第4話 東京からの転校生
「では、そろそろ撮影を始めようか。あとはいつもの四人の通り、自由に過ごしてくれ。私達は君達、高校生の等身大の姿を捉えたいだけだからな!」
ヤエのそんな言葉と共にヌルッと番組本番がスタートしてしまった。正式な掛け声がないのは、これがドラマではなく、台本のないリアリティショーだという演出なのだろう――他の撮影スタッフ達に向けての。
番組への参加を正式に受け入れてから十数分後。俺達四人は先ほどまでと同じ教室で、それぞれの席に着いていた。
場所自体は俺達が九年間学んだ懐かしの教室なのだが、机とイスは新品かつ高校生用の大きめのものだ。壁も床も窓も綺麗になっているし、掲示物なども高校っぽいものになっていて、雰囲気は昔と結構変わっている。てか高校に通ったことがないので高校っぽい雰囲気とかよく分からんのだが、まぁドラマとかで見る高校のセットは大体こんな感じだ。でも匂いとか窓からの眺めとかは変わんないわぁ……懐かしい。
そして俺達を取り囲む撮影スタッフ達――と言ってもたった数人だ。
ヤエの話によると人員は必要最低限に絞っているらしい。校舎中に仕込んだ膨大な数のカメラによる撮影がメインになるようだ。実際この教室にも大量のカメラが堂々と設置されている。俺達出演者には特に隠すつもりもないのだろう。まぁたぶんすぐに慣れて、気にもならなくなるだろうしな。
要するに、できるだけ番組収録っぽくない、本物の高校生活然とした環境が作られているわけだ。
しかし、少数とは言え、この番組の秘密を知らないスタッフがすぐそこにいるのも事実だ。この学生服を着た四人のうちの半分がまさかアラサーだなんて彼らは思いもしないだろう。
俺達は彼らを、そしてこれから来る転校生を、何よりも視聴者を、欺き続けなけらばならないのだ。うーん、気が重い……。
とりあえずは事前の指示通り、転校生の登場までは四人で雑談しておこう。自然に、幼なじみっぽくという注文だった。幼なじみっぽくってなに? まぁ幼なじみっぽくも何も、俺達は実際に幼なじみなんだから普通に話しときゃいいってことか。
「そういやリコ。三橋さんちの田植えの件どうすんだ、あうっ!?」
振り向いて後ろの席のリコに話しかけたところ、まさかの脛キックが返ってきた。無駄に器用な奴……。
「え? 田植え? お兄、三橋さんのところに手伝いに行くの? 偉いわね」
言葉とは裏腹の剣呑な目。あ、そうか。幼なじみっぽく以前に、高校生っぽくしねーと……仕事やご近所付き合いの話してどうすんだ。華乃と久吾も「あ、そっか」って顔をしている。今気付いたみたいだ。
「気楽でいいっすねー、二年生は。でもオレ達みたいに三年になってから焦らないように今からちゃんと勉強しといた方がいいっすよー? ねぇ、華乃。あなたも弟のこと心配ですよねー」
リコの左隣、窓側の席で久吾が頬杖をつきながら言うと、
「は? きも。あんた何言って――あ、弟。そだね。お兄、あんたもお姉ちゃんみたいにちゃんと家で勉強しなよ? あんた暇なときはシコって寝てシコって寝ての繰り返しなんだから。まぁ思春期の男の子だし仕方ないのかもしんないけど」
誰がお姉ちゃんだ。あ、お前か。左隣の席で気だるげに突っ伏していたお姉ちゃんこと華乃が、指でつんつんとつついてくる。お姉ちゃん、そんな感じでいくつもりなん?
「でもお兄って二十五ぐらいになっても毎日何回もシコってそうよね。農家のくせに何か海っぽい匂いがするし」
「お前海行ったことねーだろ」
リコお前二十五歳とかいうワード出してんじゃねーよ。高校生っぽい会話はどーしたんだ。俺をバカにしたいがためにあっさり方針を転換してんじゃねーよ。
まぁでも、これはこれで高校生の幼なじみっぽい気安さが出てたりすんのかな。まぁ少なくともアウトなやり取りではないだろう――と思ったが、ディレクターが眉間にしわを寄せてカンペを出していた。
――もっと爽やかキュンキュン青春な感じで! 「シコる」禁止!
だそうだ。
リアリティショーである以上、カンペ出しなどもできるだけナシで行きたいのか、俺達がチラ見しただけで、他のスタッフには読まれないよう、ささっとしまっている。こんだけのやらせを仕込んでおいて、職場では徹底的にクリーンなイメージでいたいんだな……。
「どうするのよ、お兄。シコる話禁止されたらあなたに関する話題なんてなくなってしまうじゃない……っ」
本気で焦った様子でコソコソと耳打ちしてくるリコ。あ、こいつ想像以上に役立たねぇ。
こうなったら俺がもっと頑張らなきゃならんか……と思っていると、コンコンというノックの後、教室の扉が控えめに開いた。
色素の薄い小さな顔がひょこっとこちらをのぞき込み、
「おはようございまーす……あ、その、転校生です。お邪魔しても宜しいでしょうか……?」
「あ、どうぞどうぞ」
「では、失礼致します」
慌てて促すと、その女の子は、慎ましくも温かみのある照れ笑いを浮かべて歩を進め、俺達の前で足を止める。所作の一つ一つが何とも奥ゆかしく、学生服をまとった貴婦人が入ってきたのではないかと思わされたが、小柄な体躯とあどけなさの残る顔つきはやはり学生のものだ。胸に掛かる黒い二つ結びがよく似合っている。
「初めまして。東京都の中野という所から参りました、一年生の
深々としたお辞儀一つとっても、上品でありながら全く鼻につくようなものもなく、思わず見とれてしまう程だ。実際四人とも、拍手をして「よろしくー」と返すまでに数秒を要してしまった。
いやー何かすげーいい子が入ってきちゃったな……これは久吾の奴、割と本気で惚れちゃうとかあるんじゃねーか?
と思い、久吾の様子を確認すると、「はー」と口をぽっかり開けて感心しているようではあったが、一目惚れしてるような感じでもない。まぁこいつ年下好きって感じでもねーしな。
「あ、すみませーん。僕もいるんだけど……あはは」
いつの間にか近くに佇んでいた痩身の少年。ふわくしゅパーマのかかった茶髪で、かわいい系のイケメンだ。フランクかつ柔らかな雰囲気を感じられるこの子もまぁ間違いなく、
「あはは、初めまして。高校一年、
この子はこの子でめちゃくちゃオシャレで、この村には絶対いないタイプの人間だ。同じ学ランを着ているのに、大人の俺や高三の久吾より洗練されているように見える。
これにはさすがの華乃も……とかそんなことはもちろんなく、「ふーん、恋愛リアリティショーとか出てそう」とか身も蓋もない感想を漏らしているだけで、それほど興味はなさそうだ。
「それじゃあとりあえず、みんなで自己紹介をしましょうかしらね」
そして、六つしかない席がやっと埋まった教室で、リコが意気揚々と場を回し始めた。あーこいつのまとめたがりなとこが出てきた。
まぁ俺達が大人としてサポートしていくって目的には合致してるか。俺も協力しよう。
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