第12話 華乃と久吾

「とにかく……お兄とリコを素直に褒めるってのはあたしらには不可能だと身をもって知ったっしょ。お兄達を更生させるって方針は撤回。やっぱ転校生二人から引き離すって方向で進めるしかないと思うんだけど……」


 しかし、それも結局、対処療法にしかならない。やっぱりお兄とリコが燃え上がっている以上、根本的な解決は望みようがない……。


「フッ、甘く見ないでくださいよ。このオレが次善の策を用意していないとでも思いましたか?」

「あの醜態見せられた一分後にそんなドヤ顔されても説得力ないんだけど。まだ汗引いてないから。ビッショリだからあんた」

「いいですか華乃。発想の転換ですよ。お兄達の転校生への気持ちを消すことができないのなら、逆に転校生達のお兄やリコっちゃんへの気持ちを消せばいいんです。そうすればお兄もリコっちゃんも失恋! どんなにロリコンだろうと高校生と結ばれるなんてことは起こりえないわけです! 手を出さなければ、恋心を内に秘めていること自体は自由ですからね。更生させようなんてのはそもそも傲慢ですよ!」

「あんたヤエちゃんみたいになってきたね」

「訴えますよ!? その発言は人権蹂躙です! 取り消してください!」

「で、方針は分かったけど、具体的にどうすんの? 転校生二人の恋心を萎えさせるってことっしょ? そんな方法がそこらへんに転がってるとは思えないんだけど……」

「フフッ、簡単ですよ。その恋心を他の人間に向けさせればいいんです! お兄やリコっちゃんのことなんてどうでもよくなるぐらい好きな人を作らせてやるだけです!」

「はあ。いやだからそれをどうやってすんの? バカなの?」


 他の人間に向けさせるって、そもそもここに他の人間なんて……、


「いるでしょう! オレ達が! 惚れさせるんですよ! 美麻さんをオレに、大町くんを華乃に!」

「えー……やっぱバカじゃん。なにその発想……てか無理っしょ普通に」

「無理なわけがないでしょう! 簡単ですよ! お兄やリコっちゃんに惚れちゃうようなチョロガキですよ? 言ったじゃないですか、オレ結構モテるんですよ?」

「あ、そう……」


 いやあんたがモテるかどうかとか知らんし心底どうでもいいけど、あたしが普通にやりたくないの。要するに大町くんを口説かなきゃいけないってことでしょ? いやいや普通にキモいしメンドくさいから。


「あれ? もしかして自信ないんですか?」

「あ?」


 てめぇ煽ってきてんじゃねーよ、余り皮に瞬間接着剤ぶち込むぞ。


「余ってないですし。大丈夫ですよ、華乃。実は華乃も高校の男子とかから人気あるんですよ?」

「え……っ」

「あなたいっつも不機嫌そうにしてるから近寄りがたいだけで、本当はみんな告ったりしたいみたいですよ。イケメンで有名な野球部のエースとかサッカー部のキャプテンも華乃のこと可愛いって言ってました。めちゃモテですよ? 高一のガキ落とすのなんて朝飯前っす」

「え? え? マ、マジで……?」

「マジっすマジっす! 余裕っす! よっ、魔性の女! 令和のクレオパトラ!」

「…………っ」


 な、なるほど……。まぁ、そういう話ならしょうがない。これもお兄とリコのため……この作戦を採用しよう……大町くんをあたしに惚れさせよう……っ。


「うんうん、ますます面白くなってきたな……! さすが華乃ちゃんと久ちゃん、やることなすことお兄やリコちゃんとそっくりで最高だぞ! 君達のアホい勇姿は私がばっちりこのキャメラに収めてやるからな! 安心して任せてくれ!」

「任せられないから。あたし達がわざわざ声をひそめて会議してんのに何でヤエちゃんがカメラを布団に突っ込んでくんの?」

「ジャーナリズム精神だ」

「野次馬根性でしょ」


 あたしと久吾が顔を向かい合わせているすぐ横でヤエちゃんがずっとビデオカメラを構えていた。うつぶせで久吾の布団に頭を潜り込ませてきていた。当初のお兄達をおだてる作戦を立てている時からである。ずっと無視してきたけどホントうざかった。


「いやまぁ、やらせ会議とかお兄とリコちゃんの年齢の件が出ているようなところはもちろんカットだが、使えそうなところがあれば番組で使おうと思ってな。これも仕事だよ」

「趣味でしょ。てか仕事ってゆーなら他のスタッフ達は?」

「は? 帰したに決まっているだろう。何時だと思っているんだ。今のご時世、ブラック業界とはいえ長時間労働なんてさせられないのだよ。はぁ……まったく。君達ももう高校三年生だろう? いつまでも子どもじゃないのだからもう少し社会のことを勉強するべきだな」

「あ、もうなんか全部めんどくさ。もう普通に全部暴露して帰ろ。お兄とリコがホントはアラサーだってバラして番組ぶち壊しちゃえばそれで終わりじゃん。ヤエちゃんのキャリアも終わりだね」

「道連れにするぞ! 報復してやるからな! 君達だって既にこの悪事に加担しているんだ! こっちの手にはやらせ会議中の動画もあるんだぞ! ネットにバラまいてやる! もちろん君が七つも年の離れた実の兄を弟扱いするという変態プレイをしていることもバレるぞ! というか何ならこの番組とか関係なく昔からの君達の恥ずかしい動画ぐらい私はいくらでも握っているからな! 昔は可愛かったからな! あーあ、君達の高校生活終わりだな! 人生終わりだな!」

「もうヤクザだよこの人……」「華乃、諦めましょ……今さら後戻りできませんって。そもそも報酬の件もありますし、初めから降りるなんて選択肢ないっすよ……」


 そうだ、確かに久吾の言う通り。成功報酬は絶対にほしい。大学に行ってこのド田舎から出るためにもお金は必要だ。親やお兄にあまり迷惑はかけたくない。何ならより多くのボーナスを手に入れるためなら、もっと過激な要求でも聞き入れたっていいくらいかもしれない。


「フフフ、どうだ、よく分かっただろう、私には逆らえないということが。ところで華乃ちゃんと久ちゃんのエロいシーンとかも撮っておきたいのだが、どうだろう?」

「どうだろうじゃねーよ、どうやって使うんだよそんな動画。完全にヤエちゃんの趣味っしょ」

「てへっ☆」


 ペロッと舌を出すディレクターを、久吾と協力して布団の外へと力尽くで押し出す。カメラだけがあたし達の目の前にポツンと残されていた。何だその執念。

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