第6話(4/9)

「ふひぃ……」

 良いお湯だった。


 別に温泉というわけでもないし、散々人が入った後のお湯だけど、やっぱり足を伸ばして浸かれるのは良いもんだ。

 頭を拭きながらそんなことをしみじみと考える。


 二段ベッドが二つ備えられた四人用の部屋に戻ると、相部屋の三人がそこにいた。部屋を出たのはほとんど同じだったから、どうやら俺が一番長風呂だったらしい。


「うぃー。おかえいー」

 気だるそうにそう言って出迎えてくれたのは森本だった。男子だけの出席順だと俺の前に当たるので、何かと話したことはある。友達とも呼べないけど、機会があれば普通に雑談に興じる、そんな関係だ。


「なぁ矢蒔」

 そんな彼が、自身のベッドでうつ伏せに寝っ転がってスマホを弄りながら言った。


「なに?」

 そう答え、俺は荷物を片付けるために梯子をのぼって自分のベッドに居座る。


「ちょっと一発殴っていい?」

「穏やかじゃねぇなおい」

 嫌われるほど深い関係でもないはずなのに。


「何があったんだよ」

 と、窓際に置かれた二つの椅子の一つに座った水内が笑いながら訊ねる。ちなみにもう一つに座っているのが真壁だ。もちろん二人とも面識はあるけど、ガッツリ話したことはない。


「いや、さっき風呂上がりの香椎とすれ違ったんだけど、すっぴんでも超可愛いの。ホントほぼ天使。四捨五入したら天使。……で、改めてそんな香椎と毎日飯食ってる矢蒔を殴りたいなって」

「正当な理由だな。許可する」

 と真壁が言った。治安悪いぜこの部屋。


「柚木さんはともかく、木苺も普通に可愛いし。……さてはやってんなぁ、黒魔術」

「魔女裁判だ。魔女裁判が開かれようとしている」

 俺は無実だ。術は悠里の専売特許だ。


「ってかどうやって香椎と仲良くなったわけ?」

 水内だけは嫉妬より純粋な興味といった表情で、そう質問してきた。


「うーん……。一応最初に話したのは入学式の時だけど、仲良くなったのは悠里目当てでお昼誘われてからかも」

「持つべきものは可愛い親戚かー。いいなぁー!」

 真壁が天を仰ぐ。 

 こうして面と向かって羨ましがられると湯上がりも相まって身体が熱くなる。


「案外、矢蒔に気が合ったりしてな。柚木さんは口実で」

「ないない。水内、迂闊なこと言うと殴られかねないから気を付けて」

 鋭く突き刺さる視線は見ないようにしつつ、そう言う。


 悪い悪い、と水内が笑いながら答える。すると彼は思い出したように言った。


「そういや俺、実は香椎と同じ中学なんだよ」

「え、お前も殴るべき?」

「待て待て。クラス被ったことないから話したことない」

「保釈」

「ありがとう。……で、まぁ話したことはないけど、色々と噂は耳にしたわけよ。かなり告白されてたみたいで」

「ほうほう」

「けど、誰かと付き合ったって話は聞いたことないんだよな」

「そりゃお前、告ったのがみんな真壁みたいな容姿だったからじゃね?」

「おい待てコラ」

 真壁が突っ込むけど、二人は気にせず話を進める。


「うーん、普通にカッコイイやつもいたぞ。サッカー部のエースの上級生とかもいたし」

「ふむ……。どうでもいいけど、サッカー部のエースの上級生ってワードからしてイケメンだよな」

「分かる。まぁ実際かなりかっこよかったんだけど」

「不思議だなぁ……」

「やっぱ可愛い子ほど理想も高いんじゃね? ってのが同級生の予想だったな」

「だとしたらますます真壁は無理だな」

「ねぇさっきから当たりキツくない!?」

 真壁の嘆きに森本が笑う。嘲笑のようなものではなく、仲の良さが窺えるイジリだった。


「ってか柚木さんはどうなの? 彼氏とかいたの?」

 真壁がそう訊ねてくる。


「聞いたことないけど、たぶんいないんじゃないかな?」

 そんな素振りは見られない。案外普通に河童の彼氏がいるのかもしれないけど、俺は池の中の悠里を何も知らなかった。

家族も生活も趣味も何も。気になるけれど、それは河童という種族の生態に触れることだから、訊くのは憚られた。


「まぁ柚木さん、変わったとこあるもんなー」

 正体を知る俺からしたら悠里の珍妙な言動も分かるのだけど、はたから見たらやっぱりそうなるのか。


「けど顔だけ見ればかなり良いわけだし、ひょっこり作りそうだよなー」

「それはまぁ確かに……」

「あれ、矢蒔嫉妬?」

「へ?」

「なんか変な顔してるぞ」

 森本に指摘され、反射的に顔に手をやる。


「……違うよ。あれだよあれ。娘に彼氏が出来た父親の気持ち」

「そこで妹とかじゃなくて娘なところ、やっぱ矢蒔は保護者だな」

 と水内が笑ったところで、部屋の扉が開いた。原則鍵はしてはいけないことになっているので、誰でも自由に開けることが出来る。


「うぃーす」

「おー、ヒラじゃん。どったん」

 やって来たのは同じクラスの平針だった。森本と仲良いらしく、確か昼飯は同じグループだったはずだ。明るく染められた髪が示す通りにチャラめのやつで、男子でのクラスの中心といった人物だった。


「同室のオタクらがアニメ観だしてうるせぇから来た」

「なにそれきめぇ」

 と、何がそこまで面白いのか二人はぎゃははと笑っていた。


「UNO持ってきたからやろうぜ」

 平針は森本だけじゃなく俺達の方も見やり、カードの束を見せる。


 彼はそう悪いやつじゃない。ただ、たぶん馬の合わないタイプだ。


 そんな予感はするけど、ここで断るほど空気の読解力が低いわけじゃない。

 俺はゆっくりと梯子を降りたのだった。

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