第7話(7/8)
「え?」
「……嫌いじゃない、ですか? わ、私のこと、嫌いじゃないんですか?」
長い前髪からは右目だけが上目遣いで覗き、膝の上で握られた両手は震えていた。
「なんでそうなるんだよ」
嫌いと言われたかと思った俺は安堵してそう笑う。
「だ、だって、手伝わなきゃ殺すって脅してるんですよ?」
「……まぁそれもそうか」
「やっぱり!」
「待てまて待てまて!」
泣きそうになって池へ戻ろうとする悠里を制止する。
「嫌いだったら友達作ろうだなんて提案するわけがないし、今だってここに来てない。解放されたって喜んでカラオケでも行ってるさ」
それを聞いて納得してくれたようで、悠里は落ち着きを取り戻す。
「…………春樹さん、ごめんなさい」
「え?」
悠里は深々と頭を下げた。
「余計な気とか言ってごめんなさい。本当はとても嬉しかったし、楽しかったです」
申し訳なさそうに、しかしほんのりと笑顔を見せて言った。
「……よかったぁ」
その言葉を聞いて、俺は大きく安堵する。
「よかった?」
「実際、悠里から頼まれたわけでもないし、悠里のためとか思いつつ俺があの主人公みたいになりたかったからってのも確かだしな。だから本当に悠里にとって迷惑だったんだなって思ってたから」
「そんなことないです! あ、いえ、動機はそうだったかもしれませんけど、私は確かに救われました!」
悠里は立ち上がって、俺の前に立つ。
「春樹さんと出会って、夏希さんやゆゆさんと仲良くなれて……。私一人じゃ絶対にこんな生活手に入らなかったです!」
心底嬉しそうに悠里は叫んだ。しかし、ただ……、と続けて表情を曇らす。
「だからこそ思うんです……。本当にこんなに楽しくていいのかって……」
「どういうことだ? そりゃ楽しいならそれでいいだろ」
「それは確かにそうなんですけど……」
悠里は人一人分の間を空けて、再度俺の隣に腰を落とした。
「春樹さんから見て、私と夏希さんやゆゆさんは友達だと思いますか?」
「? まぁ十分友達だろ」
どこからが友達なのかとか考え始めたら沼が深いので、軽い気持ちでそう答える。
「ですよね……」
肯定されて喜ぶべき場面だろうに、なぜか悠里の表情は浮かなかった。
「何かあったのか?」
それはかつて香椎さんから電話を受けて、俺が訊いた質問だった。
「……肝試しの後の夜、話の流れで怪談話をしようってなったんです。その時に夏希さんが『私、幽霊とか妖怪とかホントだめだから無理』って言ったんです」
「あぁ……」
河童も妖怪の部類だ。
「それがショックだったのか」
「いえ。……まぁ少しはショックでしたけど、それよりもむしろ」
悠里は一つ息を吐いて、言った。
「このままずっと隠し事してていいのかなって」
「…………」
「春樹さんが言ったように、私も二人のことは大切なお友達だと思っています。……初めて出来た人間のお友達。だからそんな二人に、ずっと嘘を吐いてていいのかなって……」
悠里は小さく体育座りをして、その両膝に顔を埋める。
「なるほど。それで最近よそよそしかったんだな」
「はい……。このまま仲良くはいられなくて……身勝手で申し訳ないとは思ってましたがどうしても……」
若干涙声になりながら悠里は言った。
「別に何でもかんでも包み隠さず話すのが友達ってわけでもないだろ。誰だって誰にも言えない秘密の一つや二つある」
俺だって、透のことは親友だと思ってるけど、そんな透にも話せないことはある。
「それは分かってますけど……」
その反応から、いいのかな、と言いつつ悠里がどうしたいのかは決まっているように見えた。たぶん、彼女は真実を伝えたいんだろう。
友達にも知られたくない秘密があるように、友達だからこそ知ってもらいたい秘密もある。
けど、大切な友達だからこそ俺の時のように脅しをかけるわけにもいかない。悠里にとって、身分を明かすことはリスクしかないんだ。
冷静に考えて、河童のことが露呈されないためにはわざわざこちらから明かす必要もない。
……いや、待てよ。むしろ上手く取り込めれば、こないだの合宿のように男の俺が介入できない場面で力になってくれるかも……。そう考えるとリスクばかりじゃないのか。
結局は悠里の判断次第ってことか。
俺には明かせたってことは、一族のルールとして言えないというわけじゃなく、そこは悠里に委ねられていると考えていいはずだ。
「ま、言ってもいいんじゃないか」
「え?」
肯定されることを望んでいても、まさかこうもあっさりされるとは思っていなかったようで、悠里は驚いた顔をした。
「香椎さんも木苺さんも、一ヶ月ちょっとの関係だけど、内緒にして欲しいことは言いふらすような人間じゃないと思う」
「それは私もそう思います。……けど気味悪がられるかも」
「そっちこそ心配ないだろ」
「え、なんでですか?」
「だって悠里、普通……じゃん。正直たまに河童ってこと忘れそうになる」
普通に可愛いと言いそうになってどうにか留めた。今日は悠里に正直に話すと決めているけど、そういうのは別だ。
「だから大丈夫だろ。たぶん」
口調も軽く、あまりに楽観的なことを自覚しつつそう言った。
「……随分無責任に言いますね」
「そりゃあそもそも俺が責任を負うようなことじゃないからな」
「むぅ」
悠里が睨みを効かせた。
「大丈夫だよ。悠里のお願いなら、きっと聞いてくれる」
悠里には不可思議な魅力がある。どれだけ悠里が壁を作っても、引き寄せてしまう奇妙な引力がある。人外ゆえに持つものか、悠里だから持つものか、それは分からないけど。たぶん、真っ向からお願されていたら、命を脅かされなくとも俺は悠里に手を貸しただろう。
……これもちょっと言えないな。
「いざとなったら俺も手伝って誤魔化すし、悠里が言いたいと思うなら言うべきだと思う。……本気で話せば、きっと分かってくれる」
「春樹さん……」
悠里は小さく微笑むと、勢いよく立ち上がった。前髪が跳ね、水晶のような両目が覗く。
「決めました! 明日二人に話したいと思います!」
「……おう。頑張れ!」
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