第6話 ひみつきち

「君達もっと言動や表情に気を付けてくれないと困るよ。お兄とリコちゃんがアラサーであることをバレないようにするのは当然として、青春胸キュン感も高めなければぶぼっ! だから何で突然ビンタなんてするんだい、リコちゃん!?」

「反射よ」


 頬を抑えて膝をつくヤエと、それを冷たい目で見下ろすリコ。幼なじみメンバー五人しかいないのをいいことにやりたい放題である。


 自己紹介大会を終えて数分。(数年ぶりに聞いたリコの海老沼えびぬま紫子ゆかりこという本名に幼なじみ全員で噴き出してしまった。久吾が必死にひねり出した「優しい人」という好きなタイプが童貞っぽかった。)


 転校生二人とスタッフ達は雑務のために出払っている。二人が現場に到着するや否やバタバタと撮影が始まってしまったため、荷ほどきなどの作業が済んでいなかったようだ。というか、ヤエがわざとそういう状況にしたらしい。全てはこの、幼なじみ五人だけで集まる時間を作るために。相変わらず汚いことだけには頭が回る……。


「にしても久々ですねー、ここ入るのも。さすがにここにはオレもノスタルジー感じますわ」

「ね。それに関してはあたしも分かる。ホント昔のまんまだし」


 体操マットで足を伸ばしてリラックスする久吾と華乃。

 ヤエに連れてこられて、俺達は体育館の倉庫の中にいた。小中時代、いつも放課後に幼なじみで集まってダラダラしていた懐かしの秘密基地のような場所である。小窓はついているが薄暗く、面積自体はそこそこあるが多くの用具が詰め込まれているので広さは全く感じられない。大人が五人も入れば窮屈なぐらいだ。


「でもマジでいいのか、ヤエ。俺達こんなあけすけに話しちまってて。ここにもカメラたくさん設置されてるじゃねーか。お前しか動画チェックしねーもんなのか?」

「ああ、この倉庫の中のカメラは全部ダミーにしておいたのだよ。ここは我々の作戦会議室にしようと思ってな。やらせの打ち合わせが必要な時はここを使ってくれ」


 なるほど。ホント自分の野望のためには抜け目ねー奴だな……。


「で、どうすんだよ、この後は。俺達にそこんとこの指示を出すために集めたんだろ?」

「うむ。さすが私の忠実な下僕だな、お兄。この後は転校生への学校案内イベントをしてほしい。本物の転校生っぽくて青春の匂ひがするだろう?」

「はぁ。案内『イベント』ねぇ……イベントって呼べるもんにはならねー気がすんだが……」

「かなり事務的な感じになってしまいそうよね……。わたし達にそういうのを求められても難しいわ」


 リコも顎に手を当て、顔を曇らせる。


「もちろんそこは考えてある。有能ディレクターの私が、能力の乏しいお兄やリコちゃんに丸投げなんてするわけないだろう。というか単に学校案内をしてもらう程度の指示ならこんなところでコソコソせずに、番組が用意した企画として現場で堂々とやるさ。そんなのはルールの範疇であって、やらせでも何でもない。常識的に考えてくれたまえ。二人ともいい加減いい大人だろう?」

「あなたに今高校生やらされてんのよ……それじゃあ、具体的にどうしろって言うの?」

「うむ、二班に分かれてもらう。美麻澄香を案内するグループと大町天志を案内するグループにな。その班分けをどうするか、カメラで前で話し合うのさ。複雑な人間模様を垣間見せてほしい。本来ならこんなこと言われなくても分かっていてほしいのだが、恋愛リアリティショーにおいて、三角関係はマストだからな。理想としては、今回のイベントで転校生も含めたメンバー内の三角関係をほのめかせておきたいな。そのための打ち合わせを今しようという話だよ」


 そういうことか。

 例えば美麻さんを気になってる男子がいたら美麻さんと同じグループになりたがるし、そんな男子に実は複雑な感情を抱いていた幼なじみの女子が、そんなグループ分けを拒むかもしんねーし……みたいな恋愛チックなシーンを作り出そうってわけか。確かにアドリブでできる気はしねーな……。

 それじゃあまぁ、とりあえずはあれだな、


「久吾、華乃。転校生二人の印象はどうだったよ? 俺はお前らにとって悪くねー相手だと思ったんだが」

「いやお兄よ、そういう話こそカメラの前でやってほしいのだが。相変わらずアホだな」

「るせーな、分かってるよチープディレクター。別にカメラの前でもやっけどよ……」

「チーフディレクターだ」


 芝居のための打ち合わせでもあるが、もしもこいつらが本気で彼らに好意を持っているなら、演技抜きで応援してーからな。リコも同じ気持ちのはずだ。


「は? 転校生とかどうも思わないっすねオレは。てかですねお兄、」「うん、あたしもどうでもいいしその質問の意味がよく分かんない。てかお兄さぁ……」


 久吾と華乃が顔を見合わせてため息をつく。は? なに?


「あのね、お兄。澄香さん、あなたに惚れているわよ」

「は? リコ、お前まで何言ってんだ?」


 美麻さんが俺に惚れてるだって? いやいや、ありえねぇだろ。


「はぁ……わたしだってそう思うわよ。今日あったばかりの人間を好きになるなんて、わたしにはない感覚だわ」

「いやそれもそうだが、そこじゃなくてだな。俺、二十五だぞ? 高一の子から見たらおっさんだろ。普通に考えてありえん」

「いやだから今あなた高校二年生じゃない……」


 そうだった。いや、だけどよ、え? いやいや、ねーって。おかしいだろ、普通に。だって俺だぞ?

 まったく、何言ってやがんだよ、リコは。なぁ? そう思うだろ、久吾、華乃。


「いやそんな目で見られましても……。オレでも分かったぐらいだから間違いないと思いますけどね」

「あたしらだってこんなキモいこと言いたくないから。事実だからしょうがなく言ってやってんの。いやホント何であの一瞬でキモお兄なんかに惚れたのか全然わかんないけど」

「――お、おいおいおい、マジかよ……!?」


 信じらんねぇ……いや、ていうか実際そうだろ。どう考えても勘違いしてんのはリコ達の方だ。年齢だとか抜きにしたって、俺なんかを、しかもあんなに輝いている子が恋愛対象として見るなんて起こり得るはずがない。


「――お、おいおいおい、マジなのかい……!? 美麻澄香がお兄にガチ恋だと……!? これは面白くなってきたな……! これは面白くなってきたな……!! これは面白くなってきたな!!」

「なに興奮してんだヤエ……。お前にとっては残念だろうが、普通にねーからな。こいつらの早とちりだ。だいたいよ、ここには久吾もいるんだぜ? 確かに恋愛願望自体は美麻さんも持ってるみてーだったけど、そんなら見た目も良くて将来性溢れてる久吾を選ぶだろ。てかもう既に惚れてんじゃねーのか? うん、そうだろ。そんな恋する乙女の眼差しを、俺に向けたものだとお前らが見誤ったんだろ。久吾だけじゃなく華乃だってそうだぞ。覚悟しとけよ、お前も。大町くんだって近いうちにお前に惚れるぞ。見た目も中身も良いからな、お前は。な、リコ?」

「まぁ、その点については同意ね。久吾と華乃の魅力にあの子達が惹かれるというのはとても自然な話だと思うわ」


 俺の考えにリコも素直に頷くが、


「ああ、そっすか」「はいはい、軽いんだよねぇ、あんたらの言葉は」


 当の二人には素っ気なく流されてしまう。ホント俺らに対する信用とか信頼とかねぇよなこいつら……別にいいけどな、いつものことだし。


「まぁそういうわけだから、美麻さんが俺をどうとかいう仮定はナシだ。それは忘れて話を進めるぞ」

「何を言っているの、ダメよお兄。早いうちにちゃんと拒絶しておきなさい」

「はぁ? 何言ってのはこっちだセリフだ、リコ」

「気を持たせてもあの子のためにならないでしょう。必要以上に傷つけることになってしまうわ。幻想にのめり込む前にきっぱりと振ってあげるのが大人としての責務よ」


 いや、それはその通りだよ、一ミリも間違ってねーよ――あの子が俺に惚れてるってのが本当だとしたらな。


「ちょっと待ってくれ、リコちゃん。早いうちに振ってしまうだと? それはダメだ、やめてくれ。引っ張ってくれないと困る。まだ一日目だぞ? これから美麻澄香とお兄のドキドキシーンがたくさん撮れるはずだし、クライマックスまでの道のりも必要だ。失恋シーンを作るにしたって、しっかり起承転結をつけてくれないと盛り上がらないだろう」

「あなたねぇ、ヤエ。テレビマンである以前に一人の大人でしょう? 繊細な少女の心を弄んでどうするのよ。逆に、早急かつ誠実に振ってあげれば、未来の糧になるような価値のある経験にしてあげられるはずだわ」

「おいおいお前ら、何ちゅうテーマで討論してんだよ……そもそも前提がおかしいんだっての……」


 何度だって言ってやる。美麻さんが俺を好きになるだなんて、天地がひっくり返っても――


「あのー……すみません……もしかしてお邪魔でしたでしょうか……? 何回かノックはしたのですが……」


 薄暗い体育倉庫に光が差し込む。引き戸を開き、艶やかな二つ結びを揺らして覗き込んできたのは、


「み、美麻さん……っ。どうしたんだ? 荷ほどきは終わったのか?」

「はい、もうとっくに。スタッフさん達も皆さんのこと探してますよ?」

「マジか……」


 おい、チーフディレクター。ベタに目ぇ逸らしてんじゃねーよ、口笛吹けてねーし。お前まだまだ大丈夫だとかドヤ顔で抜かしてたよな? 怪しまれたらどうすんだ。


「うむ! では四人とも、休憩は終了だ! まったく、君達はすぐに休みたがるのだから……だらしがないな! 教室に戻って撮影を再開するぞ!」


 全てを人のせいにしてこの場を乗り切ろうとするヤエだったが、


「あ、待ってくださいっ! あの……お兄さん」

「ん? どうした美麻さん」


 美麻さんは端から何の疑いも持っていなかったのか、ヤエをスルーして俺のもとまでタタタと走り寄ってきた。


「あの、その……」

 俺の袖をちょこんとつまみ、俯きがちに数秒もじもじした後、覚悟を決めたように顔を上げ、

「もしご迷惑でなければ、校舎を案内していただけないでしょうか!?」


 真っすぐとした目で見上げられて、思わず後ずさりしてしまいそうになる。すごい圧だ……。


「あ、ああ。それな、ちょうどこの後みんなで美麻さんや大町くんを案内しようかと思ってたとこなんだよ。で、二手に分かれて、」

「二人きりがいいです! 私はお兄さんに案内してもらいたいんです!」

「ええー……」


 両手で両手をぎゅっと握りこまれて、力強く懇願されてしまう。真っ赤な顔で、そのつぶらな瞳をうるうるとさせて――そんな風にされたら、さすがの俺だって認めざるを得ねぇよ。


「ほら、言ったじゃない」


 呆れたようにリコが呟く。ああ、ホントだな。正しいのはお前らだった。

 天地、三回転ぐらいしたな、こりゃ。


「ひゅーっ」と、口笛を吹けないので思いっきり口で言ってるチーフディレクターを殴りたい。

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