第7話(2/8)
「うん。これで大丈夫ですね」
烏羽部長が両手を合わせ、にっこりと微笑む。
その日の園芸部の活動は、支柱立ての作業だった。畑に緑色の支柱を射し、その間にネットを張る。こうすることできゅうりの蔓がネットや支柱を巻くように育ち、上へと成長するらしい。
てっきり俺はほっとけば勝手に木のように上に伸びるものだと思っていたけど、そんなことはなくほっとくと普通に地面を這うように育つという。よくよく考えれば同じウリ科のスイカやカボチャがそうなんだから当たり前か。
地這いきゅうりと言って、その名の通り支柱を使わず畑に広げる育て方もあるみたいだけど、いずれおうちで育てたくなった時にもベランダで出来るから、という理由で烏羽部長はこの立体栽培の方を教えてくれている。
俺はちらりと悠里の方を見る。
ネットを指で摘み、満足そうに笑っていた。ここ最近じゃ珍しい顔だ。
朝からタイミングを窺っていたけど、上手く切り出せずいつの間にか部活の時間となっている。
「それじゃあ後は片付けと水やりですね。じゃんけんで二手に別れましょうか」
烏羽部長がそう言った。これはチャンスだ。ここで悠里とペアになれば良いタイミングだ。帰りになれば必然的に二人になれるけど、もやもやするから早く片付けてしまいたい。
よぅし、ここはなんとしても勝つ!
思い出せ! 小学四年の時、五回連続で欠席者のデザートを獲得したあの頃を!
……そう意気込んだのだけど。
「(俺だけ勝っても仕方ないよなぁ)」
いや普通にアホじゃん俺。そもそもペアになることが目的であって勝つことは何一つ関係ないのに。
三人がチョキを出す中、一人だけグーを出した手を睨む。その手は今ジョウロを握っていた。
「マッキーはホントゆずゆずが好きだよねぇ」
二番目抜けした木苺さんが隣を歩きながら奇怪なことを言った。
「いやいや。なんでそうなるの」
「だってさっきペア決まった時、露骨に悔しがってたし。んで、ゆずゆずの方見てたし」
木苺さんがいたずらっ子の笑みを見せる。
「いや、違うし」
自分がそんなに態度に出ていたことに軽くショックを受けつつそう嘘をつく。
「じゃああれだ。烏羽部長と一緒になりたかったから、ペアになったゆずゆずを羨んでたんだ!」
名探偵よろしく、指をずびしと突き立てる。
「違いますー。というかなんで何でもかんでも恋愛絡みにするかなぁ」
「だって烏羽部長って恐ろしいくらいに美人じゃん」
「まぁそれは確かにそうだけど、あの人はなんというか美人過ぎる」
俺の知る中で最も美しい。しかもただ美しいだけじゃなくて、幽玄というべきか、どこか得体がしれない。
木苺さんの言う通り、恐ろしいくらいに美人だった。
だからこそ話していると緊張してしまう。綺麗過ぎて、対する自分のわずかな不誠実さや人間の弱味が許されないもののように思えてくる。
河童の悠里の方がよほど人間らしかった。
「あー。そういえば先輩に聞いたんだけど、園芸部に部員がいなかったのってそれが原因みたいだよ」
「それ?」
「うん。普通に女子の部員とか、烏羽部長目当てで入部する男子とかいたらしいんだけど、二人っきりになると耐えられなくなって皆辞めっちゃったみたい。クラスでも基本一人なんだって」
「なんか難儀だな」
「ま、ゆゆは辞めないけどねー。結構楽しいし」
木苺さんは、にしししと笑った。
俺も、とは同意したけど、元はといえば悠里のために入った部活だ。悠里がこのままだと、決して楽しい活動とは言えない。
早いとこなんとかしたいな。そう思いながら帰りの時間を待った。
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