第二話 黒猫ホームズの冒険
「わぁ~! やっぱりクリスマスはイルミネーションでどこもキラキラしてるね!」
街は、雪で真っ白になっていた。
有難い事に今雪が降っている訳では無いが、それでも地面を覆う雪の層は分厚い。別にここらではそう珍しい風景ではないが、それでも寂れた商店街と雪とイルミネーションという組み合わせは何というか……終末っぽい雰囲気を感じて好きだった。
「で、それはいいとしてスズが何処にいるか目処はついてるの? もしかしてただ遊びに来た……なんて事ないよね?」
「……う、うん、そうだね」
私の台詞にお姉ちゃんは露骨に目を泳がせた。……嘘だ。絶対ただ遊びに来ただけだよこの人!
「うーん、そうだなぁ……やっぱり猫だから、魚屋さんの前にいたりしないかな?」
「いやそんな、某国民的アニメじゃないんだからお魚咥えた~みたいな安直な現実は無いと思うけど……その前にまず交番と保健所じゃない?」
「成程! 流石茜ちゃんだね~。まるで探偵さんみたい!」
お姉ちゃんは嬉しそうに私の頭をめちゃくちゃに撫でまわした。別にちゃんとセットしてきたってワケじゃないけど、それはそれとして髪の毛がボサボサになるのが気になる。
……それにしても探偵かぁ。今のは推理っていうより常識的な問題だった気がするけど……まぁお姉ちゃんが喜んでるならそれでもいいのかもしれない。
「うーん、猫を探す探偵だから……黒猫ホームズ! 茜ちゃん、これから黒猫ホームズと名乗ろうよ!」
「それじゃ私が黒猫になっちゃうよ……」
多分三毛猫ホームズから名前を取ったのだろうが、あの話の探偵役は三毛猫だ。そもそも、探偵なんて大層な事は私はしていない。
「……でもまぁ、そう呼ばれて悪い気はしないかもね」
私はそもそもシャーロックホームズが大好きだ。世界でも最も有名な探偵の一人であるホームズと呼ばれるのは悪い気がしない。
「いいね! じゃあホームズさん、早速近くの交番に行ってみよう!」
「うむうむ、それじゃあ出発だね、ワトソン君」
目に見えないインバネスコート、ディアストーカー、パイプ――所謂探偵セット――を身に着けた様な気分で私は交番を指さし、隣にいるワトソン博士にそう言った。
「……ワトソンって誰?」
――雪に足を取られて思わずずっこけそうになった。我ながら何という古典的なリアクションだろうか。
「うーん、特に野良猫を保護したという話は聞いていませんね」
「あらあら、そうでしたか……」
お姉ちゃんはまたもや困った顔をした。
警察でも保健所でも、スズらしき猫がいるのは確認出来なかった。色々飼い猫が行方不明になった時にどうすればいいのか教えてもらったが、どれも今すぐに試すのは難しそうだった。
「うんうん、こうなったら仕方ない。捜査は足で稼げってね! 一緒にスズのいそうな場所を探そうか! 茜
……とうとう探偵から刑事になってしまった。刑事に思い入れは特に無いので出来れば探偵に戻してほしい所だったが、もうお姉ちゃんは刑事気分の様だった。
「うーん、でもスズが行きそうな場所といえば……」
スズはそこそこのおじいちゃん――おばあちゃんかもしれない――猫だ。そう遠くへは行けないんじゃないかと思うけど、どこに行ったのかと言われると心当たりが無い。近所で野良猫集会が行われているという話は聞いたことがあるが、その場所なんて聞いた事が無い。
……そもそも野良猫集会ってなんの目的で集まるんだろうか。こんな寒い日だ、猫たちが外で集まるといえばやっぱり暖を取るとか、そういうのだろうか。
「ここの辺りで暖かい場所って、どこかあるかな?」
「暖かい場所……立体駐車場の屋上とか?」
「いや、雪が降ってるし、猫たちが集まるなら多分屋根のある場所だと思うんだけど……」
「雨風をしのげる場所……公園とか橋の下とかどうかな?」
「うん、そこらへんにいるかもしれない。……公園は人が多いから居つけないだろうし、先に橋の下を探してみようか」
市内には大きな川が流れている。日本海へと流れつくとかなんとか小学校の頃にならったがそれはどうでも良くて、そこの橋の下で暮らすホームレスの人々もたくさんいるとか何とか。あまり女子二人で行く様な場所じゃないかもしれないが、もしかしたら猫たちもそこで雪を避けているのかもしれない。となると見に行かない手は無いだろう。
「ちょっとだけ遠いけど、どうする?」
「電車に乗るのにも近すぎる距離だし、歩いて行かない?」
そう言うとお姉ちゃんはてくてく歩道を歩きだした。滅茶苦茶寒いので一度帰って温まりたかったが、お姉ちゃんは急に止まらない。というより止まれない。相変わらず猪突猛進な人だった。
「ふんふん~。今日はいい日だなぁ……!」
川沿いを一緒に歩きながら上機嫌に鼻歌を歌いながらお姉ちゃんはそう噛みしめる様に言った。
「そう? クリスマスに姉妹で猫探しって、結構寂しいと私は思うんだけれど」
「えー? そんな事ないよ。私茜ちゃんとこうやって過ごせるの、すっごく楽しいよ?」
「うーん、そうかなぁ……」
私を見つめるお姉ちゃんの飴玉みたいにキラキラした目が痛い。よく見ると、手には綺麗にネイルがされていた。きっと私と今日出かけるのを楽しみにしてくれていたのだろう。クリスマスなんてリア充が集まって騒ぐだけのイベントなんて認識があるからこんなに私とお姉ちゃんの間に差があるのだろうか。
私は自分の何の手入れもされていない伸びた爪を見て今日何度目か分からないため息をついた。白い息がたちまち立ち昇る。そういえば手袋を持ってくるのを忘れてしまって手が寒い。寒いというより痛いぐらいだった。
そんな私の様子に気付いたのか、お姉ちゃんは私の手を握ってニッコリ笑った。こちらもこちらで手袋をつけていなくて手が冷たい。
「うう……海風が身に沁みるねぇ……寒い寒い……」
「海じゃないけどね。川風でしょそれを言うなら」
川や海といった水のある所ではよく風が吹いているけど、一体なんの共通点があるのだろうか。水が風を起こしている? ……分からない。探偵でも科学には弱いのだ。……いや、ホームズは科学にも強いんだけど、黒猫ホームズは科学に弱いのだ。
そんなとりとめもない事を考えてる内に川沿いの橋は大体漁り終わってしまった。ここまでは一切ハズレ。猫どころか人っ子一人いやしない。時間的にも次がラストだろう。
「うーん、どう?」
「……ダメ、全然ハズレ」
どうも推理を外してしまったらしい。この橋の下も全く何もない。草だけがぼうぼうに生い茂っていて、冬なのにそこそこ大きい虫がぶんぶん飛び回っていて不快極まりなかった。
「うーん、困ったな。屋根があって、寒さから身を隠せる場所なんてここぐらいしか思い浮かばないけど……」
一体冬の野良猫は何処で暮らしているのだろうか。残念ながら黒猫ホームズの脳ミソじゃこれ以上思いつかない。
「ワトソン君、何か思い浮かぶ事はあるかね?」
「うーん、茜刑事、これは……何も思い浮かびません! やっぱり魚屋さんにいるんじゃないでしょうか!」
ビシッ、と空気を切る音が聞こえた様な気がするくらいに勢いよくお姉ちゃんが手を上げた。何も思い浮かばないならそんなに自信満々にしないで欲しいし、まず第一にホームズ気分を壊しにかかるのはやめてほしい。
「だから刑事じゃなくてホームズだってば……。それに、魚屋は流石に無いと思うけど……」
魚屋……無いなぁ。大体スズって魚よりち〇~るとかの方が好きだったし、なおさらあり得ないだろう。猫の専門家でもいれば少しは話が聞けるのかもしれないが、生憎私は専門家を自称出来る程詳しくもない。
お姉ちゃんも同じ事を思ったのか、「専門家……専門家……」と川沿いをグルグル歩き回りながら考え事をしていた。ホームズを知らないハズなのに、なぜかシャーロックホームズハンドをしている。……そういえばお姉ちゃんもバイオリンの演奏が出来るし、もしかしてホームズはお姉ちゃんで、ワトソンは私だった?
そうする事数分。しばらく河原をうろちょろしていたお姉ちゃんが何か思いついたように手を打った。
「何か思い浮かんだ?」
「うん! 丁度近くに専門家がいるんだよ!」
「専門家? ここらにペットショップか何かあったっけ?」
「ほら、そこ! 今日くらいお姉ちゃんが奢ってあげる!」
奢る? 奢るって一体何を……?
そんな疑問を抱きながらお姉ちゃんが指さした建物を見た。
『猫喫茶
猫の足跡等の装飾が施された看板を掲げるソレは、どう見ても猫カフェだった。
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