第15話 華乃と澄香

「とりあえずそこ座って」

「はい! ありがとうございます、華乃先輩っ。お兄さん達の思い出の秘密基地で私もまったりしてみたかったんです! お兄さん達も呼んじゃダメなのでしょうか?」

「ダメ。晩ご飯の準備させてるし。あと思い出の秘密基地とか言うのやめて。キモいから。ただの古びた体育倉庫だから」


 制服姿の澄香ちゃんを体操マットに座らせ、あたしは壁にもたれ掛かかって彼女を見下ろす。


 早朝の転校生陥落作戦失敗から半日。あたしは澄香ちゃんを体育倉庫に呼び出していた。ちなみに撮影スタッフ達は全員、残りのメンバー四人の晩ご飯作りに密着している。ヤエちゃんは編集作業が相当忙しいらしく、一人で編集室(元放送室)に閉じこもっている。

 この子の本性を暴くための舞台は整った。まぁ裏を返せば、この半日間では全く探りを入れられなかったのだが。ホント人前でイチャイチャベタベタしやがって……犯罪なんだよ、あんたらがやってんのは!

 ほっんと、このマセガキに激詰めしてやりたい……けどまぁそんなことをしても仕方ない。ここは落ち着いてじっくり確実に内面を探っていこう。最終的にお兄を萎えさせられさえすればいいのだ。撮影スタッフ達がいない今なら、この子も素を出してしまいやすいだろうし。無駄に責め立てたりする必要はない。


「澄香ちゃん、あんたさぁ、久吾と付き合いなよ。まぁ今朝はいろいろと空回っちゃってたけどさ、普段はそれなりにまともな奴だよ。てか普通に優良物件じゃん。ぶっちゃけ見た目はいいし、勉強もできるし。このスペックで予約なしとかなかなかないよ? しかも童貞だからチョロいし。付き合ったら完全に上に立てるっしょ」

「スペックだとか、そんな言葉で人間を判断する気はありません。それに久吾先輩は三年生ですから。さすがに二つも学年が離れているとちょっと……」


 あんたとお兄は九つ離れてんだよ!


「はぁ……だいたいねぇ、澄香ちゃん。だったらお兄なんかのどこがいいって言うの? 澄香ちゃん可愛いんだからあんなポン闇に行かなくたって……」

「優しいところです」

「は?」


 何言ってんだ、こいつ……。

 思わず思いっきり顔をしかめて澄香ちゃんを凝視してしまう。


「優しくて誠実なところです」

「はぁ?」

「それと、あの素敵な笑顔が大好きなんです。お兄さんが微笑みかけてくれるだけで、心がポカポカ暖かくなるんです」

「はぁあ?」

「さ、最初の自己紹介の時、緊張で心臓が破裂してしまいそうだった私に、お兄さんは優しく笑いかけてくれたんですっ、安心させてくれたんですっ」

「は? はぁ? はあぁ?」

「そ、それにっ! お兄さんはずっとずっと私だけを見てくれるんです! 一生私一筋でいてくれる王子様みたいな――」

「はぁあぁぁぁ?」

「顔ですよ!! 顔!! 顔がタイプなんですよ、お兄さんの!! そうですよ、面食いですよ、悪いですか!? 男は顔でしょう! 顔が全てでしょう! 顔がいい男とイチャイチャしたいんですよ! イケメンを手玉に取りたいんです! イケメンと腕を組んで街を歩きたいんです! イケメンハイスぺ彼氏を見せびらかして優越感に浸りたいんですよ!! 悪いですか!? 悪くないですよね、お兄さんだって私のことが好きなんだから! 誰も損なんてしてないですよね! それとも何ですか、人の好みに文句つける気ですか!?」

「えー……」


 と、口に出してしまったのは、澄香ちゃんのその剣幕があまりにも鬼気迫っていて、ドン引きしてしまったから――それだけだ。つまり、その発言内容自体は想定内でしかなかった。

 そう。そんなもんなのだ、高校生なんて。恋愛リアリティショーなんてものに参加する奴ならなおさらだ。結局、自分の価値を高めたいだけ。恋人なんてブランドもののバッグぐらいにしか思ってないわけだ。


「はっ――」

 澄香ちゃんが目を見開いて口を押える。

「ま、まずいです……カメラが……こんな澄香を放送されてしまったら……っ」

「はぁ……大丈夫だから。ここに設置されてるカメラ、全部ダミーだから」

「え……?」

「あー、なんか予算が足んなかったんだって。ほら、ここのチーフディレクターもあたしらの幼なじみじゃん? で、そういう裏話も聞いちゃったんだよね、あたしだけ。こういう倉庫みたいなあんま使えるシーンも撮れなそうな場所では本物のカメラは付けてないんだって。出演者がそういうとこでやらせ会議とかしないようにダミーカメラで騙してはいるんだけど。だから今だけは全然素の自分を吐き出しちゃっても問題ないよ」


 理由は嘘だが、カメラがダミーだということは教えてしまった方が都合がいい。この勢いでこの子の本性を暴き切ってしまいたい。


「ふーん、なるほど、そうなんですか。結構あくどいですよね、ディレクターさんとか華乃先輩って。そういう女の人達に囲まれて育ってきてしまったから、お兄さんはあんなにイケメンなのに自分に自信がないんでしょうね。ま、そのおかげで落とすのも簡単でしたけれど」


 どの口が言ってんだよ、あくどいのはあんただよ。カメラがないと知った途端、目の奥がギラギラ光り出してんだけど。獲物を狙う肉食動物みたいなんだけど。


「はぁ……あのさぁ、マジでやめときなって、お兄なんて。てかイケメン好きってのならなおさら久吾だっていいじゃん」

「嫌です。確かに久吾先輩も顔は整っていますしスタイルもいいですが、私の好みとはズレているんです。お兄さんの方が年下ですけど、お兄さんの方が大人っぽい顔つきですし。老け顔の方が好きなんです。見た目は大人っぽいのに恋愛にはウブで擦れてないとこが可愛いんですよねー。ギャップ萌えってやつです!」


 そりゃアラサーだからね。大人っぽい顔ってか大人だから。


「顔、顔ってさ、そんな理由だけで男選んでたら後悔するよ? お兄なんてホント甲斐性なしのヘタレなんだから。マジでやめときな。言っとくけど、あたしは全力で妨害するよ。悪く思わないでよね。これもあんたのためだから」

「あー……なるほど……。華乃さん、ブラコンでしたか」

「はぁ!?」


 な、何言いだしてんの、こいつ……。なにそのムカつく心得顔は……? 何を勝手に納得してんの!?


「だってそうでしょう? お兄さんのこと――実の弟のこと大好きだから、他の女に取られたくないんでしょう? 悔しいんですよね? 分かります分かります。でもダメですよ? もう高校三年生なんですだから、いい加減弟離れしなくては」

「~~~~っ!!」


 こ、こいつ……! デタラメ言いやがって……! なにニヤニヤニタニタしてやがんだ、ぶっ潰すぞクソガキ!


「お、お兄のことなんて全然大好きなんかじゃないから!」

「あーはいはい、そうですかそうですか。あ。いいこと思いついちゃいました♪ ブラコン華乃先輩にアドバイスなんですけど、弟離れするためにも彼氏を作るべきだと思うんですよね。ほら、いい人がいるじゃないですか! イケメンの幼なじみ、久吾先輩が♪」

「ああ!?」

「華乃さんだってさっき優良物件って言っていたじゃないですか♪ 私、全力で応援しますよ! いいなー、幼なじみ同士の恋愛とか憧れるなー♪ ド田舎でずっと一緒に育ってきた、たった一人の同級生。当たり前にあり過ぎたせいで、近くにい過ぎたせいで、その大切さに気付けなかった。でもある日突然現れた美少女転校生にアプローチし始めるあいつに、何故か胸をやきもきさせられちゃって……!? きゃっ♪ キュンキュンしちゃいます! 青春ですね! 番組コンセプトともピッタリじゃないですか! きっと全国の視聴者からも応援されちゃいますよ! ぷぷぷー(笑)」

「てめぇ……っ、マジで抉るぞ……!」

「え……田舎ヤンキー怖いんですけど……」


 このクソガキ、マジでムカつく! ムカつき具合では予想の範疇を遥かに超えてた! 年齢とか抜きにしても絶対自分の身内にはしたくない!

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