第6話(5/9)

 合宿二日目。

 悠里は唸っていた。


「この兄弟は一体何のために池の周りを歩くんですか……」

「んなこと言われましても」

 ……確かに散歩なら二人揃って歩けとは思うけど。


 この日の最初は自習だった。といってもただの自習じゃなく、クラスメートと切磋琢磨しようという目的で、勉強に関する会話は許されていた。


「池なら泳いだ方が早いじゃないですか」

「それは悠里だけだ」

「大体、数学って色々とわけわかんないこと多過ぎるんですよ。浴槽に蛇口が二つ付いてたり、鉛筆とボールペンの値段なんてレシート見ればいいし、弟の方が兄より貯金多いですし!」

「いや最後のは別にいいだろ」

「あみだくじでいいのになんかややこしいくじの仕方しますし、問い合わせればいいのに橋の長さを電車から求めようとするし。電車の長さはどうやって知ったって言うんですか!」

 悠里の愚痴は止まらない。


「そもそも、せっかくあるんだから電卓使った方がいいと思いませんか!?」

「あ、それは思う」

「ですよね!」

「そこうるさいぞ」

「「す、すみません……」」

 監督していた先生に注意を食らった。隣で勉強していた香椎さんがくすくすと笑う。


「仕方ない……ちゃんとやりますか……」

「そうしてくれ」

 そう答えて、前に直ったところで背中をつつかれる。


「春樹さん、これ分かりますか?」

「どれどれ……」

 悠里が指差した問題を俺はしばらく考えてみる。


 しかし……


「あー、これはー……えぇっと……」

「春樹さん」

「んん?」

「分からないなら無理しなくていいです」

「うっ……」

 なんとも不甲斐ない俺だった。


「悠里ちゃん、どれが分からないの?」

 香椎さんはが悠里の隣に椅子を寄せて、髪を耳に掛ける。


 うわなんだこの敗北感と羞恥心。

 ……数学、もう少し勉強しておけばよかったな。


 そんなことを考えた自習の時間だった。他意はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る