第7話(5/8)
「そんなの、分かるわけないじゃないですか」
「え?」
柄にもなくあっけらかんと言う台詞に、俺は思わず間の抜けた声が出た。
「もちろん経験とか一般論とかから、ある程度の予測は出来ると思います」
そう言って部長は濡れたきゅうりの葉を撫でる。
「この子達だってそう。葉が内側にカールしたら肥料過多だとか、葉が多くて光量不足になってるとか、そういうことは分かります。けど、今目の前のこの子が、あとどれだけ水を欲しがってるかなんて、分かるはずがないんです」
言葉は諦めなのに、部長は朗らかに笑っていた。
「だったら、どうすればいいんですか……」
俺は視線を逸らして、呟くように訊ねた。
「ふふっ、簡単なことですよ。植物と同じと言いましたけど、一つ、人と植物には大きな違いがあります」
「大きな違い?」
「私達は、話すことが出来るじゃないですか」
それはあまりに当たり前な答えだった。けれど確かに、あまりに大きな違いだ。
「本当の気持ちは、奥底にある想いは、言葉にして初めて伝えることが出来る。今こうして、私が矢蒔君の相談に乗れているのも、矢蒔君がちゃんと私に話してくれたからです。話してくれたから、矢蒔君の気持ちは私に伝わっているんです。
もちろん、言葉にしたからって何もかも伝わるわけじゃありません。
けれど、言葉にしなければ何も伝わりません」
烏羽部長は、胸に手を当て、何かを慈しむように目を閉じて言った。
「……け、けど、訊いても答えてくれないんですよ。どうせ俺には分からないからって……」
「それはきっと、柚木さんも分かってないんですよ。矢蒔君の気持ちが」
「え……?」
「確かに柚木さんも柚木さんですけど、矢蒔君だってそうです。……君はちゃんと、柚木さんに自分の気持ちをお話しましたか?」
「っ!」
あぁ、そうだ……。
思えば俺だって、色んな答えをはぐらかしていた。
悠里のことだけじゃない。いつの日からか、嫌われることを恐れ、自分の本心は隠し、客観的に見て確かな、無難な言葉ばかり並べてきていた。
けれどそんな自分を守る言葉は、いつの間にか他人を傷付けていたのかもしれない。
「すみません部長! ジョウロの片付けお願いします!」
答えを聞く前に強引にジョウロを預ける。烏羽部長は、任されました♪ と微笑んでくれた。
悠里に嫌われるのは、俺の気持ちをちゃんと伝えてからだ。俺はまだスタート地点に立っていない。
それにもしスタート地点に立てれば、これまでのことは全部余計だったとしても、今から、本当に悠里のために何か出来るかもしれない。
俺は飛び降りるように階段を駆け下りた。
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