第2話 ポン闇コンビ

「まぁまぁ落ち着きたまえ、二人とも」


 溜まっていた不満をぶちまけること数分。

 ずっとうんうんと頷きながら聞いていたヤエだったが、俺達が膝に手を付きハァハァと呼吸を整え出したのを見計らったように、場を取りなそうとする。この冷静で余裕な感じクソ腹立つ。何だ、たまえって。


「だいたい何で俺達なんだよ?」

「は? いやだから君達が幼なじみだからだと言っているだろう。幼なじみでない人間を連れてきて幼なじみとして出演させてしまうわけにはいかないだろう? 演技も台本もナシ。これはリアリティショーだからな。やらせなんていうのはテレビマンとしての私のプライドが許さないのだよ。分ったかい?」


 は? 何でそんな哀れみの表情浮かべてんの? 至極当然の疑問ぶつけただけなんだけど。何でこっちが物分かり悪いみたいになってんの?


「ヤエのこの、一方的に理不尽なことしてるくせに何故か精神的に上に立ってる感じホント癇に障るわよね……え? てか、え? 要するにこれってわたし達が高校生のふりして本物の高校生達と生活するってことよね……? あのね、ヤエ。どう考えてもおかしいでしょ。二十五歳のわたしとお兄が現役高校生として参加させられるのは」

「うむ。それは正論に違いない」


 腕を組んで穏やかに微笑みながら、リコの言葉を受け止める、というか受け流すヤエ。


「この村に若者がほぼいないのは事実だけれど……この村この校舎は単なる舞台装置でしかないわけであって、別にここ出身の人間が出なきゃいけないわけじゃないでしょう? それは前提として視聴者とも共有できるはずだわ」

「うむ、さすがリコちゃんだな、その通りだ。しかしだな、リコちゃん。それは、」

「幼なじみの高校生四人組と東京の高校生二人を集めるだけで何の問題もなく成立する話よね? どこか適当なところから適当な高校生幼なじみグループをスカウトしてくればいい話じゃない。ていうかそうしなきゃおかしいでしょう」

「少し聞いてくれ、リコちゃ」

「結局あなたは何一つわたしとお兄の質問に答えていないってわけ」

「リコちゃ」

「何でわざわざ二十五歳のわたし達が高校生の演技をしなくちゃいけないのか。それを、」

「しつこいな!! やらせしたいからだよ! やらせするために決まっているだろう! 君達になら私が用意したシナリオ通りの芝居をさせることができるじゃないか!! 過激なやらせで盛り上げて人気番組作り上げて昇進してさっさとブラック現場から離れたいのだよ! それか移籍! 実績引っさげて大手に! 地上波に!!」

「「ええー……」」


 机に拳を叩きつけてヤエが吠える。経験上、何となくそんな予感はしていたが、やっぱりというか、ついに開き直りやがった。


「あのな、ヤエ。俺達は、」

「うるさい! 正論なんて聞きたくない! 適当なところから適当な高校生幼なじみを連れてくる? そんな他人のガキにやらせなんて強要して、週刊誌にでもリークされたらどうする!? SNSで暴露なんてされたら誰が責任取るんだい!? 私だよ!! こっちは何の力も利権も持っていない弱小制作会社の無能ディレクターなんだぞ!? ふざけるな! 私は権力は欲しいが責任だけは絶対に取りたくないタイプなんだ!!」

「ま、まぁ、一旦落ち着きましょう、ヤエ。さっきまでと言っていることが正反対よ? そしてそれはタイプとかじゃなくてただの最低人間よ?」

「嫌だ! 私は絶対に落ち着いたりなんてしないぞ! なぜなら、どんなに正論で抵抗されても一歩も引かず、こちらが悪いことを一ミリも認めず、とにかく叫んで泣き喚いて強引に押し通せば最終的には君達が私のわがままを聞いてくれると知っているからな!!」

「ゴミだ……」「ゴミね……何で年上のこの子をこんなに甘やかしてきてしまったのかしら……見た目は凛とした大和撫子なのに中身が七歳で権力を握ってしまった独裁者だわ」


 ほんと蜂巣からハチスに改名してほしい。


「はぁ……とにかくな、ヤエ。今回ばかりは俺達も付き合えねーぞ。さすがにリスクが大きすぎんだろ。そんでメリットがまるでない」

「ん」


 ヤエがふてくされたように俺とリコにそれぞれ数枚のA4用紙を押し付けてくる。


「んって……何だよこれ?」

「契約書に決まっているだろう! つまり金だよ金! 報酬だ! これが欲しかったんだろ、この卑しん坊共め!」

「ねぇお兄、卑しんぼ坊って何?」「知らん。知らんけどたぶんこの時代に使う言葉ではない」


 少なくとも今時の高校生をターゲットにしたオシャレ番組作ろうとしてる人間の発言だとは思えな――、


「――って、はぁ!?」

「どうしたのよお兄。珍しい色のカナブンでも付いていた?」

「……いや、リコ。お前ちゃんと読んでみろよ、これ。これの、ここ……」


 契約書の一文をリコに指し示す。

 たぶん、虹色カナブンの二百倍はお前を驚かせる。


「はあぁぁっ!?」


 ほらな。


「なっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっお兄、え? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうま……はぁ!? 本当にこんなに貰えるっていうの!?」

「なぁ、ヤエ。マジなのかよ? こんなに出すつもりなのか?」

「うむ。私もこの企画に賭けているからな。上とも死ぬ気で交渉してきたのさ。まぁこの契約書を見せる前に君達が出演を承諾してくれていたなら一銭も払わないつもりだったのだが」

「「この卑しん坊め!」」

「卑しん坊って何? それにな、二人とも。君達が今見ているのは基本給だ。番組が視聴者から好評を得たあかつきにはさらにボーナスを出すぞ」

「「な……っ!」」


 この額にさらに上乗せかよ……!


「だ、だけどよ……」「そうよ、視聴者から好評って……そんなの無理に決まっているでしょう。二十五歳のわたし達が高校生のふりするのよ? そもそもそれ以前にただの素人だし……視聴者が喜ぶシーンなんて生まれるわけがないわ」

「だから! だから、やらせなんだよ! 君達は私のシナリオ通り動いてくれればいい! そんなに難しい話ではない! シナリオと言っても基本的には自由にやってもらうさ。重要な場面でだけ行動に指図をするから、その時だけ従ってくれればいい! それだけで絶対に人気番組にしてみせる! 私はプロだ! 信用してくれ!」

「――っ。……い、いや、そうは言うけれどね……ねぇ、お兄?」

「……ああ」


 不安そうに見上げてくるリコの気持ちが手に取るように分かる。俺も同じことを考えているから。


 いくらメリットがあると言っても、やはりリスクが大きすぎる。それは俺達が抱えるリスクのことではなく――ヤエが背負わなくてはいけない代償のことだ。


 もしもこの不正がバレてしまえば、ヤエのキャリアは完全に終わってしまうだろう。大事な幼なじみにそんな思いはさせたくない。

 というかそれ以前に、やっぱり悪いことはさせたくないのだ。

 きっと社会の荒波に揉まれて追い込まれて、ついつい魔が差してしまっているだけなのだろう。確かにこいつは自分本位で偉そうな奴だが性根までは腐っていない。本当はピュアで仲間思いのいい奴なんだ。

 だから――。


「はぁ!? 何をそんなにウジウジとビビッているんだい!? お兄にもリコちゃんにもリスクなんて皆無だろう! 君達二人とも中卒の農民なんだから! お兄の実家の専業農家で働いているんだから! 村の人間にだけ口止めしておけばバレようがないし、仮にバレたとしても失う地位も名誉もないだろう!? 社会の荒波も知らない第一次産業の末端が! 黙って従え、大卒の企業人に!」

「てめぇこのクズ! 完全に性根まで腐り切ってやがんな!」「私達は日本の食料自給率をギリギリのところで支えているのよ!? うちの梨の品質は世界一なんだから!」


 この差別撫子に世の中の台風全部まとめて叩きつけたい。


「いやすまなかった、学歴・職業差別の発言は取り消そう。だがな! 現実として! 中卒で社会に出た君達が高校生活を疑似体験できる機会なんてこの先二度とないんだぞ!? これはチャンスなんだ! 失われた青春を取り戻す、人生最後のチャンスだぞ!」

「いやそんなのいらねーし」「青春って……あなたよくその歳でそんな言葉吐けるわね。鳥肌立ったわ」

「企画丸ごと否定するようなこと言わないでくれないかい!?」


 未だ吠え続けるヤエを放って、リコと教室の出口へと向かう。さぁ、仕事だ仕事。


「仕方あるまいな……この方法だけは使いたくなかったのだが……」

「あ? まだ何かあんのかよ?」

「あのね、ヤエ。農家のゴールデンウィークは忙しいのよ? あなただって農村出身なのだから分かるでしょう?」


 いいかげん面倒くさいが、ヤエの呟きに反応して振り向いてやる。


「……バラすぞ……」

「「はぁ?」」


 俯いていたヤエは顔を上げ、ギロっとした目で、しかし口元には不気味な笑みを湛えて、


「この番組に参加しないのなら――あの二人にあのことを――チクる」

「「な――っ」」


 ガキみたいな――だからこそ俺達にとってより生々しくて強烈なその言葉に、俺もリコも目を見開いて絶句するしかない。


「二人には知られたくないだろう? なら、従え。参加してくれ。もちろん、報酬も契約通り振り込んでやるさ」

「くそ……っ、この鬼畜が……!」「最っっっ悪ね、あなた……いよいよ見損なったわ……この国の最底辺に君臨する下衆ね……!」

「ポン闇コンビには言われたくない」

「誰が日本の闇を凝縮したようなコンビよ!?」

「凝縮したとまでは言っていないぞ私は! そういう自覚があるからそういう発想が生まれるのだろう!? さぁ、さっさとサインしろ! ポン闇一号・ポン闇二号とな!」

「「くっ……!」」


 悔しい……悔しすぎる……だが、仕方ない。こんなカードを出されてしまえば、従うしかないのだ。

 思えば十年間俺達の秘密を握りながらも黙っていてくれたのは、本当に重要な場面でそのジョーカーを切るためだったのだろう。逆に言えば、それほどまでにヤエは今この時を人生における大きな転換点と見なしているということだ。

 ヤエにここまでの覚悟を示されてしまえば、こちらに抵抗する術なんかない。結局こいつはいつだって俺達の一枚上を行っているんだ。


「もう、やるしかねーな……」「この短いスカートを四日間も穿き続けなきゃいけないのね……」


 二人揃ってため息をついて、契約書にサインする。まぁスカートぐらい我慢してくれよ。あの二人にバレるよりはよっぽど――、


「って、そういやこれ、あれだよな……幼なじみ四人と転校生二人ってことは……」

「まぁ、そうなるわよね……あと二人幼なじみが必要って言われても、私達の幼なじみなんてもうあの二人しかいないんだから……」


 さっきの十倍は深いため息をつきそうになったその時、


「うわぁ……なにやってんですか、お兄もリコっちゃんも……コスプレ?」


教室に入ってきたのは――俺とリコとヤエの幼なじみ、黒髪短髪の高身長男子、阿久津久吾きゅうごと、


「いや聞いてはいたけどさぁ……きもい……さすがにきついっしょ、お兄とリコが高校生って……」


 リコとヤエの幼なじみで俺の妹、金髪ミディアムの気だるげギャル、鈴木華乃かの――正真正銘、現役高校三年生の二人だった。

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