第7話(8/8)
俺はベランダに座って、教室に挟まれた壁にもたれかかっていた。
ベランダの先は中庭になっていて、吹奏楽部が練習していた。伸びやかなトランペットの音が届いてくる。
思わず聴き入りそうになるけど、そんな場合じゃない。俺はわずかに開けた扉から、空き教室の様子を窺った。非常に緊張した面持ちの悠里の姿が見えた。
それを見ていると、なんだか俺の方も緊張してくる。
気持ちを落ち着けるべく視線を外し、時計を見やる。あと五分で香椎さんが来る時間だった。
別に盗み聞きしているわけじゃない。悠里から俺も聞いていて欲しいとお願いされたから公認だ。……香椎さんからしたら盗み聞きになるわけだけど。
その時、ガラガラと扉が開く音が聞こえた。
「ごめん。特に用事もなかったから来ちゃった」
「あ、いえ、わざわざすみません……」
「全然いいよ。むしろ久しぶりに悠里ちゃんと話せて嬉しいくらい」
香椎さんは手をひらひらと振って笑う。やっぱり彼女は優しい人だ。
「それで話って何かな? もしかして愛の告白?」
「いえ、そうじゃないです」
余裕がない悠里に冗談を受け流され、香椎さんは苦笑いをする。
「えっと、私、夏希さんに言わなきゃいけないことがあるんです。あ、言わなきゃいけないというか、夏希さんに知って欲しいことというか、ごめんなさいというか……」
頑張れ……。と、あたふたとする悠里を見て、地面に置いた手に力が入る。
別に悠里じゃなくたって、河童じゃなくたって、自分の素性を晒すというのは怖いものだ。受け入れてもらえないかもしれない。奇異の目を向けられるかもしれない。
自分を晒すことなく殻に閉じこもっていれば、傷付かないし“自分”が脅かされることはない。
けれどそれでも人は――人だけじゃない、河童もそう。誰かを求めてしまう。誰かに知られたくない自分と、誰かに知ってもらいたい自分が同居してしまっている。二人の自分に板挟まれながら生きている。
「えっと、その……」
「悠里ちゃん」
言いあぐねている悠里を見て、香椎さんが声を掛けた。
「は、はい!」
「私たち友達だよね?」
「は、はい!」
それは、私達は友達なんだから隠し事なんてするべきじゃない、そんなプレッシャーが込められているわけじゃなかった。むしろ逆。
香椎さんは一歩寄ると、悠里の手を取る。
「何でもかんでも包み隠さないのが正しいわけじゃないと思うの。本当に触れて欲しくないことは、隠されていると分かりつつも踏み入らないのも友達だと思うから」
私だって誰にも言えないことあるし、と舌を出して笑ってみせる。
「夏希さん……」
「だから言いたくないことは言わなくて――」
「――違うんです」
悠里は握られた手を胸元に寄せて、悠里は言った。
「私は言いたいんです。大切な友達だから、ちゃんと話したいんです。ただ、ちょっと勇気が出なくて……」
「……そっか」
「ごめんなさい。あと少しだけ待ってもらってもいいですか……?」
「うん。待つよ。いつまでだって待つ」
その柔らかな笑みは、最早先に結果を伝えるようなものだった。
悠里は深呼吸を二、三度繰り返したのち――
「――実は、私」
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