第3話 兄の姉になる妹

「よく来てくれたな、二人とも! うーん、いいなぁ、久ちゃんの学ランといい華乃かのちゃんのブレザーといい、とてもよく似合っているぞ! どこかの二人とは大違いだな!」

「ヤエっちゃん、テンション高いっすね……大和撫子モードの方が好きですよオレ……」


 ヤエに肩をポンポンと叩かれて、久吾がその整った顔をわずかに歪める。


「うわーてかリコとお揃いの制服じゃん。これわざわざオリジナルのやつ作ったの?」


 華乃も呆れ顔を浮かべながらミニスカートの裾を指でヒラヒラする。その度に透き通るような肌の太ももがチラチラして何とも微妙な気分にさせられるのでやめてほしい。ホント成長した妹のそういうの見たくない。


「ああ、実在の高校のものを着るといろいろ面倒くさいからな。学校も制服も架空のものだというコンセンサスは視聴者との間にも自然に得られるさ。リアリティショーで重要なのは出演者達の関係が本物であること、それだけだ!」

「いやそれをヤエちゃんの指示通りやらされるんでしょ、あたし達。全然本物じゃないじゃん」

「なに、ちょっとした指示を出すだけさ。それに大事なのは関係性だと言っているだろう? 君達四人が幼なじみだというのは紛れもない事実ではないか!」

「いや、そだけど。確かに幼なじみってやつなんだろけどさぁ……こいつらが全然本物じゃないじゃん……」


 華乃が大きな両目を半眼にしてジトッとこちらを見てくる。久吾が向けてくるのも同情の眼差しだ。いや、同情される方が却って辛いからやめてくれ。軽蔑された方がマシだ。


「どうやら華乃と久吾も既にヤエからこの状況は説明されているようね……そのうえで制服まで着てここに来たと……本当にこの四人で恋愛リアリティショーに出るのね、高校生の幼なじみ四人組として……」

「てかマジでやる気なの、あんたら」


 怪訝そうな華乃。その問いに「あんたらがこんなのに参加するメリットないっしょ」という所見が含まれているのは明らかだ。

 俺とリコは一瞬だけ視線を交わし、


「まぁ、あれだけの金を提示されちまえばな。野菜や果物なんか作ってっとな、たったの四日で実入りがあるなんて魔法みてぇな条件なんだよ。どんなに恥ずかしい要求だとしても吸い寄せられちまうよ」

「波がある仕事だしね。稼げる時に稼いでおかなくちゃ。大体、華乃や久吾こそ恋愛リアリティショーなんて柄ではないでしょう。結局あなた達だってお金に釣られたのではないの?」

「まぁ……そだけどさ。進学費用の足しにできるっしょ。つまりあたしがこんなメンドーなことすんのはお兄のためでもあるんだからね。お兄達がもっと稼いでればこんな必要ないんだから」

「あの額ですからねー。オレ達高校生があんな大金手にする機会なんてまずないですもん。拒むなんて無理っすよ」


 リコの問い掛けに華乃と久吾はバツが悪そうに答える。よし、とりあえず話は逸らせたようだ。ヤエに秘密を握られていることを勘付かれるのは避けたいからな……。


「ふふふ、そういうわけだ。四人とも条件に納得して契約したのだから、もう不満は言わせないぞ。今日から四人には『田舎で恋しちゃお♪』の登場人物として振る舞ってもらうからな!」


 放送までにその仮タイトル絶対変えろよ、無能D。


「え、待ってください待ってください」

 慌てたように久吾が割って入ってくる。

「まだ話をまとめないでくださいよ。二十五歳のお兄とリコっちゃんが高校生のふりして生活するんですよ? もっと話を細かく詰めきゃ即行でボロ出ますって。ただでさえポンコツコンビなんですから。まず、あと二人出演者の方いるんでしょう? 東京からの転校生。その人達はお兄とリコっちゃんがアラサーだってこと知ってるんですか?」

「ねぇ、ずっと言いたかったんだけれど、わたしアラサーじゃないから。あなた達、五歳の園児と九歳の小学四年生をひとくくりにして扱うの? 扱わないわよね。次アラサーって呼んだら小突くから」

「いや、これから来る二人にはもちろん秘密だ。私を除くスタッフ達にもな。お兄とリコちゃんは私達以外には絶対にアラサーであることをバレないように高校生を演じてもらぶっ! 痛っ、ちょ、何で急にビンタなんてするんだいリコちゃん!?」


 まぁ、そうだよな。そこに関してはヤエに同意だ。

 秘密を知っている人間は可能な限り少ない方がいいに決まってるし、いくら口止めしたってそいつらを信用できる保証なんてねー。ヤエなんて部下とか身内の人間にも絶対恨まれてるしな。

 それにこれから来る二人の高校生が、俺達がアラサーだと知っておきながら自然に演技し続けるのは難しいだろう。


「この歳になって誰かにビンタされる日が来るなんて思わなかったぞ……とにかく、転校生役の二人にとっては本当の本当に台本なんてない、真の恋愛リアリティショーになるわけだ。したがって華乃ちゃんや久ちゃんが本当に彼らと恋愛したって構わないのだぞ。というかしてくれ。してくれない場合はこちらから指示を出して芝居を打ってもらうことになる」

「えー……なにそれ……ダルいんけど……」

「……まぁ、でもそうなりますよね、考えてみれば……」

「なに、付き合うのが必須とまでは言わんさ。告白シーンさえ作ってくれれば、振ったり振られたりという結果でもいい。それも恋愛リアリティショーの醍醐味だ。ただやはり最低でも一組はカップルを誕生させないと盛り上がらないからな。華乃ちゃんと久ちゃんにカップルになってもらうという最終手段は用意してある」

「「何で!?」」

「何でって、転校生が現れることによって今までは当たり前のようにあった幼なじみとの関係に変化が生まれてお互いを異性として意識し始めてしまうなんてキュンキュンするからに決まっているではないか。幼なじみの大切さに気付くのだよ君達は」

「いやそこじゃないです」「今あたしら幼なじみの不要さに気付いたんだけど」

「別にただのパフォーマンスでいいんだぞ、そこは。久ちゃんと華乃ちゃんが偽カップルを演じる分には何も問題ないだろう。とにかくポン闇フォー以外の人間を巻き込まなければヤラセはし放題なんだ」

「は? 日本の闇を凝縮したような四人組? お兄とリコと久吾とヤエちゃんのことだよね?」「お芝居だとしてもきついっすよ、華乃とそういうのってのは……」

「そんなに嫌だというのなら、転校生と付き合うんだな。というよりそもそも、まだ会ってもいないのにその可能性を排除していることがおかしいだろう。とても魅力的な少年少女だぞ」

「そんなん言われましても……」「やっぱ帰ろ、久吾」

「待ってくれ! 苦労して探し出したんだぞ!? 他の番組と差別化を図るために芸能事務所に頼らず、素人の高校生を私自らスカウトしてきたんだ! なぁ、小さい頃はよく面倒見てあげていたじゃないか! お姉さんの努力を水の泡にするのかい!?」

「えー……泣いてるじゃないですか……小さい頃にオレ達のお世話をしてくれていた大和撫子のお姉さんはどこに消えたんですか?」「駄々こねてもムダ。あたしらはお兄やリコと違ってヤエちゃんにそこまで甘くないから」

「いーやーだっ! 甘やかしてくれなきゃヤエちゃん死んじゃうもん!」


 床にのたうち回りながら泣き喚くテレビディレクター蜂巣綾恵(26)。もうこれをドキュメンタリーとして放送した方が話題になると思う。


「華乃、久吾、諦めなさい。ヤエが強硬モードに入ったらどうしようもないって知っているでしょう」

「他人事だと思ってあんた……」

「まぁ、でも確かにそうですね……リコっちゃんの言う通りです……ていうかもうサインしちゃいましたし。やりましょう、華乃」

「はぁ……はいはい。やるやる。やればいいんでしょ」


 リコになだめられて、渋々ながらも久吾と華乃も受け入れたようだ。

 こうやって見ると確かに俺とリコって華乃たちと比べるとヤエに甘いんだな……こんな罰ゲームみたいなことをやすやすと甘受してしまうとかありえねぇか……特に実の妹の前で高校生演じるってのは辛い……あ。


「そういや、俺とリコ高校生になるってことは、華乃や久吾と同い年になるしかねーってことだよな……こいつら高三だし。どうすんだ、ヤエ。俺と華乃は双子ってことにすんのか?」

「いや。お兄が華乃の弟だな。一つ下の。華乃と久吾が高三で、お兄とリコちゃんが高二だ」

「「「「は?」」」」


 何でもないことかのようにヤエが放った言葉に、四人そろって呆気に取られてしまう。今日何回「は?」って言うんだろ俺。


「ちょっとヤエちゃん。もっとちゃんと説明して?」


 疲れ果てたように額を押さえながらも、華乃が声を絞り出す。ホントその気持ちわかる。


「転校生の二人が一年生なのだよ。一年生二人、三年生二人と来たら、残りの二人は二年生にするのがバランスが良いだろう?」


 知らねーよ。いやてかバランスっていうなら別に、


「俺とリコが三年で、華乃と久吾が二年生ってことにすりゃいいだけだろ。二十五歳の俺達が高校生演じることに比べりゃあ、高三の二人が高二のふりするのなんて芝居の内にも入らねーよ」

「いや二人は現役高校生なんだから学年なんて偽って配信したら一瞬でリアルの同級生達にバレてしまうだろう……そこまでアホだったのか君は……」


 は? 何で俺がお前にそんな憐みの視線送られてんの?

 いや確かにその点についてはヤエの言ってることの方が論理的かもしんねーけど……クソっ、何かめちゃくちゃ悔しい……っ。言い負かされたくねぇ!


「そ、そうだっ、その東京からの転校生おかしいだろ! 高一って! 高一の春に転校してくるって何だよ!? しかも同じ日に二人も! そんな偶然あるわけねーだろ!」

「は? いやこれ番組の企画なんだが? エンタメなんだが? そんな細かいことに突っ込んでも仕方ないだろう。フィクションと現実の区別が付かないのかい、君は?」

「てめぇ……っ、よくもまぁぬけぬけと……」


 さんざんリアリティショーがどうとか抜かしてただろうが!


「え、マジであたしがお兄の姉ってことになんの……? お兄の姉ってなに。四文字でめっちゃ矛盾してるんだけど」

「オレだって嫌ですよ。いろいろと倒錯し過ぎです……」


 華乃と久吾も絶望顔を浮かべている。当たり前だ。だって意味わからんもん。俺が小一の時に生まれた奴らだぞ? 俺とリコで赤ん坊だった華乃と久吾の子守をどんだけしたと思ってんだ。俺達にオムツを替えてもらってたこいつらが何で俺達の姉で先輩なんだよ!?

 いやいやマジできついって……。


「お兄、ちょっと」

「ん?」


 リコに袖をくいくいとされ、教室の隅へと連れていかれる。


「何だよ?」

「見守りましょうよ」


 華乃達に背を向け、リコが声をひそめる。


「は?」

「この番組のコンセプト自体はあながち間違っていないと思うのよね。外からの男女が現れることによって、関係がなぁなぁで停滞していた幼なじみの間に変化が生まれるってことでしょう? まさにあの子達のことじゃない」


 え、華乃と久吾ってそんな感じなの? お兄ちゃん知らなかったんだが。でも気付いてなかったと思われるのは悔しいから気付いてたふりしよう。


「まぁ確かにそうだな。俺達とは違ってあいつらは実際に青春真っ只中ってわけだ」

「気付いてなかったでしょ。まぁでもそういうこと。この歳で青春がどうとか馬鹿らしいけれど、高校生達にとっては切実な問題なのよ。これから来る転校生がいい子だったなら、彼らとの仲を陰ながら応援するのだってアリだし。どちらにしろ関係をハッキリさせるきっかけになるのは良いことだわ。私達はそれを大人として優しく見守りましょうよ」


 なるほど。確かにリコの言う通りだ。もう決まっちまったことに対してうじうじ言ってても仕方ねぇしな。大人としてやれることをやっていこう。


「俺達は知恵と経験を活かして、たまにそっと手を差し伸べたり、さりげなく助言をしたり、相談に乗ってあげたりってポジションにいればいいな」

「そうね。でも干渉のし過ぎには気を付けましょう。これは、あの子達の物語なのだから」


 慈愛に満ちた目でそう囁くリコ。

 そうか、こいつももう立派な大人の女性になったんだな。俺も見習わなくちゃいけねぇよな。もう俺達には、この社会の一員として、青少年が健やかな成長を遂げるための環境づくりに貢献していく義務がある。


 兄として、人生の先輩として、こいつらを陰ながら支えていこう。

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