黒猫ホームズ!
習作様
第一話 黒猫失踪事件
ある冬の日。外はしんしんと雪が降り積もっている。この分だときっと明日は雪かきに駆り出される事だろう。都会の方じゃホワイトクリスマスだなんて大げさに騒いでいるが、ここいら程の田舎ともなれば今さら雪が積もったくらいじゃテンションを上げられそうもない。そもそも、クリスマスデートに行く様な予定も無いのだ。本格的な雪国じゃないだけマシだが、それでもなんでこう面倒な事ばかり重なるのだろうか――
雪が積もっていくのを見るにつれ、私――
「……うん、やめた」
30分ほど、持ってはいたものの全く使う事も無かったシャーペンを机の上に転がし、椅子をリクライニングさせてごろんと寝転がった。人体工学に基づいて作られたとか大層な事を
「おーーい、スズやーい。隠れてないで出ておいでよー」
そんな事を考えていると、突然部屋の扉が開かれたかと思うと誰かが侵入してきた。一体何事かと思ってリクライニングを起こして部屋を見渡すと、その人物は私の許可無く洋服の入っているクローゼットの中でモゾモゾと動いていた。
「……何やってんの、お姉ちゃん」
私はお姉ちゃん――
いくら姉妹だと言っても、当然にお互い守られるべきプライバシーは存在するべきだと私は思う。今姉が引き出しを開けたりゴミ箱を覗いたりしているのは明らかにプライバシーの侵害だ。なにせ引き出しの中には私の大事なアレやコレやが入っているのだから。
私の抗議の視線に気付かないとでも言うように、お姉ちゃんは腰に手を当て、さも困ったかのように眉を八の字に下げて言った。元々垂れ目がちだった目尻がさらに下げられる。
「いや、それがねー。一昨日からずっとスズの姿が見当たらないんだよー」
スズというのは数年前にいつの間にかお姉ちゃんが見つけてきた捨て猫だ。全身見事なまでに真っ黒で、暗闇にいたら全く姿が見えないのでお姉ちゃんが首輪に鈴を付けて音で位置を判断しようとした所からそう名付けられた。
「スズは気まぐれだからなぁ……。またどこかで泥棒猫でもやってるんじゃない?」
――可愛くないんだよなぁあのドラ猫。
そんな言葉を飲み込んでお姉ちゃんにそう答えた。猫自体は大好きなんだが、スズはどうも可愛らしさの足りない猫だった。スズもスズでお姉ちゃんにはゴロゴロ甘える反面、すぐに私に噛みつくし、犬猿の仲――いや、人猫の仲と言っても差し支えない関係だ。
正直あんまりスズの行方を気にしてはいない。元々野良猫が勝手に住み着いたぐらいの猫だったので、いなくなってしまったとしても再び野生に戻ったのかな、ぐらいにしか思えない。
「そうかなぁ……それにしてはこんなに長い間姿を見せないのも今まで無かったし、何より最近元気が無さそうにしていたからお姉ちゃん心配で心配で……。っていうか、そうだとしても泥棒なんてされたら困るよ!」
「まぁ、確かに泥棒されるのは私も困るけど……勉強するから出て行ってくれない?」
私の勉強という言葉を聞いた瞬間、お姉ちゃんの口元がにへらとだらしなく歪んだ。頭のアホ毛をピコピコ動かしながら、こちらへと顔を近づけてお姉ちゃんは言う。
「べ、べ、勉強~? 茜ちゃんそんな事言って、生まれてこのかた勉強なんてした事無いでしょ!」
「あるわ失礼な! ……まぁ今はちょっと休憩の時間だけど」
わざとらしくお姉ちゃんはどもりながら驚いた。いや、絶対わざとだ。私は思わず口をもごもごさせた。きっとお姉ちゃんは私がそろそろ勉強に飽きてきたであろう事を見越して部屋に侵入してきたのだ。今さら何を取り繕ってもきっともう遅いだろう。
「休憩の時間なら、ちょっと付き合ってくれない?」
「付き合うって何に? 言っとくけどクリスマスデートなら適当に彼氏作っていきなよ」
「む~~! 彼氏作ってって、無理難題言ってくれるねぇ!」
お姉ちゃんは頬を膨らませてそう言った。
別に無理難題でもないと私は思う。所謂ゆるふわ系で、顔は可愛いし胸も大きい。背が高くて全身ガリガリの私とはまるで対照的な、モテの権化とも言うべき存在だと私は思う。どうして彼氏がいつまでたっても出来ないのか不思議でならない。
「って、話が逸れたね。一緒にスズ探すの、手伝ってくれない?」
「んむ……寒い、めんどくさい」
「な……! そんな! 茜ちゃんってば酷い! ……お姉ちゃんはこんなにも深く深ぁーく茜を愛しているのに!」
ぶんぶん首を横に振って断った。多少オーバーリアクションに断らないと、巧みな言葉でいつの間にか参加させられるという事が汚い大人の世界では当たり前だ……という話をこの前ドラマか何かで言っていたので油断ならない。案の定お姉ちゃんも引き下がらない様で、ショックを受けたかの様に崩れ落ちて泣き真似を始めた。あまりにも露骨すぎる。
「あーハイハイ、泣き真似とかいいから。私ゲームするからお姉ちゃん行ってきなよ」
「やだーーー! 茜ちゃん捨てないでーー!」
とうとう赤子の様に床に寝転がって手足をじたばた動かし始めた。こうなってしまっては私にはもうどうしようもない。駄々をこねる子供は身体が小さいから世のお母さんは制御出来るのだ。身体の大きい子供を制御する術は今の私には、ない。
「ああもう、いい年した大人が妹の部屋でじたばたしないでよ! 分かった、行く! 行くから!」
……前言撤回したい。大人の交渉の世界は言葉巧みに相手を騙すものだなんて思ったけど、全然言葉巧みじゃない。むしろ横車を押して大破させるぐらいのパワープレイに私は負けたのだった。
「ホント!? じゃ、じゃあ折角だからクリスマスデートにも行こう! 買い物行くから準備しておいてね!」
「そんな事言って……こっちの方が主たる目的だったんでしょどうせ」
わざわざ聞こえる様に吐いたため息で不満の意をせいぜい伝えてやろうとしたけど、お姉ちゃんはまるで堪えた様子もなく古びたハンドバッグを取り出した。いつだったか私がクリスマスプレゼントに送った安物だ。
そういえば毎年なんだかんだお姉ちゃんとクリスマスは過ごしている気がする。こんなんだから二人共彼氏が出来ないのだろう。無念。
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