第10話 体育館でお泊り

「どうしよう、リコ。ドキドキしちゃってまともに澄香の顔見られねーんだが。会話できねーんだが」

「わたしもよ、お兄……天志くんが近くにいるとキュンキュンしちゃって平静を保てなくなってしまうの……っ、頭が爆発しちゃいそうなの……!」


 両手で顔を覆うも真っ赤な頬が隠しきれていないリコ。分かる。分かるぞお前の気持ちが。全身の血が沸き立つような高揚感と、そんな興奮にすら水を差してしまう不安感。これが恋ってやつなんだよな。

 そしてそんな気持ちを理解できるのに、そんな気持ちをどうすればいいのかは俺もリコも全く分からないのだ。


「血が沸き立ってるのは股間だけっしょ、このキモロリコン。性欲と恋愛感情の区別もつかないケダモノ」

「だから違ーって! 華乃、何でお前はそう短絡的なんだ! 姉貴だからって俺をいつまでも分別のないガキみたいな扱いしないでくれ! 澄香に対してそういう淫らな感情なんて一切ねーからな、俺は!?」

「そうよ、華乃! お兄の純粋な恋心を茶化さないで! あなたそれでもお兄のお姉ちゃんなの!?」

「お姉ちゃんじゃねーよ。てか何なら妹も今すぐやめたい気分だけど」


 相変わらず俺達に対する軽蔑を隠す気もない華乃。まぁいい。もうこいつなんかに何を言われようが関係ねぇ。


「てかお兄もリコっちゃんも声でけーっすよ……外に美麻さんや大町くんいるんですよ? とりあえずさっさと布団出しちゃいましょ。……華乃も、話はそれからしましょうよ」


 久吾が布団を抱えながら、素っ気なく言う。まぁ確かにその通りだ。本来そういう指示はディレクターが出すべきだと思うのだが、こいつはずっとビデオカメラ片手に俺とリコが罵倒される姿を鼻息荒く撮り続けているだけだ。仕事しろ。


 時刻は午後十時。俺達四人は体育倉庫の奥から就寝用の布団を運び出していた。この番組用にヤエが用意しておいたものらしい。


 午前中の俺とリコのガチ恋騒動から半日。いろんなことがあった。いろんなことがあったのに何もできなかった。

 お昼ご飯の準備と昼食イベント、自習時間に勉強の教え合い(中卒の俺とリコには生物の内容しか分からなかった)、体育と称したゴムボール野球大会、夜のバーベキュー、食後の雑談タイムにミニゲーム大会、プールのシャワーを入浴代わりに使って、やっと就寝準備だ。

 その間、俺は何度も澄香に話しかけようとして、いざ澄香を目の前にするとゴニョゴニョと口ごもってしまい、すぐにリコの背中に隠れてしまうという醜態を繰り返した。また、澄香の方からも何度もコミュニケーションを取ろうとしてもらったにもかかわらず、その度に彼女のあまりの可憐さに目が回ってしまい、リコの背中に退避してしまった。

 リコも大町くんと接近する度に顔を真っ赤にして逃げ出し、俺の背中にしがみついてきた。頭からガチで湯気を出している人間を初めて見た。


 そんな俺達の姿を華乃と久吾はあからさまに見下してきた。特に華乃。まぁ見下すだけならいい。どうでもいい。そんな奴らの視線なんて気にしねぇ。でも、華乃は妨害をしてきた。さり気なく俺と澄香の間に入って邪魔してきたり、隙あらば澄香との関係を諦めるよう耳打ちや目線で注意してきたりと、俺達の関係に干渉してきた。

 許せねぇ……今まで俺やリコになんて何の興味もなかったくせに、俺達が幸せを掴もうとした途端に今度は引きずり降ろそうとしてくるなんて。なんて酷ぇ奴らなんだ。


 そしてこいつらの俺達に対する仕打ちが酷ければ酷いほど、澄香達の温かさが心にしみるのだ。

 この想いを絶対に実らせたい。澄香を手放したくない。そのためにも怖気づいてる暇はない。ガキじゃねーんだから積極的に行かねぇと!


「まぁでももう俺と澄香もリコと大町くんも両想いだってことは分かってんだし焦らなくてもいいよなぁ……」

「そうよねっ! 天志くんも私のこと可愛いお姫様って言ってくれているんだもの……何も焦らなくたってゆっくりと……」


 俺の独り言めいた呟きにリコが同意を示してくれる。さすがリコ、恋愛のことをよく分かっている。これは別にビビっているとかではなく、大人の余裕なんだ。そしてたぶん大町くんはお姫様とは言っていない。


「うーむ、お兄もリコちゃんも、しっかりプロセスを踏んでくれるのは構わないのだが、撮影最終日までにはちゃんと告白してくれよな? 付き合ってくれよ? なぁなぁで終わらせるのはNGだ。絶対にカップル成立まで撮らせてもらうからな」

「はぁ? バカ言わないでよヤエちゃん。お兄やリコが高校生と付き合うとか……そんなことしたらいよいよ取り返しつかなくなっちゃうじゃん!」


 俺達を逃がそうとしてくれないヤエと、俺達の行く手を阻もうとする華乃。うーん、どっちも厄介だ……。


「まぁ待ってください、華乃。ここは一旦落ち着きましょうよ」

「なに呑気なこと言ってんの久吾!? このままじゃ身内から犯罪者が出るんだかんね!?」

「ちゃんと考えがありますから……」


 溜め込んでいたものを吐き出すようにヒートアップしていく華乃を久吾がたしなめていたその時、


「あのー、やっぱり私達もお手伝い致しましょうか……?」


 長袖短パンのジャージを着た澄香が(あと大町くんも)、遠慮気味に倉庫を覗き込んできた。

 ジャージは六人全員お揃いのものだ。つまり俺と澄香もお揃いだ。高校指定っぽいものを番組で作ったらしい。ディレクター有能。澄香の袖が余り気味なのがとても可憐だ。ディレクター超有能。

 よし、ここは面と向かってちゃんとその着こなしを褒めよう。


「す、すす澄香……そのっ、ジャッ、ジャージー……きゃわ……っ」

「え? 何ですか、お兄さん。ジャージー? 牛?」


 ほんの少し噛んでしまった。決して緊張でどもってしまったわけではない。


「きもっ」


 お姉ちゃんが何か言っているが何も聞こえなかったことにした。うん、俺はキモくない。これは純粋で尊い恋心だから!

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