第19話 リアリティショー

「ん? あれ? 華乃、華乃。起きてください華乃」


 久吾が手のひらでポンポンと頭を叩いてくる。うっさいなぁ……起きてるっつの。


「ねぇ、起きてくださいってば。お兄とリコっちゃん……と、あと美麻さんもいないっぽいんです。てかたぶん今誰か倉庫入っていきましたよ、オレたぶんその音で起きたんで。昔あなたとコッソリあそこに忍び込んで遊んでた時のあの感じを思い出したんで」


 知ってるから。あたしも思い出したし。てかあたしずっと起きてたし。


 あたしがあのことについて触れちゃったから、お兄とリコはその話し合いに行ったんでしょ。で、それに澄香ちゃんも気付いて覗きに行ったとかそんな感じっしょ普通に。


「華乃ー、華乃ー。起きてくださいよー。もしかしてあなたが何か変なことでもしたんじゃないですか? 何かさっき『お兄を落とす』とかマジで気が触れたようなポン闇発言してましたし。オレ、心から心配で心配で、」

「あーーもう、うっさい! 心から心配してる相手の寝顔にライトをかざしてくるな!」

「起きてんじゃないっすか。えっ……てか泣いてるじゃないですか……うわわわわぁ……華乃も夜中に一人で枕を濡らすような女になってしまったんですね……きもっ」

「うっさい! あんたのそのデリカシーの無さは致命的だかんね!? 一生童貞確定だから!」

「いやこんなこと華乃以外に言いませんし。てか童貞じゃないんで。けっこう女子と挨拶とかするんで。で、何があったんですか」

「……………………なんもないし。何なのあんた……」

「そうっすか。まぁ話したくなったらいつでも。五分後でも五十年後でも、暇だったら相手してあげるんで。相談なしに突っ走るのだけはやめてくださいねー。結局オレも巻き込まれることになるのがいつものパターンなんですから」

「うっさい、頭ポンポンしてくんなっての。精子が付く」


 ホントこいつのこーゆーとこムカつく。こんなことだけで、さっきまであんなにめちゃくちゃだった気持ちが落ち着いてしまう自分が、もっとムカつく。

 そんで一番ムカつくのが、


「あんたは何カメラ回してんだ、クズD! いやマジで一体いつ寝てんの!?」


 ヤエちゃんが今日も今日とてうつ伏せであたし達の顔に向けてカメラを構えていた。ホント天才的にウザい。


「君達が全員寝静まった後。久ちゃんの布団に入れてもらってな」

「え、知らなかったんすけど……だから朝あんなに汗かいてたんすかオレ……」

「いいじゃないか、昔はよく同じ布団で幼い君達を寝かしつけてやっただろう? 可愛かったなぁ、あの頃は。いつも『ヤエちゃんヤエちゃん』懐いてきてな、絵本の読み聞かせをよくせがまれたっけ」

「せがんでないですし、あなたがオレ達の隣で勝手に音読してたのは男塾ですし」


 しかも迫真の演技しまくるからうるさくて全く寝付けなかったしね。あれ児童虐待として訴えたら勝てるっしょ、たぶん。


「てかマジでこの映像だけは使わないでよね、ヤエちゃん。マジで困るし、久吾のイカ臭い手で髪触られてんの世界中に晒されるとか」


 あと泣いてるとことか……。


「うーむ、どうしよっかなー。使うなと言われると使いたくなってしまうのだよな。華乃ちゃんと久ちゃんが『仲良し』してるところ」

「「仲良しとか言うな!!」」


 キモすぎるし、何か誤解が生じそうな表現でしょ、それ! マジで何で久吾なんかと――、


「あのー、ごめん、華乃さんも久吾くんもいい加減黙ってくんない? 何時だと思ってるのかな。こっちは成長期なんだけど」

「あ、大町くん……ごめん、起こしちゃったよね」


 寝ぼけ眼の大町くんが、頬杖をついて髪を荒々しく掻きながら注意してくる。


 もはや声を潜めることもなく普通に話しまくってしまっていた。そりゃ起こしてしまって当然だ。

 寝起きのせいか大町くんの機嫌もめちゃくちゃ悪そうだ。昼間のあの柔らかな雰囲気が見る影もない。


「いや別に起こされたこと自体はどうでもいいんだけどね。僕周りうるさくても結構眠り直せるタイプだし。ただ、近くでイチャイチャされるのとか一番嫌いなんだよね。ごめん、そういうの吐き気がしちゃって我慢できなくて」

「え……い、いや、すみませんです。華乃なんかとイチャイチャとかしてませんけど……オレ甘えさせてくれるタイプの清楚な女性が好きなんで……」


 久吾も大町くんの刺々しい口調に狼狽えている。いやてかマジで寝起き悪すぎっしょ……完全に素が出ちゃってんじゃん。あと久吾の好きなタイプがキモい。


「いや、ごめんね大町くん。いったん落ち着こ? ほら、ディレクターが何かカメラとか回してるし、大町くんもそんな心の声が漏れ出しちゃってるとこ配信されたくないっしょ?」

「は? バカなのかな、華乃さん。これ以上イライラさせないでよ」

「あ? 殺すぞクソガキ」

「華乃、心の声が漏れ出しちゃってます。どういうことですか大町くん。華乃はバカというよりアホなんですが」

「はぁ……だからさぁ、華乃さんの言う通り、クソガキだからだよ」

「「は?」」

「僕達子どもなんだから、お兄くんと紫子ちゃん以外が深夜に映ってる映像は基本使えないでしょ、テレビ局の自主規制で。深夜労働になっちゃうじゃん。ネット番組もだいたい同じでしょ?」

「「え……あ」」


 そういえばそういう決まりみたいなのあるんだっけ……あれ、でもあたしはもう高三だし、労働基準法的にも……あれ、どうなんだろう……?


「華乃さんと久吾くんはもう十八? 四月だしたぶん十七でしょ。十八歳未満は規制あるよね、別に僕もそんなの詳しくないけどさ、関係ないし。でもそんな感じでしょ、綾恵ちゃん」

「ああ、それは天志の言う通りだ。だが収録した時間なんていくらでも改竄できるしな。どうしても使いたいところはセーフな時間に撮ったことにして配信するさ。あと使わなかったとしても私のコレクションにすればいいしな」


 ほんとゴミだなこのディレクター……。

 てか大町くんと澄香ちゃんなんて下手したら十五なんじゃないの? 大丈夫なの? そんであたしは十八になったけど確かに久吾はまだ十七だし、お兄とリコだって高二の設定なんだからどうしたって二人とも十七以下――って、え?


「……さっき、大町くん何て言った……?」

「華乃がバカすぎてイライラするって言ってましたよ」

「そこじゃない、黙ってろバカ久吾。そこじゃなくて……『お兄とリコ以外が深夜に映ってる映像は使えない』って――言ってたよね……?」

「「あ……」」


 と、自分の口を押えたのは大町くんと――ヤエちゃんだ。こいつら……そういえばさっき「綾恵ちゃん」「天志」って呼び合ってなかった……? 呼び合ってたよね、絶対……!


「――言って、ましたね……そういえば……。よく気付きましたね、華乃……え? つまり、これは……」


 久吾が目を見開いてあたしを見つめてくる。そうだ、あんたも考えてる通り。これは、明らかにおかしい。

「お兄とリコ以外が」ということは逆に言えば、「お兄とリコは深夜でもオーケー」ということだ。確かに二人は二十五歳なんだから本来であればその通り。でも、そのことを――お兄とリコが実は成人であることを――大町くんは知らないはず……!


「大町くん……ヤエちゃん……これは、どーゆーこと……?」


 しかも、それだけじゃない。もっとおかしな点がある。


 仮に何らかの理由で大町くんが二人の実年齢を知ってしまったとしよう。だとしても、二人がその実年齢を隠していること――つまり、番組上では二人が高校二年生であることを――大町くんは承知しているわけだ。

 だったら、実年齢が何十歳であろうが、お兄とリコは深夜に撮られてはいけない。

 なのに、大町くんは「お兄とリコ以外」と確かに言ったのだ。


 つまり、「お兄とリコが高校生ではない」と知っているのは――、


「はぁ……もう限界だね。綾恵ちゃん、もういい? まぁこれでもよくもった方だと――」

「何の話をしているんですか、皆さん……」


 大町くんが――おそらく真実を――話し始めたその時、暗闇からそれを遮ってきたのは、


「澄香……ごめん、ちょっと君のこともバレる感じになっちゃった」

「……そうですか、ちょうど良かったです。実は私の年齢については今お兄さんに告白してきたところなんです。どしらにしろもう好きな人を騙し続けるのなんて限界です。あなたとの関係についてもお兄さんにちゃんと説明させてください。というか、あなただってあたし程ではないにしろ隠し事があるのだから、誠心誠意リコ先輩に話すべきです。さぁ、早く立ってください、クソ兄貴」

「あれ、僕はお兄ちゃんじゃないんじゃなかったっけ」

「兄じゃないです。便宜上です。『クソ』だけだとディレクターと区別がつかないので。あと次澄香って呼んだら消す。地球上からも戸籍上からも家系図からも」


 澄香ちゃんと共に、面倒くさそうに体育倉庫へと消えていく大町くん。

 澄香ちゃんの年齢……? 兄貴……? ダメだ、疑問点が多すぎる……何とか完全に理解できたのはディレクターがクソゴミだということだけだ。


「ねぇ、クソゴミカスちゃん、どういうことなの、これは……? 何でお兄達が高校生じゃないことを大町くんが知ってんの? 澄香ちゃんも知ってたってわけ?」


 一番の問題はそこじゃないけど、とりあえず順番に疑問を潰していかないと頭がこんがらがってしまう。


「……できればもう少し引っ張りたかったのだが……まぁ上出来か。そろそろネタばらしといこう……。澄香は知らない。お兄とリコを本気で高校生だと信じている。知っているのは天志だけだ。あ、ちなみに澄香は中学生」

「はぁ!? ちょっと、さらに頭ごちゃごちゃになるような情報出してこないでよ、クソカス生ごみ!」

「落ち着きましょう、華乃。いやオレもめっちゃ驚いてますけど……一番の問題はそこじゃないでしょう」


 そうだ、こんなところを掘り下げるのは後でいい。久吾とあたしにとって一番知りたいのは次。根本的で根源的な疑問が傲岸不遜に横たわっているのだ。


「粗大クソカス生ごみちゃん、簡潔に答えて。お兄とリコが高校生じゃないって――――何で、視聴者が知ってんの!?」


 本当に根っこの根っこ、この二日間の全てに関わる疑問を、叫ぶようにぶつける。


 まばたきもせずに息を呑むあたしと久吾に、粗大クソカス有害生ごみ――っていうか蜂巣綾恵は、何事もないかのようにしれっと言い放った。


「当たり前だろう。だってこの作品のタイトルは『高校生による青春恋愛リアリティショーにアラサー幼なじみ男女を現役高校生としてぶち込んでみた』なのだから」


「「……………………は?」」

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