第13話 久吾と澄香

「あれ? お早いですね、華乃先輩も久吾先輩も」

「オレ達はいつもこんなもんっすよー。美麻さんこそ早起きっすね。ゆっくりしてていいんすよ?」


 寝巻のジャージ姿のまま家庭科室に入ってきた澄香ちゃんと、味噌汁用の茄子を切っているジャージ+エプロン姿の久吾。そんな二人を、あたしは隣の調理台で肩肘ついて歯を磨きながら眺める。

 よし、だいたい思い描いていた通りのシチュエーションだ。うん、ホントだいたいだけど。ディレクターが一人でカメラ回してんのとかは計画外だったけど。


 撮影二日目の早朝。久吾とあたしは朝食の準備をしながら、この家庭科室で澄香ちゃんと大町くんを待ち構えていた。無論、二人にアプローチをかけるためである。落とすためである。

 お兄やリコの前でこの二人を口説くわけにはいかない。めちゃくちゃ面倒くさいことになる。だからこの時間に作戦を実行してしまおうというわけだ。

 普段は仕事のために超早起きなお兄とリコだが、その反面、作業がない日はお昼頃まで寝ている。アラームが鳴らなければ滅多に起きることはない体質なのだ。

 まぁそれに、こんな時ぐらいゆっくり休ませてやってもいいだろし。


「いえ、今日も楽しいことがあると考えたらワクワクしてすっかり目が覚めてしまったので……。あ、お料理、お手伝い致しますね」

「いや手伝いはいいんで、そうっすね、じゃあ味見役でもお願いしましょうか。ここに座って見ててください」

「は、はあ。味見役ですか。分かりました」


 久吾の突飛な提案にポカンとしながらも素直に従う澄香ちゃん。久吾の隣の椅子に姿勢正しく腰を掛ける。


「オレ料理とか好きで結構やるんですよねー。クラスの女子とか今までの元カノとかにも作ってやるとめちゃくちゃ評判良くて。美麻さんも料理できる男好きでしょ?」

「はあ。出来ないよりは出来た方がいいと思います。あと番組の世界観を損なってしまいますのでクラスの女子とか言わない方がいいかと」


 サバサバとした澄香ちゃんの返答を受けて、久吾はなぜか勝ち誇ったような笑みであたしをチラ見してくる。こいつの中ではこれでもプラン通り行っているようだ。いやマジで? 澄香ちゃんの顔や声から感情が感じられないんだけど。


 今回この作戦において、久吾は「オレ様系でグイグイ行く」というスタイルをとると宣言していた。久吾曰く、そういうのが年頃の女子には一番響くそうだが、その情報はどうせあたしの部屋にある少女漫画から得たものだ。つまり全く参考にならない。しかもこいつは嘘をつきまくっている。こいつは彼女なんてできたことないし、まともな女友達もいない。真実なのは料理が得意なことだけだ。

 とはいえ、生まれた時からいっしょにいるあたしにこいつのことを客観的に見ることが難しいのも事実だ。見た目だけは無駄に整ってる男だし、意外と自信満々で上からガツガツ行くのも合ってたりするのかもしれない。


「うん、いい感じっすね」

 久吾は小皿にすくった味噌汁をひとすすりした後、

「どうっすか美麻さん。結構自信作なんすけど」


 それを澄香ちゃんに差し出した。


 いやキモいキモいキモいキモい! ムリっしょ、きつい! あたし相手じゃないんだから当たり前のように自分が口付けたものを女に渡すな!

 こいつ、あたしとリコとヤエちゃんしかまともに関わった女がいなかったせいでこんなポン闇に……いや、違う。そうか。これが久吾がイメージするオレ様系なのか。敢えてやってるのか。確かに相手は超恋愛体質のチョロガキなわけだし、キモいぐらいのアプローチの方が上手くいくのかもしれない。


「え、いや普通に嫌です。間接キスになってしまうので。久吾先輩と間接キスになってしまうので」


 全然上手くいかなった。「久吾先輩と」を強調されてしまった。澄香ちゃんがドン引きしている。もう物理的に体を後ろに引いている。


「フッ、恥ずかしがらないでいいですよ。こんなの友達同士のコミュニケーションの内ですし。それとも、澄香は意識しちゃいました?」

「あ、澄香って呼ばないでください。絶対呼ばないでください」


 もういい、やめろ。もう撤退した方がいい。


「ア、アハハ、ごめんごめん、またオレ様の軽いとこが出ちゃいました。遊び慣れ過ぎて、ウブな子相手にもついついこうなっちゃうんすよねー。いやでも美麻さんマジで可愛いし、結構オレ様のタイプなんすよ」

「は?」


 もうダメじゃん。もう一人称がオレ様になってんじゃん。オレ様系ってそういうことじゃないっしょ。笑いそうになっちゃったんだけど。こっちは歯磨き中なんだよ、ふざけんな。

 いろんな意味でこれ以上は見てられないので廊下の流しに口をすすぎに出る。ちなみにディレクターは思いっきり噴き出して爆笑していた。真面目に働け。


 まぁでもこれでさすがに久吾も諦めるだろう。一旦引いて態勢を立て直すしかない。あの街中で死体見つけたみたいな目をしてる女の子相手に、もはや勝算なんてない。

 とりあえずオレ様系とかいう意味不明なものはやめて自然体のあんたで行った方が……とか考えながら家庭科室へ戻ろうとすると、久吾が廊下で膝を抱えて項垂れていた。えー……。


「この一分の間に何があったの……? なに二つも年下の女の子にノックアウトされてんの……?」

「いやノックアウトとかされてないんで。頭撫でようとしたら拒絶されて、自室で死体見つけたみたいな目で『きもい……』とか呟かれてショックのあまり逃げてきたとかじゃないんで」

「それはキモ過ぎるってあんた……会ったばかりの女子の頭撫でるとか……そりゃどんなイケメンだとしても振られるっしょ……」

「いや振られてないですから。オレの方からあんなガキごめんっすから。ガキになんか興味ないんで。年上の大人っぽい女性しか相手にしないんで」

「あ、そう……」


 こいつって変にプライド高いとこあんだよね……絶対に負けを認めないっていうか……だから童貞なんだよ。たぶん精神的にはあんたより澄香ちゃんのが大人だよ?

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