、あなた何勝手に話を進めているのよ!? わたしはプライドを持って梨を育てているの! あの子達はもはや子どもみたいなものなんだから!」

「…………っ! 子どもって……そんなに軽々しく……っ、本当の子どもも育てられないくせに!!」

「は、はぁ……? あなた本当に何を言って……」


「リコちゃあぁぁぁん!! お兄ぃいいいぃぃぃぃ!! 私だ! 美しすぎる天才ディレクターだ! どこに隠れているんだ二人とも!! 頼むっ! 出てきてくれぇええぇぇえ!!」


「「「…………」」」


 扉の向こうから聞こえてくる悲痛な叫び声。

 無視したい気持ちは山々なのだが、あまりにもうるさすぎて真面目な話ができなくなりそうなのと、叫び声の主を必死で止めようとする久吾の悲壮感溢れる声も聞こえてくるのと、遅かれ早かれここにも突入してくるだろうことを考えて、仕方なく戸を開け体育館に出ると、


「お兄っ!! リコちゃんっ!!」

「あ、待ってくださいヤエっちゃん! 危ないですって、ほらぁ!!」


 俺達の姿を認めた番組ディレクター蜂巣綾恵が、駆け寄ってこようと足を一歩踏み出した瞬間に頭から盛大にコケて、なぜかその勢いのまま俺の足元までヌルーーっと滑ってきた。久吾もコケていた。


 ヤバい。いろいろと疑問点が多すぎる。いやむしろ一つだけか。これさえ聞いとけばだいたいの疑問が解消される気がする。納得のいく答えが返ってくれば、だが。


 俺は腹這いのまま瞳をうるうるさせて見上げてくるディレクターを見下ろし、


「なぁ、お前は何でスクール水着姿で体中ローションまみれなの?」

「え。お兄とリコちゃんが喜んでくれると思って。昔から好きだろう、こういうの」

「「どういうのだよ」」


 あ……思わずツッコんじまった……。

 リコもハッとした後、気まずそうにディレクターから目をそらす。

 いやでも仕方ねーじゃん、今までずっと、こいつが突拍子もなく意味不明なことしだして、リコと俺でそれにツッコむのが日常だったんだから。反射的に口が動いちまうよ。

 でも、ダメだよな。俺達はもう絶交したんだから、


「ごめんよぉぉぉおおぉぉぉっ!! 許じでぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「「えー……」」


 蜂巣綾恵が号泣しながら俺とリコの腰にしがみついてきた。えー……。

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