第6話(2/9)
「――さて、どうしましょう」
「こうなったら入ったフリをするしかないんじゃないか?」
バス移動と荷物置きや施設の説明やらで午前中は授業なく終わり、昼食に向かう最中、運良く悠里と二人きりになれたので、俺達は小声で作戦会議をしていた。
内容はもちろん悠里の秘匿について。合宿という共同生活なので気が抜けない場面は多々あるけれど、中でも一番の問題。
そう、入浴だ。
今身を包んでいる制服含め衣類の撥水の術は解除してきたらしいけど、悠里そのものはどうしようもなかった。そんな彼女が風呂に入る姿を見られたらその吸水体質が知られてしまうのは確実だ。
「入ったフリって……まさか二日も身体洗わないってことですか? そんなの嫌です汚いです!」
悠里が顔をぶるぶると大仰に振る。
「ってか河童って風呂入るの?」
話は逸れるけど、気になったので訊いてみた。
「お風呂というものはないですけど、専用の部屋でタオルで身体こすって綺麗にはしてますね。特に陸上で活動した日は念入りに」
「へぇ」
悠里はこういった河童の生態を結構教えてくれる。どう考えても機密情報だと思うんだけど。悠里が馬鹿なのか俺が信頼されているのか。前者な気がした。
閑話休題。
俺は改めて策を思案する。こればかりは俺も浴場に連れ立ってフォローするわけにいかない。仮に入れたところで、広い大浴場で全員の視界から悠里を隠すなんて出来っこない。
「うーん……」
顎に手を当て唸っていると、そんな俺の顔を覗き込んで悠里が言った。
「まさか春樹さんも女子風呂に入ろうだなんて考えてないですよね……?」
「考えてねぇ」
いや、考えてるといえば考えてたけど、下手に話すと厄介だ。
「残念ですが、春樹さんも女子風呂に入ってもらうというのは最後の最後の手段なので、たぶん叶わない願いです」
「一応候補にはあんの!?」
「はい」
「え、それは俺が盾になって……」
「いえ、春樹さんが乱入してパニックになっている隙に手早く入浴する方法です」
「絶対叶えてたまるかその願い」
悠里の一時の憩いのために、高校生活どころか人生を賭けるなんて馬鹿げている。なんとしても妙案を閃かなければ。
そうして再度頭を回転させ始めたところで、
「ゆずゆず達み~っけ!」
木苺さん達がやって来て集中は途切れる。どっちにしてもここじゃもう話し合いは出来ない。
「もー。皆で食べるからロビーに集合って言ってたのに先行っちゃってー!」
「え、あ、そうでした……ごめんなさい」
そういえばそんな約束をしていたのに、考え事に夢中でいつの間にかロビーを通り過ぎて食堂の前まで来てしまっていた。
そうして五人揃って食堂に入る。数百人はゆうに入れそうなだだっ広い食堂には、既にうちの生徒の半数くらいが座って食事を始めていた。他の利用者はいないようで、空席が目立つ。
トレイを持って列に並ぶ。料理が乗った皿を順番に、セルフで乗せていくスタイルだ。トレイを置くスペースは空転する円柱が並んでいて、トレイを置いたまま滑らせて進むことが出来る。前に歴史で習った、ピラミッドの建設方法を思い出した。
まず最初にきゅうりの酢の物が入った小鉢を取る。後ろに並ぶ悠里の唾を飲む音が食堂の喧騒の中でも聞こえた。酢の物でもきゅうりなら何でもいいんだな。
次にカットオレンジが二切れほど乗った小皿、さらにメインの豚の生姜焼きが乗った大皿を取る。千切りキャベツとトマト、それに一口分のポテトサラダが添えられていた。そして味噌汁。具は少ない。急いで注いでいるようでお椀にこぼれ濡れていた。
最後にご飯を自分で好きなだけよそう。前を行く運動部の連中は競うようにペタペタと白米の山を築いていて、それに触発されて普段より多めによそってしまった。
五人席に着いたところで、手を合わせて昼食が始まる。
「ん。美味い」
透が呟く。確かに美味しかった。こういった施設の料理というのはなんとなく期待出来ないものだけど、これはなかなかに、いやかなり美味しかった。
「ってかゆずゆずっていつもサラダだけじゃん? 多くない? 食べてあげよっか?」
悠里を慮っているようで、木苺さんの目が、それちょーだい♪ と語っていた。
「ゆゆ、たからないの」
「ぷぅ」
「いえいえ! 是非とも食べて欲しいです。お肉苦手なので」
「ホント!? お肉苦手なんて珍しいねぇ。それじゃあ遠慮なく♪」
と言って、木苺さんは悠里の隣から箸を差し出し、豚の生姜焼きをごっそり持っていく。味噌汁の方は透がちゃっかり貰い受けていた。元よりご飯は一口分くらいしかよそわれていなかったので、悠里に残ったのは野菜と果実だけになる。
「ゆずゆずって小食だよねぇ」
「そうですね……食べるのは得意じゃないです」
悠里が小食なのは単に食が細いというより、河童であることに起因してそうだ。
「いっぱい食べないと大きくならないよー」
「いっぱい食べても大きくならない人もここにいるけどね」
「なっつんが言ってはならないことを言った! ギルティ! 懲役一年以下もしくはオレンジ一個の刑!」
「あぁ、もう」
勝手に香椎さんの小皿からオレンジを奪い、勢いそのまま頬張った。
どうでもいいけど、食事中に甘いものを食べれるってすごいな。俺はデザートは最後じゃないと気持ちが悪い。……本当どうでもいいな。
ふと視線を上げると、天井に吊るされたテレビが目に入った。お昼時ということで、見覚えのあるキャスターがニュースを読み上げている。なんでも通り魔犯が逃走中とのことだ。物騒なもんだ、と心の中で他人事のようなリアクションをしたけど、思ったより現場は近いみたいだった。
ま、どうせ対岸の火事だ。そのうち捕まったというニュースを見るだろう。いや、見ることさえないかもしれない。どれだけ現場が近くても、モニターというものを介するとどうも現実味が感じられなかった。
俺はきゅうりの酢の物を頂く。……うん、これもなかなか。豚の生姜焼きと相対する味わいが良い口直しになる。
しかし隣から物欲しげな視線を送られ、俺の酢の物は彼女に引き渡されたのだった。
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