第5話 僕の中の常識だと、姉が弟をお兄と呼ぶのはとても不思議なんだけど……

「じゃ、前列窓側の華乃から時計回りでいいな。よし、いけ華乃。転校生の二人に自己紹介な」

「えー、てか何でそんなノリノリなの、お兄……まぁいいや」

 華乃は横向きになって、後ろの久吾の机に右肘で頬杖をつきながら、

「えーと、鈴木華乃、三年。久吾とリコとは幼なじみでお兄は弟。ま、そんな感じ。二人ともタメ語でいいよ」

「「え」」


 不思議そうにポカンとする転校生二人。ん、どうした? まだ緊張してんのか? まぁいいや、次は右隣の席の俺だな。

 俺は背もたれが正面になるよう座り直して、五人と向き合い、


「鈴木じょう。二年だ」


 俺が名乗ると、久吾はニヤニヤとし、リコは笑いを堪えるように頬を膨らませて目を逸らす。は? 何で本名言っただけで笑われなきゃなんねぇの? めちゃくちゃありふれた名前なんだが。ちなみにディレクターは思いっきり噴き出していた。無能。


「まぁ確かに丈なんて呼んでくる奴いねーんだけどな。みんなお兄って呼んでくんだよ。二人も気楽にそう呼んでくれ。あ、ちなみにさっきの華乃の弟な」

「え、お兄キモ……初対面の高校一年生達に自分のこと『お兄』って呼ばせようとしてるとかめっちゃヤバい奴じゃん……姉として謝りたい、全人類に」


 華乃が余計な口を挟んでくる。るせーな、元々お前がこんな呼び方してっからだろ……。


「……まぁ、呼びづらければ名前呼びでもいいし、あとは『先輩』とかか。まぁ適当に。ホント俺達相手に敬語とかもいらねーし」

「「え、え、え?」」

「どうしたんだ、美麻さんに大町くん。さっきから何か妙に戸惑ってるみてーだけど」


 目を丸くしてキョロキョロしている転校生二人に問いかける。マジでどうしたんだ。


「あ、いやちょっと変だなと思って。僕の中の常識だと、姉が弟をお兄と呼ぶのはとても不思議なんだけど……あれ? 華乃先輩が姉で、お兄先輩が弟ってことで間違いないんだよね?」

「あ」


 と声に出してしまったのは俺だけだったが、華乃・リコ・久吾もやっちまった感丸出しの顔をしている。ディレクターは「何やってんだバカ」みたいな顔で俺を睨んでいる。いや元はといえばお前が作った設定のせいだろ。

 しかし、確かにそれは大町くん達からすれば当然の疑問だろう。正直そこら辺を全然詰めてなかった。そりゃ意味わからんよな、姉が弟をお兄って呼んでるとか……。

 うーん、やべ、どうしよ、全然言い訳出てこねぇ……。


「あれよね、お兄。ほら、さらに下に弟がいるから……」

「あ、そうそう、そうなんだよ」

 リコからの咄嗟の助け舟で思いついた。

「俺の下にもう一人弟がいてな、弟が俺をお兄って呼んでくるせいで、親とか姉の華乃とかまでそう呼ぶようになっちまったんだよ。んで、いつの間にか幼なじみ達にまで移っちまったってわけだ。な、そんなに珍しい話でもねーだろ?」


 本当は一歳七か月の華乃がお兄と呼び出したのがみんなに移ったのが原因なんだが。事実をアレンジした嘘なので割と真実味があるんじゃないだろうか。


「なるほど……そう言われてみれば確かに僕も妹がいるからか、母親にお兄ちゃんって呼ばれること結構あるなぁ。それと同じようなことなのかもね」

「お姉さんを呼び捨て出来る関係も素敵ですね。私は一人っ子なので……華乃さん達のような姉弟はとても憧れます」


 二人とも納得してくれたようだ。うんうん、よかった。ディレクターは「まったく、しっかりしてくれよ……」的な呆れ顔でため息をついている。うん、殴りたい。


「まぁ俺からは以上だ。じゃあ時計回りで次は美麻さん。改めて自己紹介よろしく」

「あ、は、はいっ……えと、改めまして、東京から転校して参りました、美麻澄香と申します。え、えーと……」


 俺の右隣、廊下側の席。イスごと身体を俺達五人に向け、美麻さんが背筋をピシッと伸ばして話し始める。が、その声は微かに震えている。表情も固く、緊張がひしひしと伝わってきてしまう。

 何ていうか……いいなぁ……ウブいなぁ……なるほど、わかってきたぞ、こういう擦れてないのが青春というか、若者らしさなんだな。

 よし、当初の指針通り、俺は裏方としてこの子らをサポートしよう。


「まぁまぁ力抜けよ、美麻さん。リラックスリラックス。せっかく綺麗で素敵な笑顔を持ってるのにもったいねーぞ? 笑って笑って」

「――」


 肩をポンポンと叩いてやると、美麻さんは目を見開いて二、三秒俺の顔を見つめた後、


「は、はい! ありがとうございますっ」


 少し変わった反応だったが、効果はあったようだ。声音が明るくなった。それにしても澄んだ声をしている。


「お兄そういうのやめときな。普通にセクハラっしょ。リコとかあたし相手にしてんじゃないんだから触ったりすんなっての。美麻さんもちゃんと拒否りなよ? 本人に言いづらかったらあたしにでもいいし。そん時は姉として殴っておくから」


 そん時はとか言いながら今まさに脇腹にめちゃくちゃ痛いパンチ入れてきてるのはどうかと思うが、内容は正しいのかもしれない。悪いことをしてしまった……。


「いえ、全然そんなことありませんよ! 全く嫌なんかじゃありませんでした! あ、でも……少し驚かされてはしまいましたので……お、お兄……さん? うん、お兄さんって呼びますねっ! 仕返しです、お兄さんっ、えいっえいっ」


 頬を染めて照れ笑いを浮かべながら美麻さんがぺしぺしと肩を叩いてくる。何だこれ、全然痛くない。ただただ愛らしい。同じ打撃技でもこの違い。本当に弟がいたら結婚させたい。

 あ、てかいるじゃん、弟みたいな奴。いやもうマジで久吾本気で恋愛しちゃえよ、この機会に。華乃よりも絶対いいぞ。俺もちゃんと後押ししてやるしな!


「なぁ、美麻さん。好きな男のタイプはどんな感じだ?」

「え……!?」

「うっわー……またセクハラ。死ね」

「ぐっ……だから何で脇腹殴ってくんだよ!? セクハラじゃねーし! これが普通だろ!?」


 確かに日常生活で初対面の人間に同じ質問をしたらセクハラになんのかもしんねーけど、これは恋愛リアリティショーだ。しかもたった三泊四日の。スピード感が求められてんだよ。こういうのって最初の自己紹介の段階でこういう話するもんだろ!?

 と、思いながらもやっぱり不安なので正面のリコの顔色を確認する。笑顔でグッと親指を立てられた。正解だったらしい。一応ヤエの様子も確認してみる。笑顔でグッと両手の親指を立てられた。カンペ用のスケッチブック落としてた。無能。


「わたしは良いと思うわよ、そういうのも。もちろん嫌だったらちゃんと断っていいのだけれど。とりあえずまずは言い出しっぺのお兄からよね。お兄の好きなタイプは?」

「えー、俺はそういうのあんま言いたくねぇな……」

「拒否権なんてないわよ。さっさと言いなさい」


 え、なにこれパワハラじゃね? まぁいいや、


「俺はそうだな、礼儀正しくて賢くて、且つ、元気もある人が好きだな!」


 まぁこんくらいの方が高校生らしいだろ。あんま具体的過ぎるんも変だもんな。決して俺の恋愛経験が乏しくて具体的に答えられないわけではない。


「そ、そうなんですねっ、礼儀正しくて賢くて、元気がある人……」


 美麻さんが俯きがちに復唱している。改めて自分が吐いたそのフレーズを聞くと恥ずかしいからやめてほしい。


「うわっ、やめて美麻さん、何回聞いてもキモいから、お兄の好きなタイプとか。なんか童貞っぽいし」

「るせーな。てか華乃、お前も言えよ。自己紹介の時言ってねーんだから」

「あたしはお兄みたいじゃない人。できるだけお兄要素が少ない人。お兄から一番遠く離れた生物」


 あっそ、じゃあメスのグッピーとかと結婚したら?


「……やっぱり皆さん仲が良いですね……羨ましいです、幼なじみとか姉弟って……」

「いや別に全然仲良くはねーけど」

「えー、華乃さんもお兄さんも照れているのではないですか? なんて、うふふ。……でも、だから、そうですね、私が好きなタイプは気を使い合うことなく、楽しく過ごせる人だと思います。って、抽象的過ぎましたよねっ、すみません……」

「いやいやそんなもんだって。まだ十五、六だろ?」


 その歳で「年収いくら以上で~」とか言われたら怖いわ。


「そう、ですかね……あっ、そうだ、元気に……」

 美麻さんは頬を染めながら、勇気を振り絞るように机の下でぎゅっと拳を握りしめ(見えちゃってるのが微笑ましい)、

「あとっ、正直な男の人が好きですね! これは絶対ですね!」

「なるほど! いいな! 正直な人が好きってことは美麻さん自身も正直ってことだ! たぶん! てか元気がよくていいな!」


 ポンと美麻さんの背中を叩いてやる。いい感じだ。久吾も割と正直な男だしな! お互いオススメだぞ!


「は? 何でお兄オレのこと見てんですか? てかこの会話普通にキチーんすけど。お兄や華乃の好みのタイプとか一昨日の南極の天気より興味ないんすけど。ダゾーンでメジャー中継見てていいっすか?」


 ほらな、めっちゃ正直だろ? ダゾーンとか言うな。競合他社の配信番組だからな今お前が出てんの。


「あはは、じゃあ次は僕だよね。改めまして、高校一年、大町天志です。好きなタイプは面白い子かな。あと黒髪のストレートが好きかなぁ。長くもなく、短くもなくぐらいで。てか、あ、本当にタメ口でいいんだよね……?」


 美麻さんの後ろの席に座る大町君。柔和な口調、爽やかな笑顔から、人当たりの良さが伝わってくる。


「おう。もちろん」「別にそんなのどうでもいいし」「わたし達自身そういうの慣れていないものね」「あ、オレの丁寧語は昔からの癖なんで気にしないでいいすっよー。親にもこれですし」「私ももちろん構いません」


 俺・華乃・リコ・久吾・美麻さんの順でその意思を伝える。久吾はスマホをディレクターにさっと取り上げられていた。


「よかったー……やっぱりそっちのが打ち解けやすいかなーと思うし。みんな幼なじみで関係が出来上がってる中に入っていくのは不安だったんだよね」


 なるほど。確かにそうかもしれないな。これが番組ではなく実際の田舎への転校だったとしてもそうだろう。無駄に凝り固まったコミュニティに新しく入っていくのは大変だ。

 だからこそショーにしてしまえば見応えがあるのだろう。

 ヤエの奴、こういう性格の悪い発想だけは優れたもんを持ってやがるからな。そしていつもそれに巻き込まれる俺達。ホント無駄なコミュニティだ。


「そういえばディレクターさんから聞いたのですが、皆さんは小中で実際にこの校舎に通っていたとか。あ、こういう裏事情を言ってはまずかったのでしょうか……? 高校の校舎という設定ですもんね……」


 ハッと口を押さえる美麻さん。いちいち仕草に品があって、外見の幼さとのギャップがすごい。


「いや別にいいだろ、そんくらい。事実だしな。同年代の子どもは俺達四人と、まぁちょっと離れてっけどそこのディレクターしかいなくてな、教室も基本全員まとめてここだったよ。実質、九学年一クラス」


 隠す必要ないとこまで無理して秘密にしてっと、却ってボロが出やすくなるしな。最悪、テレビ的にまずかったとしても、カットしてもらえばいいだけだし。


「へー。じゃあここが思い出の地なんだ。いいなぁ、そういうの。幼なじみグループとか憧れるなぁ」


 しみじみと言う大町くんに美麻さんがコクコクと頷く。そんないいもんじゃねーんだけどな……。


「幼なじみ同士で付き合ってる人とかはいないのかな?」

「はぁ? ないない。あたしらがそういう関係になるとかマジきもすぎてムリだから」「想像したくもないっすねー。てか華乃スマホ貸してください。速報だけでも見せてください」


 大町くんからの質問をめちゃくちゃダルそうにいなす華乃と久吾。はぁ、まぁでもそんな感じだよな、やっぱ。お互い全く異性として認識してないだろ、こいつらは。この二人の仲をどうこうってのは、やっぱねーと思うな。


「えー、そんなもんなんだ。え、じゃあ皆さん、恋人とかは? ちなみに僕はもう三か月もいなくて」


 は? もう三か月? もうってなに? 「もう三か月も恋人いない」なんて矛盾しまくった表現アリなの? これが近ごろの若者の日本語力の低下か……嘆かわしい。頭痛が痛い。


「んー? 今はあたしは今はいないけど今は。ちなみに久吾は童貞」

「は? 何で言い切れんですか? 華乃はオレの交友関係全て把握してんですか? 朝から晩までオレの生活観察でもしてんですか? してないですよね? オレ実は女子からめっちゃ人気あるらしいんですけど? 友達のいない華乃は知らないんでしょうけど」

「やめなさい久吾。あまり必死になると童貞がバレるわよ。ていうか華乃もめちゃくちゃド処女よね。『今は』三回言ったらそれはもう『今まで』と同義よ。あ、ちなみに今はわたしは今はいないわ。二回までならセーフ」


 思春期にとってはセンシティブな話題だったようで、今度ばかりは華乃も久吾も上手く流せなかったようだ。リコはいつまで思春期なんですかね……。てか何だその謎理論。


「まぁ俺も今はいねーけど。今はな。それにしてもあれだな、大町くんは結構グイグイ来るな」

「え、そうかな。あはは、そう言われちゃうと恥ずかしいんだけど……でも僕本気で来てるから。本気で青春して本気で恋する覚悟がなきゃ、参加なんてしないよ。逆にそうじゃなきゃみんなにも失礼だと思うし」

「お、おおう……」


 柔らかくもしっかりと意志を感じられる口調に思わず唸らされてしまう。青春とか恋とか臆面もなく口に出して、それが全く寒くならないのがさすが高校生といったところか……いや、臆面なんてないからこそ、心に響いてくるのかもしれない。


「私も……です。私もお恥ずかしながら男女交際はしたことがなくて……でも今回は勇気を出してここに飛び込ませていただきました。青春……恋……したいです。ううん、します。出来ると、思います……! だから皆さんにも私達と本気で向き合ってもらいたいです!」


 頬を染めながらも、顔を上げて真っ直ぐと言い切る美麻さん。これには俺とリコもつい目を丸くして顔を見合わせてしまう。

 はぁ……何ていうか……若さってすげーな……。

 ともかく、こうやって意欲に溢れてくれているのはありがたい。応援しがいがある。この二人がここまでの思いを持っていてくれるなら、華乃と久吾の心にも本当に何か変化が生まれるかもしれない。

 とにかく、若者がやる気を見せている以上、大人二人でしっかりサポートしてやらなくちゃな。


 この状況にディレクターがドヤ顔でご満悦なのだけはクッソ腹立つけど。

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